夫の夢は子沢山

そうざ

My Husband Dreams of Many Children

 無数のフラッシュが瞬く中、挨拶を求められた夫は満面の笑みで応えた。

「兎に角、子供が欲しいですね。サッカーチームが作れるくらいっ!」

 政界、財界の面々で占められた披露宴会場は、大袈裟な拍手に包まれた。かたわらに寄り添った私も、照れながら笑った。子供好きの私のお腹にはその時、既に一人目の命が宿っていたのだった。


         ◇


 結婚を機にモデルの仕事を休業した翌年、私は無事に長男を出産した。程なく第二子を身篭り、十月十日後に出産、直ぐにまた懐妊。夫は、生まれたばかりの三男を愛でながら、もう次の子に思いを巡らせている。

 披露宴の挨拶はなかば受け狙いの冗談だと思っていたが、どうやら本気でサッカーチームを作りたいらしい。

 夫は大企業の御曹司だから、経済的な問題は全くない。子育ても家政婦さんを増やせば苦にはならないけれど、年齢を鑑みても、十一人もの子供を産むには、立て続けに妊娠と出産を繰り返さなければ間に合わない。身体が耐えられるかどうかも心配だったが、モデル業への復帰はほぼ不可能になるだろうと覚悟した。


         ◇


「はっきり言えば良いのに、もう産みたくないってさ」

 モデル時代の女友達は、電話の向こうでやけに素っ気なく言った。いつもは親身に相談に乗ってくれるのだが、まだ独身の彼女には実感が湧かないのかも知れない。

「それが、なかなか言い出せなくて……彼はやる気満々なのよ。今も生理が遅れてて、どうも四人目が出来たみたい」

「お幸せな事で何よりですねぇ〜」

 私にとっては深刻な悩みも、彼氏募集中の彼女には唯の惚気のろけにしか聞こえないようだ。

 その後、いつの間にか会話のイニシアチブを取られてしまい、彼女の自慢話が続いた。もうモデルの仕事なんか辞めたいだの、どこかにいい男は居ないかだの、結局、一方的に愚痴られたまま会話は終了してしまった。


         ◇


 裕福な家庭で、格好良い男との間に好きなだけ子供を作る事が出来る――見方を変えれば、贅沢な悩みかも知れない。世の中には、色んな理由で子供が持てない夫婦がいる。本当はもっと欲しいのに、一人、二人で我慢している家庭も少なくないだろう。

 それに、新しい家族の誕生を小躍りして喜ぶ夫と、生まれて来てくれた無垢な寝顔を見る度に、もう一人くらい欲しいな、と思ってしまう私も確実に存在しているのだった。


         ◇


 四人目は長女だった。女の子だってサッカーくらい出来る、と私が断固として主張したので、夫も渋々承諾し、六人目の次女と八人目の三女も人数に入れて貰えた。

 或る時、テレビ局から大家族を扱う特番の企画が舞い込んだが、夫は番組担当者にこう言い放った。

「子作りはまだ途中なんです。全員揃ってからでないとお披露目はしません」

 それにしても、夫の子作りに対する執念もる事ながら、子種の着床率も見事なものだった。独身時代はプレイボーイで名を馳せただけの事はあって、射精しても射精してもまだ射精し足りないと言わんばかりの怒涛の勢いは、私を前後不覚になるまで陶然とさせた。

 一方で、夫はすっかり父親の顔になっていた。お坊ちゃん育ちで浮き世離れしたところのある人だったが、子供の数が増えれば増える程、責任感も増して行くらしく、時には泊り掛けで仕事に精を出すようになった。

 嬉しかった。この人を選んで良かったと思った。そして、自分のやっている事は間違っていないという確信に持つようになれた。

 九人目に引き続き、十人目の子が誕生した。その直後、私の頭の中で、後一人っ、後一人っ、とシュプレヒコールが湧き起こった。その声は、サーカー場の歓声に変わり、未だ見ぬ十一人全員が所狭しと駆け回る映像が脳裏に浮かび上がった。

 もうモデル業には何の未練もない。私は次の懐妊だけを夢見て、その夜は自ら夫を求めた。


         ◇


 結婚から十余年後の或る日、遂に私は合計十一人の子供を産み終えた。

 もう高齢出産と呼ばれる年齢になっていた。モデルをやっていたとは思えないくらい体型は崩れてしまったが、一度の流産もなく、母子共に健康の状態で全ての出産を乗り切る事が出来た。十一個もの掛け替えのない勲章を得たような心持ちだった。

 光あふれる病室で、私は十人の元気な子供達と夫に囲まれながら、感無量の涙を流した。子供達は、興味津々で末っ子を覗き込んでいる。長男はもう小学校の高学年、自然と上の子が下の子の面倒を見るようになった。皆、しっかりしたものだった。

 家族の人数に比例して幸せの密度も増す。私の半生は、幸せを作る為に費やされて来たのだ。

「ご苦労さん……よく頑張ったね」

 夫が、十一回目の優しい言葉を掛けてくれた。

「十一人で満足? 補欠の選手は作らなくて良いの?」

 こんな冗談を口に出来る程、私は大事を成し遂げた解放感でいっぱいだった。

 夫は、昔と変わらない爽やかな笑顔で言った。

「十一人目の赤ちゃんが物心付いたら、早速サッカーの試合をやろう。対戦チームはもう決まってるんだ」

「へぇ〜……何処のチーム?」

「この十年程の間に誕生したもう一つのチームだ。協力してくれたのは、君もよく知ってる女性だよ。赤の他人より気心の知れてる人の方が断然良いだろう?」

 空っぽになった私の頭に、ぼんやりとした映像が入り込んで来た。

 夫の血を分けたの子供達が敵と味方とに分かれ、サッカーに興じている。その姿を満足気に見守る夫。我がチームの監督は私自身、そして相手チームを取り仕切るのは――唐突にモデル時代の友達の顔が浮かんだ。彼女とはすっかり疎遠になっていたが、うの昔に仕事を辞めた事は風の便りに聞いていた。

 家族の人数に比例して幸せの密度も増す――私の半生は、本当に幸せを作る為に費やされて来たのだろうか。

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