第2話 猫なで声と箱

 家主は喋舌しゃべる。一人でも喋舌しゃべる。


「にゃごおう、にゃごおう」


 濁った声に思わず目を開けると、家主が奇声を発している。食事をご所望らしい。猫に猫なで声をかけたところで、到底、飯にはありつけぬぞと、思っておったが、どうやら、相手は吾輩ではないようだ。


 吾輩は家主に近寄り、たたんと背中に登った。ぴょこんと家主の右肩から顔を出す。そこには、一尺ほどの箱が存在していた。家主からは濁音が漏れ続けている。仕方がないから、共に箱をじーっと見つめる。箱を正面から覗くと、箱の中身が見えた。中は電球が灯っていて、箱の中の物体が止まる前の駒のような遅さで回っている。駒のようの遅さだが、止まらない。その間、ズーと小さい音が鳴り続けている。不思議だ。


 暫くすると電球が消え、音は止まった。暗くて猫でもよく見えないが、おそらく駒も止まったことであろう。家主は奇声をやめ、箱を開けた。中の物体を取り出す。ほんの僅かに、湯気が立っていた。奇声が箱に届いたのか、家主のご希望どおり、飯ができている。家主はるんるんだ。


 家主がご飯を食べている中、吾輩は箱を探索していた。探索といっても、箱は閉まっているため、中には入れない。箱が開くことは分かってはいたが、如何せん、吾輩は物が掴めない。開けないので叩いてみたが、ただ硬い。なかなかの強者である。ぺたぺたと箱を触っていると、ぴ、と音がした。家主がこちら側を見る。


「ねこち」


 やっと吾輩の存在に気付いたらしい。ここは素直に家主の元に参ろう。吾輩はベトヴェンのシンフォニーにも劣らざる美妙の音、本家・猫撫でられ声を聞かせてやることとした。

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