植物戦争

たもしげる

プロローグ

俺の名前は阿達修。


自分で言うのもなんだが、極度の植物オタクだ。

そのせいか、この顔のせいか分からないけど生まれて32年、「彼女」なんてできたことも無い。

バリバリの独身男性である。


職業は植物学者をやっているけど、

その収入は自分一人が生活するだけでも厳しいものがある。

まあ別に幸せだし…

いいんですけど。


子供の頃からとにかく植物が好きで仕方がなかった。

これには父と祖父の植物好きの血も少なからず入っていたのだろうが、それにしても好きすぎていたのだ。


高校は都内の私立の学校に通っていたけど、大学は植物学を学ぶためだけに地方の植物学科のある大学に入学した。


今は、

国内のそこそこ大手の民間企業で植物研究者として働いている。

基本的には一日中実験室にこもって、

自分の研究をすることになっている。


この企業の実験室は8m×12mとまあまあな広さで、

冷蔵庫、CO2インキュベーター、顕微鏡など、植物の研究には欠かせない設備が揃っており、環境も悪くは無かった。

しかしながらこの企業はほとんどの仕事が9時に終わって、残業代も出ないめちゃくちゃブラックなとこだった。


実験室には自分以外にも4人が働いていた。そのうちの一人で仲のいい「百瀬」っていう後輩がいた。

百瀬とはよく一緒に飲みに行っていた。

自分なんかよりよっぽど研究の成果をあげてるし、

人間的にも完成されている。

アイツと話していると残業代のこともギリ許せる。


…いや、やっぱ許せん。余裕で許せん。

てか、普通に許せんわ。


今日も仕事は9時きっかりに終わった。

帰ろうと鞄の中身を整理していたら、


「先輩!今日もあそこの居酒屋に行きませんか?」


喋りかけてくるその笑顔は30を超えた自分には

破壊力抜群。

「おう。」と快く承諾して、

二人で会社を出る。2月、連日0℃を下回り、東京でも珍しく雪が降っていた。


「先輩は彼女出来たんですか?」


嫌味のように聞こえるが、こいつはこれを本心で聞いてくる。


「出来るわけないだろ」


生まれて鏡でこの顔を見た時から「彼女」が出来ない顔面であることぐらい確認済みである。


「それより最近のお前の成果は社内でも噂になってるぞ?」


こいつは実際、すごいやつである。

俺が全く分からなかった研究も一ヶ月で終わらしてしまう。超ハイスペック人間だ。


「先輩もすごい所は沢山ありますよ。

ほら、植物の知識量とか、、、」


「……」


「……」


うん。それ以外にはないみたいだ。ははっ。

まぁしょうがない。本当に長所がそれだけなのだから。


そんなこんなしているうちに、いつも歩いている交差点の前に来た。ここは細い道なのに車通りが多くて、事故の名所になっている。

そのせいか、赤信号の時間が長くて面倒だ。


ただ待つのも暇だから、植物の大好きなところを紹介してあげよう。


まずは、その生命力だ。

ほぼ枯れていたのに、またすぐ復活してしまう。枝、葉を切られても復活してしまう。その姿にはたくましいものがある。流石に惚れてまうやろぉ。


他にも光合成。これは人間には真似出来ない凄技だ。

要素さえ揃っていれば、植物は生長し続ける。


蒸散だって素晴らしい能力だ。

蒸散は水が細胞表面から細胞間隙へ蒸発して、その水蒸気が細胞間隙から主に気孔を通過して植物体の外へ拡散す……


ドンッ


え…?

後ろからの力を感じて、反射的に背後を振り返る。

そこに見えるのは不気味に微笑んでいる百瀬の姿。


「さようなら。先輩。」


百瀬……!?

意味がわからなかったが、自分のおかれている状況を0.3秒で理解した。

道路に突き放された…!!

が、気づいた時には体はもう道路に出ていた。

タイミングよく走ってきた小型のトラックに体が

勢いよくぶつかった。

特に脂肪も筋肉も着いてなかったガリガリの自分はまるで、スギの花粉のように、道路の端に飛ばされた。


道路の隅にうずくまって、背中に走るその激痛を実感した。雪が冷たい。

急すぎる展開にパニックになった大脳を叩き起す。


その時はなぜ百瀬がこんなことをしたのか、全く分からなかった。

たがその後輩が視界からちょうど消えてしまった頃

気づいたのだ。

というかなんで今まで気づかなかったんだ。

「百瀬」……

うちの社長もそんな名前だった気がする…。

「百瀬」なんて名前もそういないだろう。


えーっと、つまり、いつも自分がかわいがって何回も飲みに行った後輩は実は社長の息子だったって訳だ。

ならば突き放した理由は「最近の酷い円安によって赤字になった企業を立て直すために、少しでも人件費を削ぎたかった」とかだろうか。


なるほど、笑える話である。

百瀬に対する恨みなんかよりも、

そんなことに死ぬ間際まで、気づけずなかった自分が情けない。


それから少しして、俺にぶつかったトラックの運転手が駆けつける。


「大丈夫ですか!」


しかし、冷たい雪が静かに降る中、真っ赤なもみじは仰向けになった自分と一緒に散って行く…。



こうしてこの世界から、一人の「できない植物学者」が消えた。

大きすぎる世界にとってはなんのマイナスもない出来事だった。
















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植物戦争 たもしげる @tamokakeru

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