第551話 ライター

 私と彼は、私たちの家のリビングで、向かい合って座っている。


「俺たち、別れよう」


 彼は、そう言った。


 初めは何を言っているのか理解できなかった。


 理解を脳が拒んでいた。


 そんな時、もう嗅ぎ慣れてしまったタバコのにおいが私の鼻をくすぐる。


 顔を上げると、彼が立ち上がって彼の持ち物をカバンに詰めていた。


 彼の服やカバンについていたにおいが、流れてきたのだろう。


 その時、彼の言っていたこと、彼が家から出ていくことを理解する。


「い、嫌……!」


 私はそう言ったが、彼は聞く耳を持たない。


「ちょっと待ってよ……!」


 彼は私の方を一切見ずに、荷物をまとめて家から出ていこうとしている。


 私の目に、彼のライターが映る。


 ――これは、ダメだ。


 この方法をとってしまったら、もう戻れない。


 一度燃え上がれば、なかなか消せないのだから。


 でも、彼を振り向かせるためには――


 近くに飾ってあった写真立てを落とす。


 激しく音を立てて割れる。


 それでも彼は振り向かない。


 割れた写真立てから二人の写真を拾い上げる。


 そして、彼のライターを手に取る。


 ジリリリリリリリリ―—


 私はライターで写真に火をつける。


 その煙で火災報知機がけたたましい音を鳴らす。


 さすがの彼も、その音には振り向いた。


「あは。やっと振り向いてくれたね……」

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