No.1アイドル

MAY

プロローグ

インターホンの音で目が覚めた。


カーテンを開け部屋に日の光を入れ、すぐに玄関に向かった。


「おは」


ドアを開けた先には幼なじみである黒瀬茜音が立っていた。


夏らしい白いワンピースに肩にピンクのトートバックを担ぎ、長い黒髪をポニテにした彼女の姿はいつ見ても見惚れてしまうほどに美しかった。


「おはよ。リビングで待ってて。身支度済ませてくる。」


「うん。お邪魔します。」


茜音をリビングに通すと急いで自室に戻り服を着替え、洗面所に降り、身なりを整えた。


顔を洗って髪を整えてちょっと生えた生毛を剃って歯を磨いて茜音が待つリビングに向かった。


「ご飯まだでしょ?」


「うん。寝起きだし。」


茜音はまるで新婚の奥さんのような風貌でダイニングキッチンに立っていた。


赤色のエプロンを身につけ、菜箸で溶き卵を作り、あったまった卵焼き用のフライパンに卵液を流し込んだ。


「毎日毎日大変じゃない?」


「別に。私が好きでやってることだから。それに家も歩いてすぐだから。」


茜音とは幼い頃からの幼なじみだ。


幼稚園中学高校と一緒だし、休日や学校が終わった後など2人で会って遊ぶ機会は多々あった。


ただ中学を超えたあたりから諸々の事情があってあまり2人で会うことがなり、疎遠になっていた時期があった。ただ高校2年になりあるきっかけから昔のように遊ぶような仲に戻った。


それから彼女は毎朝僕の家に来ては朝食を作り、家でゲームや勉強、他愛のない話をする日々を過ごしている。


「ならいいんだけどさ、辛かったりめんどくさかったら言えよ。」


「でも私が来なかったら雪、カップラーメンでご飯は済ませるし一日何もせずにベッドで過ごすでしょ?」


「まあ、特にすることもないし」


「それだとダメだから私が来て規則正しい健康的な生活を送れるように尽力してるんだよ!」


昔はこんなんじゃなかった。


ここまで世話焼きではなかったし、むしろ僕が茜音の世話を焼いていたと思う。


彼女が泣けばお菓子をあげて、彼女がしたいことはなんでも一緒に行った。


でも今は違う。駄々を捏ねる子供の茜音はもう居らず、今ここにいるのは大人で面倒見のいい黒瀬茜音だ。


「それにテスト勉強はちゃんとしないと留年するよ。」


「別に退学でも良かったんだけどな。」


「ダメ。ちゃんと高校は卒業しよ。せっかく行かせてもらってるんだから卒業だけはしないとおばさん悲しむよ?」


「あの人が悲しんでる顔なんて一度も見たことないけどな」


あの人が僕に向ける表情は至って2パターン。無表情か怒りかのどちらか1つ。


僕に喜んだ顔も、悲しんだ顔も僕は見たことがない。


「またマイナスになってる。元気出して。」


そう茜音が僕の腰に手を回し抱きついてきた。


「大丈夫。雪は一人じゃないよ。私がいるから。辛いのも苦しいのも私が聞くから。」


人間は弱い。


弱いから常に周りに大切な存在を作っておきたいのだ。


友人、恋人、ペット。何かしらの存在と親密な関係を築き、途方もない状況に立った時に大切な存在にを頼るのだ。


「ありがと茜音」


だからこれがいけないことだとわかっていても拒むことができない。


彼女の抱擁をそのまま味って、そのまま堕ちていく。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


朝食を取り終え、だらだらとテレビを2人で眺める。


平日朝9時のテレビはどのチャンネルも基本はニュースだ。「どこどこで何が起きた」「政治がああだこうだ」「芸能人がやらかした」


見ていて興味が湧くことはないが、ただテレビを流してる横で茜音と二人。ゆっくりダラダラしている時間が心地良くて好きなのだ。


「あ、桜さん結婚したんだ。」


だからだテレビを見ていると茜音がニュースの話題に触れた。


河咲桜。32歳の女優兼モデル兼アイドル事務所を運営する時の人である。そのクールな美貌と人当たりの良い人格が好かれ男女年齢問わず色々な世代から支持を集めている今の芸能界でトップクラスに人気のある人物だ。


「面識あったのか?」


「うん。昔ドラマで。4年ぐらい前?優しくしてもらったから。」


初主演であるドラマは視聴率34,8%を叩き出し一気に人気が沸騰。その後、モデルとして様々な雑誌の表紙を飾り、今年2月。自身完全プロデュースのアイドル事務所の立ち上げを発表した。


「知り合いの人が結婚する感覚ってどんな感じ?」


「うーん。知り合いと言っても共演してからはバラエティで一緒になって結構仲は良かったと思うよ。でも別にめちゃめちゃ親しかったわけでもないし、河咲さんの恋愛事情とかプライベートなところまでは知らないから特におめでとうございます以外の感情は湧かないかな。」


『ここで河咲桜さんからのコメントが届いております。』


テレビ一面に河咲桜が映し出され、丁寧にお辞儀したあと話し始めた。


『皆さんこんにちは。河咲桜です。ビデオメッセージということもあり、仰々しい形ではなくラフな形でお話しさせてもらいます。結婚相手の男性は一般の方です。ただ私の仕事にも興味があったらしくこれからは私がプロデュースしているアイドル事務所「Flowers」の方でマネージャーとして働いてもらうことが決まっています。結婚したからと言って私の芸能活動が何かわかるわけでもないのでご安心していただきたいです。むしろこれからもっと頑張っていこうと思ってます!と言うことでここで「Flowers」から重大発表です!今週4月31日に私たち「Flowers」は新たなアイドルユニットプロジェクトを始動することをお知らせします!ぜひ楽しみに待っていてください!以上河咲桜でした〜!バイバイ!!』


32歳を感じさせない元気な笑顔だった。


芸能人は多忙であるのは横で見てて知っていたが、それを感じさせないほどの元気がもらえる可愛らしい笑顔は嘘偽りのない表情だった。


「河咲さん。また会いたいなぁ。」


「連絡先は?交換してないの?」


「あの時は現場でも会えたし、プライベートで絡むような仲でもなかったら持ってない。それに。」


そう言いながら下を向く。


「ごめん。無神経だった。」


たまにこう言うことがある。


彼女の地雷を踏んでしまうこと。


罪悪感がこみ上げてくる。


「なんか飲む?コーヒー?紅茶?ジュースならコーラとかあるけど」


慌てて彼女の機嫌を元に戻そうと立ち上がろうとした時、


ピンポーン


「宅配?」


「多分。出てきてもいい?」


「いいよ。」


そう少し悲しげな表情をした彼女を置いていけない気持ちもあったが、宅配業者の方に迷惑をかけるのは悪いと思い駆け足で玄関に向かった。


「はい、ハンコはどこに」


「あ、どうも初めまして。私河咲桜と申します。初めまして。氷川雪斗さん。」


「え?」


「お姫様を連れ戻しに来ました。失礼しますね。」


「あ、ちょっと」


そう言った河咲桜は堂々と玄関を抜け、茜音がいるリビングに向かった。


驚きのあまり思考がフリーズした僕はリビングに向かう河咲桜を止めることができなかった。


「久しぶりあーちゃん。」


「え?桜さん?」


「今日はお話があってきたの。」


「話?」


「私のアイドルグループに入って。」


これは元芸能人である黒瀬茜音が日本1のアイドルになる物語。

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