真夏の花嫁は灰と消えた
ぼく
第1話 僕は、死んだ花嫁と結婚する
この夏、僕は結婚式を挙げた。
八月の台湾は蒸し暑い。北部の
昼下がり、僕は祝いの飾りを施した車で花嫁を迎えに行く。結婚式では新郎が花嫁を迎え、式場まで送る。それが台湾での風習だ。
「アンタさぁ。女の運転で花嫁を迎えに行くって、なまらダセえべ」
くわえ煙草でハンドルを握るのは幼馴染の
「仕方ないだろ、こっちじゃ運転出来ないんだから。そういう陽もタンクトップにハーフパンツって何だよ。結婚式なんだけど」
台湾北部の港町、
車から降りると、花嫁の両親が駆け寄ってくる。家の中から親戚らしき人たちも集まってきた。早口で何を言っているか分からないが、歓迎されているようだ。
僕らは花嫁を後部座席に迎え、会場へ向かった。僕はネクタイを締め直し、小さく咳払いする。緊張してきた。
台北市内の高級レストランを貸し切っての式だ。日本だと間借りするだけでも何十万もするかもしれない。この会場を手配したのも僕の花嫁の家族だった。
控え室から覗くと、ホールは薄明るい照明に照らされていた。台湾では結婚式は二度行なわれる。一度目に新婦側の親類のために、二度目は新郎の親類のために。今日は花嫁の家族や友人が大勢出席していた。見ず知らずの他人も参加しているのも台湾の結婚式ではありふれた光景だそうだ。
『是新郎新孃的入場――』
スピーカーから司会者の声が響いた。新郎新婦の入場です――的なアナウンスだ。
こちらの結婚式では、まず新婦の両親が登場して次に新郎の両親が登場する。新郎新婦が現れるのはその後だ。しかし僕と彼女の場合は特別らしい。
ドアが開くと、盛大な拍手に迎えられた。眩しいピンスポットが薄闇から僕を抜き出す。ホールの隅には大仰なカメラを構えている者たちがいる。地元テレビ局のクルーだ。
「これでアンタも有名人だべさ。ビシッと胸張れよ!」
陽に背を押され、僕は赤い絨毯に足を踏み出す。
隣を歩くのは花嫁とその父親。花嫁は花が咲いたような笑顔を見せている。僕が迎えに行った時からずっと笑顔だ。
花道を歩いてゆくと、彼女の友人たちが声を上げて祝福する。日本語で『オメデトー』とも聞こえた。花嫁が満面の笑みを向けると、友人たちはじわりと涙を浮かべた。
主卓の前に立つと、僕らにフラッシュが焚かれる。新聞や雑誌の記者まで集まって、まるで芸能人扱いだ。
『――那麼請各位入座』
アナウンスが入ると一同は着席する。
ホールに集まった人たちの服装は様々だ。ポロシャツの男性やTシャツ姿のおばさんもいる。
逆にスーツに白ネクタイの者は一人もいない。台湾では『白』は別れの色。葬式の色だ。祝儀袋も
『首先、是新郎的問候。藤園晴人――。請多關照』
にやけた司会者にマイクを差し出される。陽に助けを求めると『なんか喋れ! いいから喋れ!』と口パクしていた。
僕はマイクを受け取り咳払いする。陽と花嫁の家族が拍手した。
『ええと、日本語しか喋れないんですけど。良いですか、ね』
僕はホールを見渡す。やはり日本と雰囲気が違う。
『あー、そのですね。僕は日本の北海道って所の生まれでして、台北の暑さはホント参っちゃいますよねぇ』
誰も僕の話を聞いていない。みんな勝手に歓談を始めているし、僕よりも大声で盛り上がっているテーブルもある。
『この度は
僕の隣で、花嫁は満面の笑みを浮かべている。会った時から変わらない笑顔。若いエネルギーに満ち溢れた素敵な笑顔だ。
彼女の名前は
友達からはリザと呼ばれている。まだ十九歳だ。南国育ちなのに肌は透けるように白く、整った目鼻立ちは東洋人離れしていてファッションモデルのようだ。
絶えず笑みを湛える僕の花嫁。彼女は笑顔を決して絶やさない。それもそのはず。彼女の笑顔は写真の中だから。
「請使我的孩子倖福……」
花嫁の父親は「うちの娘を頼んだよ」的な事を言っているのだろう。頼むと言われても、どうしろのいうのか。
隣の席には純白のドレスをまとった花嫁。ヴェールの向こうには花嫁の端正な笑顔が見え隠れしている。
人形だ。等身大の花嫁人形。顔には花嫁の写真が貼ってある。
花嫁人形の前に置かれた香炉。この中に僕の花嫁が入っている。
正確に言えば、凜風の遺骨が。
『そ、それじゃ。僕からは、これぐらいにして……』
僕が着席すると、テレビカメラが駆け付け、記者たちが押し寄せた。僕と花嫁人形のツーショットをフレームに収める。香炉の傍らに安置された黒い位牌がフラッシュを照らし返した。
今日結婚するのは僕と、彼女の位牌。つまり。
僕は、死んだ花嫁と結婚する。
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