第57話 マラソン対決

 そして、二人がスタート地点へと辿り着くと。


「それじゃあ二人とも、約束通り審判をお願いするよ」


 黒澤務はグラウンドの階段付近に居る大勢の生徒たちに向けてそう呼びかけた。


 すると、人混みの中から、男女が一人ずつ二人の元へとやって来た。そして、


「一応、今日の勝負はこの二人に審判をしてもらうことにしたんだ」


 黒澤務は一輝に向けてそう言った。しかし、


「えっ、この二人ですか?」


 一輝は少し驚いてそう言った。何故なら、その二人は先程一輝が話をした、斎藤颯太と黒澤心愛だったからだ。すると、


「ああ、斎藤くんは佐藤くんの友人で心愛は俺の妹だから、二人とも多少は偏ったモノの見方をする可能性もあるが、だからこそ、この二人を審判にすれば、お互いに相手が贔屓をしないように監視し合って、最終的には俺たちのことを平等に審判をすることができると思うのだが、佐藤くんはそれでもいいか?」


 黒澤務は一輝に対してそう質問をした。なので、


「えっと、二人はそれでいいのですか?」


 一輝が颯太と心愛に向けてそう質問をすると。


「ああ、別にいいぞ」


 最初に颯太がそう答えた。そして、その後、


「ええ、私も構いませんよ」


 黒澤心愛も続いてそう言った。なので、一輝は少し考えてから。


「……分かりました、それなら申し訳ありませんが、二人とも審判をお願いします」


 一輝はそう答えた。正直、ここまでの流れで一輝は色々と疑問に思うことがあるのだが。


 颯太が審判をしてくれるのなら、自分にとってそこまで不利になる事はないと思うので、一輝はそう言って黒澤務の案を了承した。すると、


「分かりました、それじゃあ私の合図で二人は走り始めて下さい、勝敗はどちらかが立ち止まるか、走るのを止めたと私たち二人が判断したらそちら側の負けになるので、二人とも立ち止まらず限界まで走り抜いて下さい!!」


 黒澤心愛はそう言ったので。


「ええ、分かりました」


「ああ、それでいいぞ」


 一輝がそう答えて、その後、黒澤務も短くそう返事をした。なので、


「分かりました、それでは早速ですが始めますね……位置に付いて、よーい、どん!!」


 心愛がそう言うと、その合図を聞いてから一輝と務の二人は走り始めた。






 そして、一輝と黒澤務の二人がスタート地点から走り抜いて離れると。


「遂に始まったな」


 颯太がそう呟くと。


「そうですね」


 颯太の隣に立っていた心愛はそう返事をした。なので、


「因みにこの勝負、お前はどっちが勝つと思う?」


 颯太が走っている二人の背中を見つめながらそう呟くと。


「十中八九、私の兄でしょう、颯太先輩の言う通り、佐藤先輩は中学、高校と帰宅部だったのに対して、私の兄は中学の頃にはテニス部で毎日体を鍛えていましたからね。それに家の兄の方が佐藤先輩より一歳年上なので、単純な体力勝負だと私の兄の方が断然有利だと思いますよ」


 心愛は何でもないようにそう言った。なので、


「まあ、そうだろうな、俺としては一輝に勝って欲しいけど、お前の話を聞く限りやっぱり厳しそうだな」


 颯太はそう呟いた。すると、


「まあ、そうですね、でも安心して下さい、颯太先輩、今回はどっちが勝っても最終的には上手く行く予定ですから」


 心愛はそう言った。なので、


「その点だけは本当に頼むぞ、俺は一輝と立花さんには上手く行って欲しいと本気でそう思っているからな。それなのに、これが原因で二人の仲が壊れることになったら、俺としては二人には申し訳なさ過ぎるからな」


 颯太はそう言った。すると、


「分かっていますよ、ただ、もし佐藤先輩が私の兄に負けてしまった場合、最終的にどうなるのかは、立花先輩に掛かっていますからね。その点だけはちゃんと分かっておいて下さいね」


 心愛はそう言ったので。


「分かっているよ、ただ、立花さんならきっと一輝の事を第一に思った返事をしてくれると、俺はそう信じているよ」


 颯太はそう言った。すると、


「そうですか、それなら有難いですね、この作戦が上手く行ってくれないと、私としても困りますから。それと颯太先輩、この作戦が上手く行ったら、ちゃんと約束は守って下さいね」


 心愛はそう言ったので。


「ああ、分かっているよ」


 颯太はそう呟いた。






 そして、審判となった二人がそんな話をしていた頃、黒澤務と一輝はグラウンドの周りを走っていた。しかし、


(……思ったより走るペースが速いな)


 自分より数メートル先を走っている黒澤務の背中を見ながら、一輝は心の中でそう思った。


 一輝は彼に言われていた通り、自分のペースでグラウンドの周りを走っていたのだが。


 黒澤務の走るペースは一輝の想定していたモノよりも大分早く、このペースのまま走り続けていると、自分との距離がどんどん広がって行ってしまうのは明らかだった。


 ただ、どれだけ黒澤務との距離が広がっても、最終的に黒澤務よりも長い距離を走り続けられたら、この勝負は一輝の勝ちなので、これはルール上、何の問題もないのだが。


「……よし」


 一輝はそう呟くと、少しだけ走るスピードを上げて、前を走っている黒澤務の元へと距離を詰めた。


 すると、前を走っていた黒澤務は一瞬、後ろの方を振り返ってから。


「佐藤くん、無理して俺のペースに合わせる必要は無いんだぞ」


 走り続けながら、黒澤務はそう言った。なので、


「別に無理はしていませんよ、確かに普段よりペースは速いですが、これくらい大した問題は無いです、それに」


「それに、何だ?」


 黒澤務はそう聞いて来たので。


「例え僕が先輩に勝ったとしても、距離がかなり離れていたら、僕が楽をして走っていたとケチを付けられるかもしれませんから、だから僕もこのペースで走らせてもらいます」


 一輝はそう言った。すると、その回答を聞いた黒澤務は少しの間黙って走り続けていたのだが。


「……君がそれで良いと思うのなら好きにすればいい。ただし、それで君が負けたとしても、言い訳は聞かないからな」


 黒澤務は一輝に背中を向けて走り続けたままそう言ったので。


「ええ、分かっています」


 一輝はそう返事をした。そして、そんな話を終えてから、二人は一切喋らなくなり、二人とも黙って、グラウンドの周りを走り続けた。

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