第16話 共産統一推進党――。何それ

「おはよ。もう起きてたべ」

 朝の七時頃。陽が部屋から出てくる。昨日のアルコールは抜けたのか。スクーターのキーを指先で回している。

「朝の買い出し行くけど、晴人も一緒にどう?」

 僕はスクータの後ろに座り、陽の腰に腕を回した。荒っぽい運転で大通りへ出ると、朝も早くから怒濤の交通量。通勤ラッシュだ。

「昨日さ、欣怡シンイーさんって何の話だったの」

「調査の進捗はどうなってんの、って話だべさ。こっちゃ名探偵じゃくて一介のYouTuberっしょや。一日二日で超展開なんてありゃしねえべ」

 陽は昔から『普通の生活』から逸脱していた。僕が高校生の頃から陽は夜のすすきの界隈で生きていた。盗撮、脅迫、違法薬物の運搬。違法な仕事も請け負った。裏社会とのパイプも太くなったという。

 金になる事なら、殺人以外は何でもやった――。

 昔、陽は酒の席で語った。ヤクザにしろ半グレにしろ、自らの悪事は話さないものだと思っていた。しかし陽は語った。汚れてゆく自分をリアルタイムで僕に報告するように。

 陽が汚れてゆく。汚れてゆくのが楽しそうに見えた。どしゃ降りの雨で開き直り、傘を捨てたみたい。嫌だったけれど、僕に止める権利はなかった。

 初めに陽を汚したのは僕だったから。

「ほれ着いたべさ」

 スクーターに揺られて十五分ほど。雙連シュアンリエンという地区に到着した。

 毎朝この辺りに朝市が開かれ、二百メートルほどの区間が出店で賑わう。人通りが多くなって八角とシナモンの香りが漂っていた。

「朝市って、何売ってんの」

「んー。何でも」

 道の両脇に屋台がひしめき合い、食欲をそそる匂いを醸している。

 服やサンダル、ベビー用品を扱う雑貨屋も多い。食材も豊富に置いてある。まるまるローストした鶏がずらりと吊るされ、目の前で豚が部位ごとに解体されてゆく。マンゴーやドラゴンフルーツが山積みになって彩り、野菜なのか野草なのか分からない草の出店におばさんたちが集まる。

「晴人も荷物持ってよ。そのために連れて来たんだべさ」

 陽は出店を回って食材を買い込んでゆく。中国語で値段交渉する姿が頼もしい。

 僕らは市場のメイン通りから細い道に入り、昔ながらの意麺イーミェン屋で朝食をとる事にした。

「これって、ラーメン?」

「そんな感じかな。油で揚げた卵麺を茹でたやつ、インスタントラーメンの発祥とも言われてるべ」

 路上席も含めて満席だった。市場での買い物客の他にも通勤途中らしき人もいる。

 僕はスタンダードな意麺を注文した。塩ベースの出汁に、ニラともやしだけのシンプルな具材。焦がし葱の香りがする。

「てかさ、陽って調査やってんの。凛風リンファさんの件」

 陽は面倒くさそうな顔で麺をすする。

「うーん、進展って言ったら……コレかな」

 陽はスマホを差し出した。表示されているのはFacebookのメッセンジャーアプリ。

「見事にブロックされたよ。シオツカセリカ」

 ため息を漏らす陽。僕も「……マジか」とこぼして黙った。

「まあ仕方ねえか。知らねえ奴から急にDM来たんじゃ無理もねえべ。しかも死んだばっかの友達の話を聞かせろ、だなんてキツイわな」

「どうすんの。もしかして、もう手掛かりナシ?」

「んなワケねえべ、コレぐらいで諦めたら裏社会系YouTuber失格っしょ。凜風の他の交友関係やアパートの近隣住民、その手の詳しい奴らにも聞き込むネタは尽きてないし」

「その手の詳しい人って、誰」

「まあ、ウチにも友達は多いし」

 陽ははぐらかすように僕から目をそらした。

「僕らの住んでる龍山寺って所らへん、夜は治安悪いよね。陳刑事が言うにはヤクザもいるみたいだけど」

 陽の目蓋がぴくりと動いた、気がする。

「僕なりに考えたんだけど、凜風さんもソッチ系の揉め事に巻き込まれたって事はないのか」

「凜風は普通の学生だべ。なして女子大生がヤクザに消されなきゃいけねえんだ」

 たしかに。僕は口ごもった。

「メキシコとかじゃ、麻薬戦争で何万人も殺されるって聞いた事があるから。そういう事もあるかな、って」

「こっちの事情も複雑なんだよ。台湾法の『組織犯罪防制条例』じゃ暴力団組織の定義は『犯罪組織で、三人以上で、内部管理機構があり、犯罪を宗旨としてまたは成員が犯罪活動に従事し、集団性があり、常習性で脅迫性や暴力性のある組織』ってなってんだ」

「詳しいな。てかなんでそんな事知ってんの」

「ウチは裏社会系YouTuberだぜ。台湾こっちでも色々と取材してんだよ」

 陽ちゃんの闇チャンネルよろしく、と陽は親指を立てる。

「三人以上の犯罪グループが黑社會ヘイシェーフイって定義だわ。ヤクザとかマフィアとか、反社会的組織の総称が『黑社會』とか『黑道ヘイダオ』ってワケ。半グレの詐欺集団とかもいるけど、ウチらのイメージするヤクザみたいな組織だと、大まかに『角頭ガッタウ』と『幫派パンパ』に分かれるべさ」

 僕は「がったう、ぱんぱ?」と繰り返す。

「台湾マフィアの種類べさ。日本統治時代が終わって、中国大陸から国民党が入植してきたってのは知ってるベ?」

「うん、ヨシオさんにしつこいぐらい聞かされた。暴動で亡くなった人もたくさんいたとか。中国から来た人たちが『外省人』で、元から台湾に住んでた人が『本省人』だっけ」

「日本敗戦後は警察も軍隊も機能していない。だから地元ヤクザが治安維持の役割を果たした。そこに外省人が入ってきたってワケ。で、利権を争って地元ヤクザとも揉めるわな」

 陽は肉団子を口に運ぶ。飲み込まないうちに話を続けた。

「そこで外省人の荒くれ者が地元ヤクザに対抗するために組織化したべ。そんな外省掛って言われるヤクザが『幫派パンパ』、逆に本省掛の地元ヤクザが『角頭ガッタウ』って事。あくまで警察での分け方だけどな」

「やっぱ、本省人か外省人かで対立してるのか」

「昔は特にな。中華圏には『パン』って同郷氏族制度がある。つまり結束が固い。仲間が殺されたら必ず殺し返す。戦後は抗争が激しくなって台湾社会が震え上がったって話さ。街中でヤクザが青竜刀振り回したり、目潰し死体が晒されたりしてたんだから」

 マフィア映画の世界だ。僕は顔を顰めた。

「外省掛の『幫派パンパ』は警察や軍にも顔が利くようになって、急速に勢力を伸ばしたべ。目的のためなら殺しも厭わない連中だからな」

「昔はって事は、最近は安全なの」

「縄張り争いはあるだろうけど、表立っての抗争は聞いた事ねえ。最近じゃ『角頭ガッタウ』も『幫派パンパ』も、中国との結びつきが強くなってる」

「台湾と中国って、領土問題で仲悪いんじゃないの」

「裏の世界は別物さ。犯罪者は常に国際的。国家のグローバル化が進めば、まず刑務所がグローバル化するって言うぐらいだべ」

「何だよ、その嫌な国際化は」

「クスリや金の流れだけじゃねえべ。台湾のヤクザ幹部が中国に逃亡するし、本部を中国に移転する幫会だってある。香港の三合会トライアドだって中国の闇社会と繋がってる。台湾、中国、香港、韓国。ここらへんは裏社会どうしの繋がりが強い。ちなみに台湾黑社會は日本ヤクザとも関わりが深い。『日本のヤクザは約束を守るし人情深い』だって。けっこう人気らしいべ、ジャパニーズヤクザ」

 なんか複雑な気分だ。乾いた笑いが漏れた。

「日本で押収される覚醒剤は年間一トン以上。末端価格で600億は下らない。うち七割が中国から輸入された物。大量に輸入できんのは、台湾を経由して船便で運ばれてくるからって話だべさ」

 僕はため息をついて満席の店内を見渡す。

「中国に逃亡したヤクザ幹部が、台湾に帰ってきてから政治活動家になったパターンもあるべ。『共産統一推進党』って知ってるか」

「共産統一推進党――。何それ」

 政党だよ、と陽は箸先を宙に遊ばせた。

「台湾を中国に併合させようって団体だべさ。いわば『一つの中国』のスローガンをモロに踏襲してる。中国バンザイ日本大嫌いってのがモットーさ。平たく言えば、中国共産党台湾支部っしょ」

「台湾人は全員親日ってワケじゃないんだね」

「台湾の反日勢力はごく少数だけどね。中でも共産統一推進党は過激だべ。八田與一はったよいちの銅像をぶっ壊すし、圓山水神社の狛犬は盗むし。最近のニュースだったら、台湾大学の騒動だべさ」

「台湾大学って、大安にある国立大だよね。何かあったの」

「前に、中国の圧力外交に対する学生デモがあったんだ。そこに共産統一推進党が乱入して、学生を鉄パイプで殴ったべ。流血沙汰になるわ警官隊は出動するわの大騒動。その暴動に関して推進党の総裁は『よくやった』なんてコメントしてんだ。政治結社の代表者が暴力沙汰を褒めてんだぜ。あり得ないっしょや。まあ、総裁は台湾マフィアの元最高幹部だし」

「マジかよ。てか、元マフィアでも政党を作れんの?」

「台湾は李登輝リーテンホイ政権で民主化したべ。言論・思想・結社の自由が認められる。いま台湾には337の政党が登録されている。人口一億二千万の日本でも政党数は60ちょいだ。人口比率から考えると多すぎだな」

 陽はスープを飲み干して続ける。

「共産統一推進党は名前を変えてる事もあるから気を付けな。『中華愛国同心会』とか『釣魚島ディアオユダオを守る会』って名乗る事もあるべ」

「でぃあお……何だって?」

「尖閣諸島にある島の事。国際法的には日本が実効支配してんだけど、中国と台湾も領有権を主張してんだ。ただし台湾では『釣魚』や『釣魚列嶼』て書くのが普通だべ。『魚釣』って表記する時点でだべ」

 中国の息が掛かった政党、という事か。

「共産統一推進党が最も力を入れてるのが反日活動と日台分断、それから沖縄独立だべ」

「沖縄? 日本の事だよね。しかも独立って。沖縄を日本から独立させるって事? 台湾も中国も関係ないじゃん」

「それが大アリなんだ。名目は『琉球民族の独立への支援』なんだけど、沖縄が日本じゃなくなると、在米軍がいなくなるだろ。そうなったら中国は簡単に沖縄を侵略できるべ」

「それで共産統一推進党も沖縄独立の支援をする、と」

「総裁は何度も那覇を訪れてるらしい。そこで会談してんのが琉真会りゅうしんかいの会長。琉真会って言えば、沖縄で唯一の指定暴力団だ」

「台湾マフィアと日本のヤクザが、政治がらみでも繋がってるのか」

 陽は頷き、箸を僕に向けた。

「総裁が中心になって『中華民族琉球特別自治区援助準備委員会』を立ち上げて、国連の経済社会理事会ECOSOCに『中国琉球自治区』なんて団体を登録したんだよ」

「国連が認めたの!」

 まあ落ち着け、と陽は口元を綻ばせる。

経済社会理事会ECOSOCへの登録審査はヌルい。それに登録だけじゃ国際法上でも意味はない。ただ『中国琉球自治区』の登録の影響で、共産統一推進党の支持が中国で高まったべ」

「中国国民も、共産統一推進党の活動を支援する、と……」

「共産統一推進党は支持率0.34パーセントの弱小政党だ。だけど活動が過激だから知名度と注目度は高い。行動力と影響力はあるべ」

 手早く会計を済ませ、通りに出る陽。僕は小走りに彼女を追った。陽は人混みをすり抜けるように歩いて行く。

 何も言えなかった。

 陽には言いたい事が山ほどあるのに。ヨシオさんからのメールの事、密会していた黑社會の男の事、そして欣怡が呟いた日本語の事。陽の目に見据えられると、都合の良い事しか言えなくなる。

 僕らは運命の共犯者だから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る