第59話 決着
しかし、走り続けていた一輝の視界から綾香の姿は直ぐに消えてしまい、再び一輝の目には、少しずつ距離が離れて行く黒澤務の背中が見えていた。
ただ、綾香の場合はさっきの二人とは違い、彼女の声が一輝の中に聞こえて来ることが無かった。なので、
(……ああ、こんな情けない姿を見せたから、綾香さんにも見捨てられたのかな)
体力の限界が来ている一輝はふと、そんなことを思った。
そして、一度そんなことを思うと一輝はどんどん気持ちが沈んで行って、そのまま自分の足も止まってしまいそうになったのだが。
(……そういえば、少し前に綾香さんがこの勝負に付いて何か言っていましたね……えっと、何だったかな)
一輝はふとそんなことを思い、そのことに付いて考え始めた。そして……
(……一輝くん、私は例え一輝くんが負けたとしても、一輝くんを見捨てることはありません。でも、一輝くんは出来れば最後まで全力で黒澤先輩と戦って下さいね。勝負の結果がどうであれ、一輝くんが本気で先輩と勝負に全力で挑んでくれるのなら、私はそれで満足ですから)
一輝の頭の中に浮かんでいる綾香はそんなことを言った。そして、
(全力で挑んでいるのなら、か、僕は本当にこれが全力なのかな)
一輝は心の中でそう呟いた。そして、一輝はそのことに付いて少し考えてみたのだが。
(……いや、僕はまだやれるはずだ!! それに負けるにしても、ずっと先輩の後を走っているのに、先般より先に倒れるなんて情けない事はしたくない!!)
一輝は心の中で強くそう思うと、倒れそうな体に鞭を打って、足に力を込めた。そして、
「うおおおお!!」
そう叫ぶと、走るペースを上げて、前を走っている黒澤務との距離を詰めていった。しかし、
「っつ!?」
一瞬だけ黒澤務は後ろを振り返り、距離を詰めて来ている一輝の姿を確認すると、黒澤務は再び前を向くと。
一輝には抜かれまいと、更に走るペースを上げたのだった。しかし、
(……負けるか!!)
一輝はそう思うと、務に追いすがる様にスペードを早め、再び務との距離を詰めていった。
そして、最初は数メートル広がっていた二人の距離も少しずつ縮まって行って、一輝は遂に務と並んで走り始めた。しかし、
(っつ、負けるか!!)
それでも、黒澤務としては先輩の意地としてここで追い抜かれたくはないのか、更に走るペースを上げた。しかし、
(っつ!! 負けるか!!)
一輝もそう思い、最後の力を振り絞って足の速度を上げた。
そして、二人は数メートルの間、真横に並んで走り、お互いに相手が前に行かないよう、精一杯走っていたのだが。
「……くっ!!」
先に限界が来たのは、今までずっと前を走り続けていた黒澤務の方で、一瞬だけ進むペースが落ちたのを一輝は見逃さなかった。そして、
「……はああ!!」
一輝はそう叫ぶと、その場で一歩力強く踏み出して、遂に黒澤務を追い抜いて、彼の前へと躍り出たのだった。そして、
(っつ、やった!!)
一輝はそう思って、数メートル間走っていたのだが。
(って、あれ)
務を抜いたことで気が抜けたのか、それとも本当に体力が尽きたのか、一輝は段々と体中の力が抜けていく感じがして。
気が付いた時には、一輝は地面に倒れていてそのまま動けなくなっていた。
そして、黒澤務はというと、一輝が倒れた所から数歩進んだ所まで走り切り、その後、ゆっくりと歩いて立ち止まった。そして、
「はあ、はあ……最後の最後に抜かれたが、悪いけどこの勝負は俺の勝ちだ」
黒澤務は後ろで倒れている一輝の方を振り返ると、苦しそうに息をしながらも、一輝に向けてそう言った。すると、
「一輝くん!!」
人混みの中から綾香がそんなことを言うと、一輝の元へと走って来た。そして、
「一輝くん、大丈夫ですか!?」
一輝の傍へ来た綾香は地面に膝を付いて座ると、一輝の体を支えて、自分の膝の上へと一輝の頭を乗せた。すると、
「……綾香さん」
一輝は綾香の目を見ると、力なくそう呟いた。すると、そんな一輝の姿を見て、綾香はひとまず安心したのか。
「無事なようですね、良かったです。それと、今はもう無理をして話をしなくても大丈夫ですよ」
綾香は優しい笑顔を浮かべると、一輝に向けてそう言った。すると、
「はあ、はあ……そうだな、もう決着は付いたのだからな」
苦しそうに息をしながらも黒澤務がそう言って、綾香に向けて話しかけて来た。なので、
「ええ、そうですね」
綾香はそう答えた。すると、
「はあ、はあ……さて、立花さん、勝負は俺が勝ったのだから、約束通り、俺の告白を聞いてもらうよ」
黒澤務はそう言った。すると、
「……ええ、分かっています」
その言葉を聞いて、綾香も真剣な表情でそう答えた。しかし、
「待ってください、綾香さん」
幾ら約束とはいえ、このまま告白されるのは嫌だと思った一輝は思わずそう言ったのだが。
「大丈夫ですよ、一輝くんは十分に私のために頑張ってくれました。なので、後のことは私に任せて一輝くんはゆっくりと休んでいて下さい」
綾香は一輝に頭を撫でながらそう言った。そして、
「……綾香さん」
そう呟くと、その言葉を最後に一輝は意識を失った。
その後、どのくらいの時間が経ったのかは分からないが、一輝は薄っすらと意識が戻って来た。そして、
(あれ、僕は一体?)
一輝はそう思い、少しずつ意識が失うまでのことを思い出して行った。そして、
(そういえば、僕は元生徒会長とマラソンで勝負をしたんだっけ? それで確か、最後には先輩を追い抜くことが出来たけど、結局勝負には負けて、それから……)
そこまで思い出すと、一輝は記憶を失う直前の出来事を思い出したのだった。そして、
(あっ、そういえば、結局告白の結果は!?)
一輝はそう思うと一気に意識が覚醒して、慌てて目を開けた。すると、
「おはようございます、一輝くん」
「……え?」
一輝が目を上げると、日が殆ど沈んで、大分暗くなっていた夕焼け空をバックに自分のことを見降ろしていた綾香と目が合った。そして、
「どうかしましたか? 一輝くん」
一輝が暫く黙っていると、綾香にそんなことを言われたので。
「あっ、いえ、どうもしません……その、綾香さん」
「はい、何でしょう?」
「……えっと、その、おはようございます」
一輝がそう言うと。
「ええ、おはようございます、一輝くん」
綾香は再びそう言った。
そして、一輝は今、自分がどういう状況に居るのか確認するために、頭を動かそうとしたところ。
「きゃっ!!」
突然、綾香がそんな声をあげた。なので、
「えっ、綾香さん、どうかしましたか?」
一輝が驚いてそう言うと。
「あっ、すみません、今私は一輝くんを膝枕しているので、出来ればあまり動かないで欲しいです、一輝くんに動かれると少しくすぐったいので」
綾香はそんなことを言った。なので、
「えっ!? そうなんですか!?」
一輝は驚いてそう言った。なので、
「ええ、そうですよ、少し前に一輝くんに膝枕をしてもらった時、私はかなり気持ちが良かったので、今日頑張ってくれた一輝くんにお返しをしてあげようと思ったのですが、一輝くんはあまり気持ちよくはないですか?」
綾香はそう言って、一輝の頭を撫でたので。
「あっ、いえ、そんなことは無いです!?」
一輝は慌ててそう答えた。すると、
「そうですか、分かりました、それなら一輝くんはもう少しの間、私に撫でられていて下さいね」
綾香はそう言ったので、一輝はその言葉に従って彼女の膝の上で固まっていた。しかし、
(……やばい、膝枕をしてもらっていると思ったら、緊張して来た)
一輝は心の中でそう思った。先程までは意識していなかったので何ともなかったが、膝枕をされていると思うと、頭から彼女の体温を直に感じて来たし。
それになりより、女性特有の柔らかさも感じてしまい、一輝は思わずその場で固まってしまったのだが。
綾香は一輝が緊張していることには気が付かず、暫くの間、黙って一輝の頭を撫で続けていた。
そして、そんな感じで数分間の時が過ぎた頃。
「……そういえば、綾香さんはあの後、元生徒会長に告白されたんですよね」
ずっと膝枕をされ続けた結果、一輝は少しだけ緊張感が解れたので、一輝が綾香に対してそう質問をすると。
「ええ、そうですよ」
一輝の頭を撫で続けたまま、綾香はそう言った。なので、
「えっと……それで綾香さん返事はどうしたのですか?」
一輝が遠慮がちにそう質問をすると。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、黒澤先輩の告白を私はきちんと断りましたから」
綾香は普段通りの口調でそう言った。なので、
「そうですか、それなら良かったのですが……その、黒澤先輩は綾香さんが告白を断ったのを素直に認めてくれたのですか?」
一輝がそう質問をすると。
「ええ、私が一輝くんのことが好きで、他の誰とも付き合うつもりが無いことを正直に伝えたら、黒澤先輩は素直に私の意見を認めてくれましたよ、それに」
「それに何ですか?」
一輝はそう質問をすると。
「黒澤先輩は一輝くんの事を褒めて居ましたよ、正直、ここまで粘られるとは思っていなかったし、一輝くんなら私の彼氏に相応しいと思うと、黒澤先輩はそう言っていました」
綾香はそう言ったので。
「そうですか……それならここ一ヵ月間、頑張って良かったです」
一輝はそう答え、その後、二人は暫くの間その体制のまま二人きりの時を過ごしたのだった。
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