ウコチャヌㇷ゚コㇿ

 あの日は寝静まった様な夜だった。動物の鳴き声はせず、寝息のような風が草木を揺らす。

 私は戸を開けて外を眺めていた。雲ひとつない夜空に君臨する満月が森を照らしている。今宵、現れるであろうかの者を静寂を持って迎えようとしているかのようだった。

 白く霞がかる。私がいる社が雲に覆われたかのように霧に包まれた。

 数歩先も見えないその中で、私は本殿を出た。何かに誘われるように、前へ前へと歩きだした。

 突然、手を掴まれた。霧から突如として現れた手が私の手を握る。

「そっちへ行くと危ないよ。」

「いいんや。わしを誰が呼んでいるんじゃ。」

 その声に対して疑いもしなかった。どこか懐かしい感じもする声だった。

「君は人を待っていたんじゃないの?」

「あぁ、そうじゃ。この先でわしを呼んでいるのが、きっとそのお方じゃ。」

「それは違うよ。だって、私がそうだもの。」

 私はその手に引かれて社へと戻っていった。

 手を引かれて社へと戻ると、彼の全容が明らかになった。社の中は薄暗く、灯明皿のわずかな光源のみであったが、それでも濃い霧が充満している屋外よりは見通しも良い。

 よく梳かれた長い髪の彼は、筒袖上衣の上に刺繍の施された羽織っていた。うねった枝に葉が数枚ついているかのような模様であった。

「お主は何者なんじゃ。」

「それはもう答えたよ。それよりきみは誰なんだい。」

「わしは巫女じゃい。カンジン様に遣えるように言われとる。」

 彼は私をまじまじと見つめた。

「おかしな事を言うな。仕来りでは巫女は女のはず。きみはどう見ても男じゃないか。」

「そうじゃ。わしは男じゃ。しかし、我が家には年頃の女はいななんだ。せやかて、カンジン様に遣える巫女は捧げなならん。そんで、わしが選ばれてここさ来ただ。」

「そこまで言うのなら試してみようか。」

 彼は灯火皿の火で香木を炙り、空の皿の上に置いた。

 甘い薫りが社を包む。彼は羽織を脱いで上衣の紐を解くと、褐色の肌に彩られた白銀の龍。ワッカウシカムイの遣い。

「きみも脱ぎなよ。」

 と、彼は言った。上着は脱がされ、頬に彼の手が触れた。

 少し熱い。うっすらと汗をかいた湿った肌は彼の手を吸いつけた。

「そんなに見つめて、この入れ墨が気になるのかい。」

「そんなことはなか。」

「それなら緊張しているのかい。」

「そんなこともなか。」

「なら……」

――――――私に触ってみるかい―――――

 と、耳元で囁かられた。


「プルルッカドゥコルメンテっていうんだ。」

 彼は私の手首を掴み、私の手を誘導する。彼の褐色の肌に描かれた白い模様に触れる。わずかに濡れているその肌は、しっとりとした感触だった。

「クルルポロイカからフシルルイベへと向かって……」

 彼の腕にあった私の手は、肩から鎖骨へと導かれて、胸へとたどり着く。手のひらで胸を撫でると手の中で彼の乳首が転がった。私は思わず手を離そうとした。

「駄目だ!」

 と、彼は叫んで私の手を自分に押し付けた。

「まだ終わっていない。」

 そう言って、彼は私の手を胸から下へと誘っていく。筋肉がついた胸板からあばらの段々を経て脂肪が乗った腹へとたどり着き、ぷにぷにとした感触もわずかに股へ。茂った毛から生えた陰茎に触れた。私は思わず彼の手を振りほどく。空を彷徨う手は彼の小さな臀部を握った。

「ワッカウシカムイはメノコだった。プルルッカドゥコルメンテがこの土地に現れた時、ワッカウシカムイは……」

 顎を掴まれ力尽くで彼と顔を突き合わされた。目が合う。睨まれた。

「話を聴く気あるのか。フルポロイカの自覚はあるのか。ウコチャヌㇷ゚コㇿをこれから行うのだ。」

 どん!!と、壁に押し付けられた。それから、彼は顔を近付けて口付けをしてきた。

「口を開けろ。」

 彼の唾が流し込まれる。やけに甘い。これまで味わったことが無いほど甘い。それは鼻にまで匂って来るほどだ。

 彼の左腕が私の首を回る。右手は私の頭を掴んで引き寄せてくる。

 私は彼の臀部を握る。揉みしだく。口の中に彼の舌が入って私の舌に絡みつく。絶え間無く涎を飲まされ続けた。


 伝説は知っている。かつて荒れ地だったこの土地で日照りが続き草木も枯れ果てた。そこで当時の巫女ワッカウシカムイを白銀の龍へと捧げた。それに応えた白銀の龍はこの地に緑をもたらした、と言われている。

 龍と巫女の子孫がこのカンジン様。数年に一度、彼らに巫女を捧げる伝統が今も残されている。

 そんな事は知っている。我が家の役目だ15歳を迎えるまでには覚えさせられる。伝統だ。

 龍に私は喰われる。それが習わし。そのように言い伝えられている。彼に刻まれた白い入れ墨は、彼が龍である証拠だ。

 今行われているのがその儀式のはずだ。壁に押さえつけられ口を吸われている。勃起した陰茎同士が擦れている。

 きっとこれから喰われるのだろう。私は諦めて彼に身を委ねることにした。まだ、外も暗い。夜は始まったばかりだった。

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