第13話 宇宙が動く

 俺たちUМA部と宇宙人ミューピコの日々は、あっという間に過ぎ去っていった。

 火、水、木と制作した動画はどれもがバズり、順調に再生数を伸ばしていった。


 そして金曜日――。


「じゃあね、イエティさん」

「おう。こんな山奥までご苦労なこったな」


 俺たちはヒマラヤ山脈までやってきて、『イエティと熱々のおでんを一緒に食べてみた』という動画を無事に撮り終えていた。

 極寒のヒマラヤ山脈に住む、真っ白の大きなゴリラのようなUМAイエティさん。そんな彼に今まで食べたことのない熱々のおでんを食べさて見て反応を見るという、いわゆるリアクション動画だ。ちなみにおでんは、先輩がコンビニで買ったやつだ。


「ナイスリアクションだったわよイエティさん! 撮れ高ばっちり、バズり間違いなし!」

「お前たちが持ってきた飯も美味かったよ。人間にも良い奴はいるんだな。山を汚すなよ」

「イエティさん、ご協力ありがとうなんだよ。それじゃあ、みんな帰るからね」


 ミューピコはそう言って、端末をポチポチと操作する。すると一瞬だけ周囲の景色が歪み――俺たちはヒマラヤ奥地の洞窟から理科準備室へと戻ってきた。


「ふうー、寒かった! 凍えるかと思ったよ、というか凍えた!」

「本当寒かったですよね」


 今回はヒマラヤへ行くことがわかっていたので、あらかじめ家から冬用のコートを持ってきていた。それでも単なる中学生の俺たちには寒すぎるので、ミューピコが宇宙的なマシーンによってある程度の体感温度を整えてくれていたらしい。けれど本当に寒かった!


「でもミューピコちゃん、整えてくれるのならいっそのこと常夏なぐらいにしてくれても良かったのに」

「それをしちゃうと葵たちの身体に影響が出るんだよ」

「えー怖っ! それじゃあヒマラヤのあの洞窟の方を暖かくするのは?」

「局地的な気候操作は将来、この惑星――地球に影響が出ちゃうんだよ」

「将来っていつぐらい?」

「うーんと、数千年から一億年先かな」


 一億年!? そんな先に影響が出ちゃうのか。


「うーん。一億年先なんて私はお婆ちゃん通り越してとっくに化石になってると思うけど、それならやめた方がいいわね。一億年先の人がきっと困るし」

「それがいいんだよ」


 あれ意外だ。葵が素直に引き下がった。


「珍しいな。いつもの葵なら『一億年先? それならいいじゃない、暖かくしてほしかったわ』くらい言うと思ってた」

「ちょっと駿、あんた私をなんだと思ってんのよ!?」

「ちょっと自己中でワガママ」

「なんですってぇ!」

「えー、でも一昨日だってツチノコさんの動画を撮りに岐阜県まで言った時、『懸賞金けんしょうきんですって! この蛇捕まえて持っていきましょうよ!』とか言ってたじゃん」


 ちなみにツチノコさんは河童さんと同じく言葉が通じるタイプのUМAで、一緒にかくれんぼをした動画を撮った。撮ったうえでこの発言をしたあたり、我が幼馴染ながら中々だ。


「あ、あれはツチノコで村おこしとかしてたし、村の人も喜ぶと思ってね」

「嘘つけ。完全に懸賞金目当てだったろ」

「なによ、お金は大事でしょ! あーあ、懸賞金があれば、このコートもおニューにできたのに~」


 開き直りやがった!?

 なおも言い争いを続ける俺たちにジョー先輩が、


「君たち二人は本当に仲いいねえ~」

「「よくないです!」」

「じゃあ仲悪いのかい?」

「「仲悪くもないです! ……まねすんな!」」


 ぐぬぬ。なんでここまでハモりやがる。

 そんな時、理科準備室の扉がガチャリと開いた。


「あら、あなた達。私はてっきりまた裏の林でチュパ……チュパぺット? でも探していると思っていたわ」


 さっき通った時はいなかったしとつけ加えたのは、UМA部顧問の森山先生だ。

 そりゃそうですよね。今までヒマラヤいましたもん。

 そんな森山先生は、再び「あら?」と首をかしげる。


「あなた達、五月なのに防寒着?」


 しまった! 葵と言い合っていたからまだ脱いでない!


「あ、あはは。冬に調査するときの準備ですよ……」

「そう? 気が早いのね。まだゴールデンウィーク前よ? 二人とも仮入部だったと思うけど、正式に入部を決めたら届けを出してちょうだいね」

「「は、はーい」」


 そう言えば明日からゴールデンウィークか。もし本当のことを知ったら驚くだろうな。連休開ける前に地球が滅びる可能性があるんだもん。俺たちが止められなかったら、人類そろって滅亡と言う名の大型連休だ。


「よしと、先生仕事があるから職員室に戻るわね……って、その子は?」


 立ち去ろうとした森本先生は、足を止めて“その子”をまじまじと見る。

 銀髪にチョコレート色の肌の宇宙人、ミューピコだ。


(あああーっ! ミューピコのこと忘れてた!)


 どうしよう。コートと違ってごまかしようがないぞこれ。

 なんか先生の記憶消すマシーンとか持ってないのかな?


「ウチはミューピコなんだよ」

「ミューピコさん……? うちの生徒ではないわよね?」

「そうなんだよ」


 あああーっ! なんでこの宇宙人こんなに正直者なの!?

 先輩を見ると、「まずい、まずいぞ!」とブツブツつぶやきながら、何か機械をいじっている。でも先輩、それってチュパカブラ捕獲マシーンですよね? それじゃどうにもできないんじゃ?


 俺たちが慌てに慌てていると、ミューピコと先生との間に葵が割って入った。


「この子はパパの知り合いの子で、いま外国から遊びに来てるんです。アニメなんかで見て日本の学校に興味があるって言うから、連れてきちゃって」


 おお、ナイスいいわけ。それを見たミューピコも、フォローするように口を開く。


「ワタシ、ジャパンノガッコウ、キョウミアリマスネー。コレテハッピー!」


 なんで片言? 一人称まで違うし。

 けれど森山先生は、そんな不自然さに気を留めずニッコリと、


「そうなんだ! 素敵な事ね。あ、でも入校章は事務室でもらってちょうだい。規則だから」


 そう言って今度こそ立ち去った。


「ふう、危なかったあ……」


 いま人類は、重大な危機的局面を回避した気がする。


「おバカね。ミューピコは見た目地球人と変わらないんだから、堂々としていればいいのよ」


 落ち着いて考えてみれば、それもそうか。

 今のミューピコは出会った時の宇宙服みたいな格好ではなく、葵セレクトのジーンズにバンド名のロゴ入りTシャツというファッションだ。そこら辺を歩いていたって、誰も宇宙人と気がつかないだろう。


「ハハハ、まったく駿君は慌て者だなあ」

「いや、ジョー先輩も慌てまくってたでしょ」

「……オホン。まあともかく、勝負の行方はまもなく決する」


 あ、話そらした。


「ミューピコ君、宇宙の状況はどうなっているんだい?」

「SNSでは、太陽系区画整理反対に賛同してくれている人が増えているんだよ」


 ミューピコが見せてくれた端末は日本語に翻訳されており、そこには「#太陽系の区画整理事業に反対します」や「#地球には文化がある」といったタグが躍っている。


「ということは、もう一息という考えで合っているかな?」

「その通りなんだよ。既に宇宙中のマスメディアがこの件を報じているんだよ」

「「「おお……!」」」


 ……そういえば、朝のニュースで最近世界各地でUFОの目撃が相次いでいるって言っていたな。もしかして取材に来てんの?


「UМA部のみんなのがんばりで、宇宙が動いているんだよ!」

「なんと素晴らしい! この勢いで、地球存亡の危機を回避だ。というわけで、伝えていた通り明日は僕の家に泊まりこみになるよ。ラストスパートだ!」

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