第6話 バトルアックスと旦那様

事務仕事漬けの文官だった頃、毎日続く書類の山に埋もれすぎ、特に運動をする生活ではなかったが、書類の束を持って城内を移動する事もあり、移動中の時間が気分転換にはなっていた。

昇進し、事務官長になった頃、更に大量の書類の山を分類して配送先を指示する役となってからは、移動時間もなく椅子に座りっきりとなり、運動不足を感じた。

『長』が付いた所で、帰宅する先は宿舎となっているのは変わりがなかったので、体がガチガチに固まって疲労も溜まってきた。


ふと、事務室の外で騎士達が訓練をする様子を見て、そういえば剣の練習も学生の頃以来やっていないと気が付き、仕事終わりに武具置き場に行き、久しぶりに素振りをしてみようとどれが良いか選んでいた。

「高橋殿?武具に何かありましたか?」

見回りの兵士に、丁度兵団長が居たからか、気軽に声をかけられた。

「いいえ、単純に運動不足を感じて体をほぐそうと良い武器を探していただけです」

「あ~、文官の方々は書類仕事で剣の握り方を忘れると言いますな。手前の方から軽めに作ってある練習用の剣、中程に模擬専用の真剣、奥には斧などの重い物を置いております」

「斧なんてあるんですか?」

「我々兵士は主に槍を使いますが、騎士の中には剣だけでなく斧を持ちたがる方もいますので」

試しに奥の方にあったバトルアックスを持った。

重厚な長い柄の先に、さらに重厚な両刃のバトルアックス。

「………」

握った瞬間、妙にしっくりする感じがした。

試しに広い場所で振り回してみる。

使った事もない斧なのに、どう重心をかけながら振り回せばいいのか分かりやすい。

「……これ、良いですね」

「…あんな斧あったか?」

「…いえ、自分は見た事ありません」

見回りの兵士2人が唖然としている。

「しかも何か見覚えがあるんだが…」

冷や汗をたらしながら思い出そうとしている。

何かまずい物があった気がする。

長年兵士として鍛錬でお世話になった武具置き場だから、置いてある武具は全て覚えているはずだ。

稀に問題を起こす不吉な武器が出てくると、もれなく魔法使いたちが集まる魔塔に収められているはずだ。

目の前で、背は高くとも細身の文官が軽々と振り回すバトルアックス…何か良くない物だった気がする。

確か………「あっ!!」



国内の辺境に近い山近くの村で、鍛冶屋の老人が魔物や怪しい鉱石を使って作ってみたらできてしまった、禍々しい斧。

最初は木を切る為に作られたが、木を切るともれなく付近の人間が怪我をする不気味さから、戦斧に作り替えてみた結果、どれだけ人を切っても切れ味が鈍らない。呪いの斧と恐れられて魔塔に引き取られ、興味を持った騎士団長が持って来させて試し切りとして罪人を処刑する際に使ったところ、そのまま周囲の人間まで襲うようになって、抑え込むのに魔法使いと騎士がかなりの人数で集まって何とか手から外させた代物。

そのまま魔塔に持って行かれたと思ったが、触る事も恐れられ、何故か武具置き場から出てきたようだ。

「た、高橋殿、大丈夫ですか?」

少しあとずさりしつつ、声をかける。

「はい、運動不足に丁度いい感じです!」

「あの、それ呪いの斧なんですが、本当に大丈夫ですか?」

「え!?呪い!!」

斧を構えつつ、兵団長に聞き返す。その顔は探している物を見つけた子供の様にキラキラしていた。

じっくりと斧を見つめる。

「鑑定しましたが、後からついた呪いのようですね。振り回されることで満足しているようです。これ備品ですよね?」

「あ、高橋殿は魔法も使えるんでしたね。呪いの物は備品ではなく魔塔行きになるのですが、管理できるのでしたら持って行って構いませんよ。問題さえ起こさなければ良いので」

「ぜひ頂きます!」


こうしてバトルアックスは高橋の物となり、普段は事務官室に置かれているが、仕事の後で訓練する者のいない演習場で振り回されている。


高橋は別に呪いの物をコレクションする趣味はなく、呪いを解読して開放する方が趣味である。

その為呪い関係の書籍を集めて勉強している。

必然的に高橋宛に呪いがかかった物が集まるようになり、解析後返されるが、どのような物がどのように解析したのか記録されて、呪いに関する自筆の本ができていくのであった。




そんな高橋が次期宰相になると聞き、事務官になっただけでもすごいのに、宰相か…と感心をしていた兵団長。

宰相になった後はさらに魔王軍との戦争を終わらせた英雄にまでなってしまった。

変わった方とは思っていたが、英雄とはあの様な方がなるものなのだなぁ。

平和が見えてきた感じもあるし、そろそろ歳も気になる。

後は若い者に地位を譲って隠居生活でも送ろうかと考えていた時、その高橋が訪ねて来た。

「お久しぶりです。実はお伺いしたい事がありまして来ました」

「これはこれは宰相殿。私に答えれる事でしたらなんなりと」

バトルアックスを初めて振り回していた頃より肉が付いたようで、体軸もしっかりしている。さらに感心しつつ、引退間近の自分に何の用だろうと不思議に思う。

「申し訳ありませんが、人払いをお願いします」

「はぁ」

言われるまま、部屋に居た兵士達を追い出した。

何か問題でもあったのだろうか。

少し身構えていると、高橋がいくつか質問をしてきた。

「プライベートをお伺いする失礼をお許し下さい。兵団長はご結婚もされ、お子さんもお孫さんもおられますよね?」

「はい、子は宰相殿より上で孫は今年学園に入ります」

「私が先日の戦争で魔王と結婚する事は聞いていると思います」

「もちろん。そのおかげで戦争は終結しましたし」

「ええ、それでまったく時間がないため、お伺いできる相手を考えたところ、兵団長ならと思って来たのです」

ぐっと机に両手を置いて身を乗り出してはきたが、うつむいて顔は見えない。

「…どのような事でしょう?」





デンエン国王が見届人となり、高橋と魔王との結婚式が滞りなく執り行われた。

魔王は初めて見る白いドレスに舞い上がり上機嫌でいるのが分かる。

一方高橋は、いつも通りの無表情で事務的ではあるが、慣れないドレスで魔王が転ばない様、支えたり常に気を配っている。

兵団長はそんな二人を見ながら、初々しいと思った。

今後は戦争とは無縁になりそうだ。平和の象徴のような挙式に満足した。


先日、思ったより切羽詰まった心境で自分を尋ねて来た高橋に、できる限りのアドバイスは与えた。

この後披露宴の為に魔国に移動するらしい。そちらは見に行く事ができないので、兵団長はここで応援するしかできない。


披露宴の夜か…。

あの全てが完璧な人物と見えた高橋にも、若さゆえの不足があった事は、兵団長と妻となる魔王しか知らない事になるだろう。

だが、案外似た者同士かもしれない。

兵団長は我が子よりは若く、孫よりは年上の高橋の結婚生活が幸あるだろうと祝福した。

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