第11話 劉欣怡。アイツも、何か気になんだよな
正午過ぎ、僕らは『大阪の小陽』に戻ってきた。
「うっげえ、五十件ぐらい出てきたし!」
テーブルにMacBookを広げて渋面を示す陽。
昼食時の『大阪の小陽』は繁盛する。テーブルは満席で、並んでいる客もいる。店主の陽はといえば客に紛れてテーブルに陣取り、MacBookと格闘していた。合流した
「ハルトさん、イカ玉! 五號卓ダヨ!」
僕は厨房のジョジョからイカ玉を受け取り、五番テーブルへ持って行く。なぜか僕がウェイターをさせられていた。
僕が戦場のようなランチタイムの接客をしている間、陽は『シオツカセリカ』探しに没頭していた。Facebookで名前検索したら五十人以上のシオツカセリカが見つかった。
二時を回り、ようやく客足が落ち着いた。営業は続けるが、店の電気を消して厨房の火を止め、省エネ営業モードに切り替える。
「それっぽいのが見つかったわ。たぶんコレっしょ」
陽がMacBookを向ける。Facebookのアカウントトップ画面だ。
アイコンは三毛猫の寝顔。アカウント名は『Serika Shiotsuka』。
「投稿内容は友人限定公開にしてるから見れないけど、自己紹介んとこ読んでみな。当たってると思うよ」
誕生日:2002年7月21日。埼玉県出身。
「2002年生まれって事は」
「凜風と同い年だべ。で、友達リスト見てみな。アメリカ人、インドネシア人、フィリピン人、そして台湾人。グローバルな交友関係だコト」
しかもほれ、と陽は一人のアカウントを指差す。僕はハッと息を飲んだ。
「あ。凛風さんだ」
凛風の『Liza Liu』というアカウントがフレンドリストに入っている。
「ま、十中八九このシオツカセリカでアタリだろうな」
「凜風さんの日本語で書かれた最期のメッセージは、このシオツカセリカって人に向けられたSOSだったって事?」
「その可能性もある。コイツしか知らない事情があるかもな」
隣でじっと俯いていた欣怡。僕は彼女の肩に手を置いた。
「やったよ。この人がお姉さんの真相を知ってるかもしれない」
「一応メッセージ送っとくべさ」
陽はキーボードに指を滑らせ『初めまして。劉凛風の件で伺いたい事があります。お返事お待ちしております』と丁寧な文を打ち込んだ。後は待つしかない。
すると店に誰か入ってきた。
「我餓了、翻飯!」
必要以上に大きい声。陽とジョジョが露骨に嫌そうな顔をした。
「また来たのかよ。食ったらさっさと帰れよ!」
陽が席を立って厨房へ向かう。
陳刑事は腕組みして僕らを順々に睨んでゆく。陽が目を付けられているせいで、僕らまで疑いの目で見られているのは心外だ。
「ほら、コレでも食ってさっさと仕事行けよ!」
テーブルにオムソバを置く陽。大柄な陳刑事はオムソバを黙々とすすり始めた。
陳刑事は陽を睨み「你變得風平浪靜」と語尾を上げる。
「お前じゃねえだろな、だと。何の話だよ」
陳刑事は僕を一瞥してから「從劉凜風的公寓聽見了日語」と小声で言うと、僕以外の三人ははっと顔を上げた。
「凜風の部屋から日本語が聞こえた、だって? どういう事だ」
陳刑事が話した内容は、こんな感じだ。
アパート周辺住人の証言によると、火災の二十分前に凜風の部屋から日本語で言い争う声が聞こえていたという。
「那個不是普通的火災。有什麼」
陳刑事が唾を飛ばして言うのを、陽が訳した。警察は過失による火災と結論づけたが、陳刑事は何か裏があると踏んでいるらしい。
「再來!」
「えええっ。また来んの」
陳刑事は百元札を置いて去って行った。背中を向けたまま人差し指と中指をビシッと立てる。カッコつけている所がカッコ悪い。
「日本語で言い争いか。また日本人、日本語だよ」
「したっけ、なおさら『シオツカセリカ』が鍵になる気がするべ」
凜風の日本語で書いた最期の投稿。シオツカセリカ。二つが繋がっている確証はないが、今は関連を期待するしかない。
「真的嗎ッ!」
急にジョジョが声をひっくり返した。
「っせえな。いきなり何だよ」
陽が迷惑そうに言うと、ジョジョは「見てよコレ!」とスマホをテーブルに置く。ツイッターのアカウントページが開いてあった。
「比野楓華。誰これ、日本人?」
アカウント名は『比野楓華@YouTube充電中』。
「ふーたんだヨ!」
この前ジョジョが言っていた旅系YouTuberか。本名か芸名かは知らないが
「このツイート見てヨ! 大事件ダヨ!」
オレたまげたゾ、とジョジョは目を丸くしている。
【色々あったけど、いっぺんココロをリセットしなきゃ!
海外旅行とかどうかな。ハワイとかグアムとか台湾とか♪】
「ウェルカァァアム!」
「いやいや。その子が台湾に来た所で、会ってくれねえっしょや」
叫ぶジョジョに呆れる陽。スマホを取り上げ、気怠そうに肘をついて画面をスクロールさせてゆく。
「ふーん、今は沖縄に住んでるってか。つーかこの子、一人で撮影から動画編集までやってんの」
陽が画面をスクロールしながら尋ねると、ジョジョは二度頷いた。
「前までスタッフの人がイタらしいケド、トラブルがあったトカ。恋愛関係がナントカってネットで見たカモ」
「あぁあぁ、スキャンダルだべか。定番だな」
僕は二人のやり取りを見て息を漏らした。
「スキャンダルが何だとか知らないけど、動画配信しながら沖縄でセカンドライフとか。いいねえ若いのに」
ふと欣怡が立ち上がった。
「……已經返回」
何だって、と僕が聞き返す。しかし欣怡は何も言わずに『大阪の小陽』を出て行った。
「もう帰る、だってさ。つまんねー話ばっかしてるからじゃね?」
陽がため息混じりに呟く。ジョジョは「ふーたんはツマンネー話じゃねえゾ!」と真顔で言い返していた。
欣怡も相変わらずクールというか無愛想な子だ。もっと笑えば魅力的なのに。彼女の後ろ姿はアーケードを飛び出し、真っ白な日差しの下へ溶けて消えていった。
陽は欣怡が去っていった入り口を見据え、目を細めた。
「劉欣怡。アイツも、何か気になんだよな」
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