第3話 ツンデレ少女・レーナ

「お目覚めですか、ご主人様」

 スカートの側面が裂け、露になったリンの生足。

「ここは、崖……? どうしてこんなところに? というか、大丈夫!? 傷だらけだけど!」

「お気になさらず。ご主人様のお知り合いにつけられた訳ではないので」

 と、空から落ちてきた何かが僕の頭にヒットした。小石……? 辺りを見渡すと随分遠くまで木々が広がっており、背後はかなり高い崖となっている。

 リン、あそこから落ちたんだ……。というか、何故か好感度が20にあがってるし。

「それよりも、ご主人様は危機感が無さすぎます。私がいなかったら間違いなく死んでいましたよ」

「うん……それは……ごめんなさい……」

 言い訳できなかった。だって実際、彩菜も僕が招き入れちゃったし。それに、リンにも痛い思いをさせた。僕は自分の欲望に忠実になりすぎたんだ、振り回されるリンのことなど考えもせずに。

「僕、どうしたらいいかな……」

「私に守られていればいいのです。永遠に」

 何故か好感度は30に上がった。でもリンの優しいようで冷たい言葉が、今は余計に刺さる。

 普段なら可愛いやつだと流せていたのに、うーん……形容しがたい感情だ。

「さ、行きますよ。2日目です」

 この地獄があと6日間続くのか。そう思うと途端にお腹いっぱいだ。これ以上リンを辛い目に合わせたくないし、かといって死にたい訳でもない。くう、僕は臆病で無力だ……。

 苦悩する僕を一瞥したリンは一歩踏み出すと同時に、苦虫を噛み潰したような苦悶の表情を浮かべた。

「ど、どうしたの!?」

「……なんでもありません。このくらい――――ッ!」

 リンは足首を押さえたまま踞ってしまった。正確にはわからないけれど、きっと崖から降りた時に捻ってしまったのだろう。額からは冷や汗が垂れ、体を小刻みに震わせている。

「待ってて、何か使えそうな物を探すよ!」

 

 リンと見知らぬ森の洞窟に隠れてから二日が経過した。お風呂に入っていないはずだけど、リンは変わらずいい匂いがする。それに僕の看病も効いたのか、以前より顔色が良い。

 流石にヤンデレたちもここまでは追ってこないのか、ここのところ全く遭遇していない。辛いのは食料が付近の川の水しか無いことと、寝心地が悪いことくらいかな。

 飢えさえ凌げれば楽勝……だと、思っていた矢先の出来事。

「……ください。……起きてください、ご主人様」

「……ふぇ? もう朝?」

「いえ、日の出は2時間後です。ヤンデレと思わしき少女がこちらに向かってきています」

 はあ……ここで一週間やり過ごそうと思っていたんだけれど。でも、リンの好感度も40近くをいったり来たりしたまま変動していない。やっぱり、ヤンデレと関わらないと大きく変わることもないのかもしれないね。

「ご主人様を抱えて逃げたいのはやまやまですが、この足では――――」

「大丈夫、わかってる。今回は僕に任せて!」

 僕はリンを残したまま、自ら少女を探して洞窟を後にした。少女はすぐに川付近で見つかった。

「あ……やっと見つけた、悠哉! って、別に探してた訳じゃないんだけどっ!」

「えっ、君は……」

 腕組みをし、低身長で見下すように堂々と立っている黒髪ツインテール。

「なーにーよ、その反応! まさか忘れた訳じゃないでしょうね?」

 忘れたくても忘れられない、元ヤンデレ少女・レーナ。僕がこういうのもなんだけど、レーナは小学生の頃、たぶん僕のことが好きだったんだ。どこにいくのも袖を引いて着いてくるし、他の女子と話そう物なら泣き出しそうになる。ヤンデレというよりかは、メンヘラだった。

 進学と同時に海外へ引っ越したと聞いていたけれど、まさかツンデレになって帰ってくるとは。

「レーナ……だよね? 変わったね」

「そりゃ二年も経てばね。あんたこそ、随分しおらしくなったわね」

「え、そう見える?」

「当たり前じゃない。普段のあんただったらあたしを見た瞬間、『げ、レーナだ! 近寄ってこないで!』なんて言ってくるわよ」

 僕ってそんなクズだったっけ。でも、しおらしくなった……というのは本当かもしれない。彩菜に包丁を向けられるまでは、リンに怪我を負わせる前までは少なくとも僕は王様だった。

 自己中で、無我夢中にしたいことを追いかけていたはずだ。

「……確かにね」

「っそういえば悠哉、あんたなんでこんなところにいるの? 探すの大変だったんだけど」

 探していた訳じゃないとか言ってなかったっけ?

 しかし、それならば僕からも疑問が一つある。

「それは――――」

 僕はこれまでの経緯を全て話した。時折ドン引きされたような……百面相を見せつけられはしたものの。なんとか理解はしてもらえたようだ。

「で、なんだけど。どうしてレーナはヤンデレじゃないの? 彩菜や他のみんなと何か違うことがあるとか……?」

「し、知らないわよそんなの。あたしのことはどうでもいーの! それよりあんたのお母さんが心配してたわよっ、あとメイド……も怪我してるんでしょ。まずは家に帰りましょ」

 どういう訳かレーナが危害を加えてくることは無さそうだけど。それでも残り3日残っている以上、帰るのは得策ではない気がする。

「なによその不安げな目は。あたしはもう守られるだけの女じゃないの。武術の心得くらいはあるんだからっ」

「レーナが強いのは雰囲気でわかるよ。それよりも、ここにいた方が安全じゃないかなって思って」

「はぁ? ばっかじゃないの? 別にメイドの肩を持つ訳じゃないけどっ、女の子をずっとお風呂に入れないだなんてどうかしてるわよ。もっと女の子は大切にしてあげなさい! だって、リ、リン……さんはクーデレなんでしょ? 言いたくても言えない気持ちだってあるんだから!」

 洞窟で僕を待つ、リンの気持ち……。くそっ、僕はとんでもないバカ野郎だ。自分からこの状況を作っておいて、好きな女性より自分の命を優先するだって? ああ本当にバカらしい。

 僕の本当の目標は、『一週間ヤンデレから逃げる中でリンとの愛情を深める』ことだろう? ん、ちょっと違う? ニアリーイコールってやつさ。

 だったら立ち向かわなくちゃ。リンに守られるんじゃない。僕がリンを守るんだ。

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