第43話 瀬里加さんに渡さないといけない物もあるし

 僕は一人で夜の街へ出た。

 夜の龍山寺からは観光の色が消える。明るいのにどこか陰気で、不思議な妖しさが街に立ちこめていた。駅前広場にはガラの悪そうな老人が集まり、政治に対するを巻いていた。たまに日本語で話す老人もいる。毎晩の光景だ。

 僕はドリンクスタンドでグァバジュースを買って、広場のベンチに掛けた。一目で日本人と分かったのか、老人たちが気さくに話し掛けてくる。目の前で教育勅語を暗唱されたりもした。

「おーっす旦那」

 後ろから声を掛けたのはアキラだった。

「一人で何しテんの。姉サンとケンカでもしタのか」

「ケンカじゃないけど、色々あってね。僕は一人で気分転換かな」

 僕らは一頻り泣いた後、顔を洗って別々の場所で頭を冷やす事にした。僕は散歩に出て、陽は今頃ベッドに寝転んでいるだろう。

「旦那。いつまデ台北コッチに居るんだ」

「分かんない。けど、いったん帰国するよ。瀬里加さんに渡さないといけない物もあるし」

 僕はポケットからブレスレットを取り出した。

「何ソレ?」

凛風リンファさんの遺品だよ。これだけ焼け残ってたんだってさ。だから親友だった瀬里加さんに形見として届けるんだ」

 するとアキラが顔をしかめた。

「おかしいッテ、それは」

 僕は首を傾げた。「えっ何が」

「それ、リザの物じゃないゾ。だッテ……」

 あっ――。

 アキラの言うとおりだ。これは絶対に

 僕はスマホを取り出し、ビデオのリストを開く。あった。今すぐ再確認しなければ、あの防犯カメラの映像を。

 凜風のアパートの管理人にもらった映像を確認する。エレベーターの映像。午後一時。凜風がエレベーターに乗った。上からの映像で分かりにくいが、彼女の左手にブレスレットが。僕の持っているのと同じ物だ。

 続いて四階フロア。凜風が部屋に向かって歩いて行く。ここでも凜風はこのブレスレットを

「そんな、馬鹿な」

 僕らはとんでもない勘違いをしていた。

 その時。

「發現了。冥婚男人!」

 老人たちを掻き分け、四角い頭が急接近してくる。チェン刑事だ。

 僕を指さしている。陳刑事はスマホを握り締めて駆け寄ってきた。

「外觀這個! 因為是日語所以不明白」

 何か言いながら僕にスマホを押し付けてくる。戸惑ってアキラに目配せすると、嫌々そうに訳してくれた。

「ちょうど良い所にいタな。これを見テくれ、日本語ダから分からない――だッテさ。旦那、読んでやッテよ」

 アキラも日本語会話は得意だが、複雑な文章を読むのは苦手らしい。二人は僕に読むよう目で促してくる。

「何なのコレ」

「是那個犯人的日記」

 陳刑事の言葉に、アキラが「啊ッ!」と反応する。

「林田圭司の……日記だッテよ」

 ええっ、と僕も声を上げた。

 林田はFacebookに非公開設定で投稿し、日記として活用していた。スマホにパスワードが保存されていたので調べていたらしい。

 細かい日本語の言い回しがややこしくて、蔡刑事でも意訳に難儀したという。陽の所に行ったらしいが、店が閉まっていたし応答もなかった。街中を探していたら僕を見つけたという事だ。

 僕は陳刑事のスマホに目を細める。

【君は言ったじゃないか。運命の出会いだって。だから僕らは結婚するって。約束破って酷いじゃないか】

 この中の『君』というのは、凛風リンファの事か。この林田という男は何を言っているのだ。気味が悪い。

【裏切り者。僕は愛しているのに。裏切り者。許さない。でも絶対に見つけ出してあげるからね】

【君だってホントは僕を待っているんだろ。僕が迎えに行くのを待ち遠しく思っているんだ。邪魔が多い方が愛は燃えるし】

 凜風との間に何があったかは知らないが、文章からして変質的と見て取れる。異常だ。

【君の居場所が分かったよ。君のお友達に教えてもらったんだ。すぐに迎えに行くからね。待っててね】

 日付は八月五日。林田には『お友達』という協力者がいた。しかも『君の』と付いているというから、凜風の『お友達』。内通者か。

【着いたよ。もうすぐ会えるね】

【どうしても僕と結婚できないのなら、君を殺してあげる。それで僕も死んであげる。天国で一緒になれるでしょ】

【愛してるよ。僕の――】

「ちょっと待って、どういう事だよ!」

 おかしい。【僕の――】の先を読んで、僕の頭が真っ白になる。

 とんでもない思い違いをしていた。僕らが追っていたのは何だったのだ。鳥肌がおさまらない。膝が震えて止まらない。

 僕の想像通りなら、まだ終わっていない。

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