第7話 魔王様と雪世界

「バハマディア国から魔国に、交流を希望していると伝言役を頼まれたのですが、いかがします?」

「……それは今言うべきことなのか?」

「今思い出しましたので」


目の前には湯船に浸かってのんびりゆったりしている魔王様ルクセル。

「ん~シィーババアに結構痛手を受けていたんじゃないのか?それでも魔国と交流したいと言われれば、まずは魔国で元ファラガリスの者達を交えて会議してから返事する」

「デンエン王国が魔国との交流で栄えてきましたし、その影響もあると思います。前向きに考えて良いとは思いますよ」

「うむ」




「そういえば、ジグロードとの戦争はどうなっているのだ?向こうもうちを警戒して情報を探れんのだ」

「攻められているシグニール国には、世界中からの支援物資と兵士が集まっていますが、ジグロード魔王軍が策略を得意としているのでなかなか終わりが見えない戦いになっているそうです」

「あ~あそこの軍幹部連中は変な奴が多いからな。敵味方巻き込んで毒殺するとか、味方を囮にして大爆殺する奴とか。それを自慢してくるのが理解できん」


戦争はまだ終わっていない。


「そのうち支援物資か兵士達と一緒に行く事になると思いますが、前回の様な事はしないで下さいよ」

「分かっている。しかし人間の国家達が支援した兵士とシグニール軍対ジグロードで均衡を保っているって、そこまで戦力あったかな?」

「私も、ジグロードの戦力が分からないのでシグニール側の希望に沿うよう準備はしていますが、少々引っかかるんですよね」

考えても仕方がないので現地についてから調べる事になるだろう。

「そういえば、魔王軍って何故攻めてきたんです?」

「ジグロードから人間の国へ戦争をしかけないか、と打診があって、協力しあわないのならやっても良いと返答して、3国非同盟で戦争を始める事になった。魔国は血の気の多い物もいて、暴れたいけど魔王が止めるから暴れられない。そんな魔物を前線に出して疲弊・消耗させたり、人間を労働力として拉致して働かせたりメリットはある。今まで戦争をしてこなかったのは戦争中他の魔王軍が敵になって攻めてくる問題があったからってだけだし」

「じゃあジグロードが滅んだり、またゴルデンが吸収した場合戦争が始まる可能性があるんですね」

「私が魔王の間はないな。よほど何かが起きない限り。例えば~…あらたが人間の女と浮気するとか」

「じゃぁ大丈夫ですね」

あっさり返事する新の腕に、ルクセルは嬉しそうに、角が当たらない様抱き付く。



「だが、ジグロードをゴルデンが滅ぼすのも、吸収するのも難しい事だぞ。あの国は貴族制度を細かく制定してて、国内でも陰謀してお互いの足を引っ張って魔王は一番強い者ではなくても良い。部下達も命令を完全に聞くわけじゃない。弱肉強食が通じないというのは、魔族の本能で生きる私達には理解しがたく苦手だ。手に入っても何をしかけてくるか分からん分、できれば跡形もなく滅ぼしてしまいたいぐらいだ」

コンコン

二人の部屋にノックの音が響く。

「どうぞ」

「失礼します。寒くなってきたので暖炉に火を入れに来ました」

メイド長とメイドが入ってくる。

「そろそろ雪が降りそうですね」

「雪!?」

ルクセルが窓に向かう。

「雪、お好きなんですか?」

「ゴルデンには雪が降る場所がない。元ファラガリスもシィーババアが降らせてたぐらいで今は降っておらん。雪は昔父上達と一緒にどこかは分からんが、人間の国に行った時初めて触ったぐらいだ」

「この寒さなら今雪が降っていそうな場所に心当たりがありますので、今度行きましょうか?」

「行く!」

次の休暇は雪の降る町に決まった。




「雪が積もってる!!」

道の端に残る雪を見て声を上げるルクセル。

ゲートを使って移動した先は、まだ雪が積もっておらず、町の人間に聞いて更に北の方にある魔国との境の山脈近くの村に移動する事になった。

まだ新も行った事のない場所の為、町で馬車を用意して移動する。

馬車と言っても荷運び用で景色を見れるのは馬車が通り過ぎた後方だけ。

座り心地も良い物ではないが、ルクセルは宙に浮けるし、新はクッションを敷いて座っていた。

それでも道端の雪を見て期待を膨らませるルクセルを眺めているのも悪くはない。

(あの尻尾、犬のように動くのか)

ルクセルはハーフとはいえサキュバスの血からか、尻尾がある。悪魔系の尻尾なので小さいくて細い。

ズボン系の服を着ない限り外に出ないのであまり意識してみる事がなかった分、コートの下からちらりと覗く尻尾が左右に揺れるのを見て、今度毛皮で尻尾用カバーを作ったら動物感が増すだろうなぁ、とか考えてしまった。

あらた、雪の高さが増えている!」

「はい?ああ、道にも雪が積もっていますね。もうそろそろでしょうか」

そう返事をした時、御者が入り口に着いたことを教えてくれた。

御者から帰りはどうするのか聞かれたが、ゲートを使って家に直接帰ると言ったら、村の荷物を持って町の方に帰って行った。



村に着いて、まずは村長の家に行く。宿屋は当然ないし、あらたの身分証で宰相である事を見せるのは重要だった。

魔族のルクセルを連れている以上、無害である事も含めて村長から村人に伝えてもらう必要がある。


この村はルクセルが拉致した人間もいる村だから。


先に宿泊予定で旅行に行くと知らせておいたのは町の方だったので、この村に知らせは届いていない。

しかし町では雪が積もっておらず、前もって村に行くと分かっていた町長が連絡を入れていたらしく、村長は伺っております、とにこやかに出迎えてくれた。


「魔王様ー!」

町の人間かと思ったら、オークが来ていた。

「時々人間の腕力では大変な仕事を手伝って、代わりに魔国での魔物用の家の作り方や道の作り方など色々学ばせてもらっています」

オーク達を率いて、ハイオークが魔王と新に頭を下げた。

町の人間も馴染んでいるらしく

「オークのおじちゃんすっごい力持ちなんだよ!魔王様、ぼくのお父さんとお母さんを無事に返してくれてありがとうね」

幼い子供がオークの肩に乗ってにこにこしている。

「ルクセル、この村の事をご存じだったのですか?」

「ん?知らんが、戦後ハイオークが人間の技術で習得したい事があるので人間の村の許可が出たら行って良いかと聞いてきたので行かせたことがある。この村だとは知らなかった」

魔物達が魔王にとって不利益となるような事はしない。

オーク達は知性が少し低いので、ハイオークが率いる事によってトラブルを回避したり、意思の疎通を取るようにして現在までに信頼関係を作ってきた。



想定外の事はあったが、悪い事ではないので、村長の家の客間に荷物を置いて、さっそくルクセルは雪を楽しむ。

村の子供達も雪の遊び方を教えてくれて、ルクセルは初めてかまくらという雪で作った小屋や、雪ウサギを作った。

それからまだ降り続ける雪が屋根に積もっているのを降ろしている人達を見て、雪を集めるついでにそこからも雪を魔法で集め、巨大な雪だるまを作った。

家よりも大きい。

「ルクセル、通行の邪魔になるので村の入り口の外に門番のように置いてはいかがでしょう?」

「うむ!」

魔力で持ち上げた雪だるまが村の外に飾られる。



余談だがこの雪だるま、夏になるまでまったく溶けなかった。

魔力でかなり圧縮された雪は氷となり、芯まで冷やされて春を乗り切ってしまった。





「は~~~楽しかった!」

満足げに汗すらかいているルクセルにタオルを渡す。

「すぐ汗を拭かないと一気に体が冷えて風邪ひきますよ…魔族って風邪ひきますか?」

「人間の言う風邪のようなものはあるな。魔力が高いとまずかからん」

「少し休んだら温泉に行きましょう」

「温泉もあるのか!?行く!!」


雪遊びでテンションが上がりまくったが、温泉ではのんびり溶けるように浸かる。

村長の計らいで貸し切りになったので、村民に気兼ねなくゆったりと浸かれる。

丁度村では夕食の準備で温泉に来るものが少ない時間という事らしい。

「雪が降る中の温泉も良いのぉ~」

まだ雪でご機嫌になれるらしい。

「次の休みもまた来ますか?」

「う~ん…そうしたいような、他にも何かないか考えたいような…」

大分満足したらしい。

「では次は別にして、その次特に予定がなければまたここに来ましょう」

「そうだな」



温泉の後は村長の家で夕食が用意されていた。

席に着いた時、村長はにこにこしながら聞いてきた。

「おそろいのセーターなんですね。王都ではそんな素敵な模様もあるんですね」

雪深いこの村でもセーターは冬の必需品として着ていない者がいないぐらいだが、当然全て妻や母が編む。模様は編み方の変化でつけるしかないのだが、それによってどこの家の人間かわかる家紋のようにもなっている。


あらたとルクセルが着ているセーターは、細い糸で密に編まれており、色替えされた毛糸で胸元にワンポイントの模様が入っている。

「妻が編んでくれていたのですが、王都ではセーターを着なくても過ごせるので着ている人は少ないんですよ。私は移動の際コートの脱ぎ着が減って便利ですし愛用しています」

「メイド長から教えてもらったのだ。ゴルデンは火山帯が多くて暑いぐらいだから、セーターという物を知らんかったしな。模様はゴルデンとデンエンの国旗にしてみた。編み方も種類があって面白いしな」

「魔王様が作られたのですか!村に来るオークの方々から、魔王様はとても強くて優しいとは聞いていましたが…その編み方はかなり時間がかかるけれど、とても動きやすくて暖かいんです。うちの村では生地を厚くするために糸を太くして作るので早くたくさん作れるようにします」

村長の妻が感心しながら、セーターについて解説してくれた。

ルクセルもそれであのセーターが、と気になっていたらしい。



「この村は、戦争まで寒さに震える家しかありませんでした。オークの方々が来て、魔国で家を建てる練習と言ってこのような暖かい家を作ってくれているのです。戦争の時は恐怖しかありませんでしたが、今は交流できる事に感謝しかありません。魔国に連れ去られた者達も、あちらでは奴隷としてではなく、大切な労働力として、細かな部分を任せられたり、意見すら聞いて貰えて食事も十分にとれて良い場所だったと言っています」

「細かな作業はドワーフが得意とするんだが、ドワーフはまだ数が少ない。魔物はまだ外で寝起きする物が多く、魔障が発生すると一気にやられる。避難する場所さえ作っておけば魔障を知らせるだけで回避できる。これは人間が教えてくれた事なんだ。魔物達も特に考えていなかった人間の存在や良さを知って無意味に襲う事を避けるようになった」

「戦争で強制的な交流を持つことで、敷居の高い国家同士の交流が簡単にできるようになったのは王国からしても喜ばしいです」


戦争での被害がなかったわけではない。

死んだ者も当然いる。

戦争で山賊も出てくるようになり、戦後は一掃されたが、戦災孤児も増えた。


現在ゴルデン魔国との交流で、他国に輸出する品揃えが増え、デンエン王国はかなり潤っている。

しかしその潤った分はほとんど戦争による被害に当てられている。

そのついでに地方にはなかった学校を作り、王国の識字率や算術能力の向上を計画して実行に移せた。

これらも戦争がなければできなかった事だった。


戦争を良い物だとは思わない。恩恵があるので無駄ではなかったと言うしかないよう持って行くのに多少苦労はした。

国王と宰相、二人で計画した戦後計画であることは今後も秘密にしなくてはいけない。

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