第56話 勝負当日
一輝が勝負を挑まれてから約一か月後の六月最初の日曜日の夕方。
一輝は自転車で自分が通っている高校のグラウンドの前に来た。すると、
「よう、一輝」
そう言って、先にグラウンドの前に来ていた颯太が一輝に話しかけて来たので。
「何だ、颯太も来ていたのか」
一輝がそう言うと。
「当たり前だろ、お前の晴れ舞台なんだからな、どんな結果になろうと俺は最後まで見届けてやるよ。ただ、対戦相手の黒澤元生徒会長はもう来ていてグラウンドで待っていから、早く行った方がいいぞ」
颯太はそう言った。なので、一輝は颯太の後ろを見てみたのだが、人が多いので、黒澤務の姿は見えなかったが。
人混みの中に自分の彼女である立花綾香の姿を見つけた。そして、
「何というか、今日は祭りでもないのに見物人が多いな」
彼女の元へ向かう前に一輝はそう言った。実際にグラウンド前の階段付近には、何十人も生徒達が私服姿で集まっていてグラウンドの方を観ていた。すると、
「何を言っているんだ、お前が一人の女性を掛けて元生徒会長と勝負をするなんて、それこそ普通ならあり得ない、漫画やドラマでしか見られないような祭りみたいなもんだろ。それに何より、その二人の間に挟まれているのは、学年一の美少女だと言われている立花綾香さんなんだからな。少なくとも、俺たちと同じ二年生の生徒なら誰だって結果がどうなるのか気になるだろ」
颯太はそう言った。そして、一輝がそんな感じで颯太と話をしていると。
「あっ、一輝くん!!」
自分の彼氏の存在に気が付いた綾香がそう言うと、人混みから離れて二人の元へとやって来た。そして、
「こんにちは、一輝くん、体調は大丈夫ですか?」
少し心配そうな表情を浮かべながら、綾香は一輝にそんなことを聞いて来た。なので、
「こんにちは、綾香さん、ええ、勿論大丈夫です。寧ろ最近は毎日公園までマラソンを続けていたので、普段よりも調子がいいくらいです!!」
一輝はそんな綾香の不安を振り払うように力強くそう言った。すると、
「そうですか……それなら良かったです」
その言葉を聞いた綾香は少しだけ安心した様子でそう言った。そして、
「えっと……その、一輝くん、頑張って下さい、私は見守ることしか出来ませんが、それでも私は全力で一輝くんのことを応援しています!!」
その言葉を聞いた綾香も、今から勝負に挑む一輝は勇気付けるようにそう言った。なので、
「ありがとうございます、綾香さん、そう言ってもらえるだけで僕は十分にやる気が出ます……それでは、そろそろ行って来ます」
一輝がそう言うと。
「ええ、行ってらっしゃい、一輝くん」
綾香はそう言ったので、一輝は二人の前を通り過ぎてグラウンドを目指して歩き始めた。
そして、一輝がグラウンドに降りる為の階段前に集まっている、人混みに近づくと。
「あっ、こんにちは、佐藤先輩」
人混みの中から一人の小柄な女子が出て来て、一輝に向けてそう話しかけて来た。なので、
「……ええ、こんにちは、えっと、確か黒澤元会長の妹の黒澤心愛さんでしたっけ?」
一輝がそう言うと。
「ええ、そうです、覚えてくれていたのですね」
心愛は嬉しそうな表情浮かべてそう言ったので。
「ええ、まあ、そうですね、黒澤さんは色々と印象に残りやすい人だったので」
一輝はそう答えた。そして、
「それで、黒澤さんはどうしてここに居るのですか? もしかして、お兄さんの応援をしに来たのですか?」
一輝がそう質問をすると。
「まあ、それも理由の内の一つです」
心愛はそんなことを言った。なので、
「そうですか、それなら当たり前ですが、黒澤さんは僕の応援は出来ませんね」
一輝がそう答えると。
「確かに私の立場上、佐藤先輩を表立って応援するわけにはいきませんからね。でも、それだと先輩が少しだけ不憫な気がするので、私から一つだけアドバイスをさせてもらいます」
黒澤心愛はそう言ったので。
「アドバイスですか? えっと、それは何ですか?」
一輝がそう質問をすると。
「そうですね……今回勝負では佐藤先輩は色々と思うことがあって大変だとは思いますが、取りあえず、勝負中は余計なことは一切考えず、家の兄に全力で付いて行くことにだけ集中して下さい。今日は佐藤先輩の全力を出しきる事さえできれば、この先、立花先輩とはずっと彼氏彼女の関係で居られる筈ですから」
黒澤心愛は自信ありげな様子でそんなことを言った。なので、
「えっと……黒澤さん、それは一体どういう意味ですか?」
一輝はそう質問をしたが、心愛はそんな一輝の疑問には一切答えず。
「さあ、佐藤先輩、いつまでもこんなところで雑談をしてないで、そろそろグラウンドに行って下さい、私の兄はもう何分も前から佐藤先輩のことを待っていますから」
一輝に向けてそう言った。なので、
「あっ、ええ、分かりました」
一輝はそう言うと、心愛をその場に残して階段を降りると、グラウンドの中央に立っていた黒澤務の元へと歩いて行った。すると、
「来たか、佐藤くん」
そう言って、黒澤務は一輝に向けてそう話しかけて来た。なので、
「ええ、すみません、黒澤元生徒会長、お待たせしてしまって」
一輝はそう言った。しかし、
「別に構わないよ、それよりも、佐藤くんはこの一ヶ月間ちゃんと体を鍛えられたのか?」
黒澤務は特に気にした様子もなくそう言うと、その後、一輝に対してそう質問をして来た。なので、
「ええ、勿論です、僕は毎日家の近所を走って、しっかりと体を鍛えて来ました!!」
一輝は力強くそう言った。すると、
「そうか、それなら良かったよ、俺も君と同じように家の近所を走ってトレーニングをしていたからな。それなのに、君が直ぐにバテてしまったらつまらないからな。だから精々、俺を退屈させないように頑張ってくれ」
黒澤務はそう言ったので。
「分かっています、それに僕は黒澤先輩に負けるつもりもありませんので、そんな心配は無用ですよ」
一輝はそう言った。すると、
「そうか、そこまで言うのならきっと大丈夫だろうな」
黒澤務は一切表情を変えずにそう言った。そして、
「さて、それじゃあ早速だが、この勝負のルールを説明させてもらうよ」
黒澤務はそう言ったので。
「ええ、お願いします」
一輝はそう答えた。すると、
「とは言っても、そんなに複雑なモノではないけどな。ルールは単純だ、今このグラウンドに大きく引かれているこの白線の外側を俺と佐藤くんの二人で走って、最終的に相手より長い距離を走れた方が勝ちだ、分かったか?」
黒澤務はそう言ったので。
「ええ、分かりました、ただ、一つ質問があるのですがいいですか?」
一輝がそう言うと。
「いいぞ、何だ?」
黒澤務はそう言ったので。
「走るスピードはどうするのですか? お互いに全力疾走で走るのですか、それとも、どちらかの走るスピードに合わせるのですか?」
一輝はそう質問をした。すると、
「いや、走るスピードなら君の走りやすいスピードで良いさ、別に全力で走ることも俺に合わせる必要もないよ」
黒澤務はそう言った。なので、
「えっ、それでいいのですか?」
一輝がそう質問をすると。
「ああ、別に構わないよ。今回は足の速さを競うのではなく、お互いの体力が尽きても、どれだけ根走れるのかの勝負だからな。ただし、途中で歩いたり、立ち止まって休憩しようものなら、その時点で敗北というルールで問題はないか?」
黒澤務はそう言った。なので、
「ええ、分かりました、そのルールでいいですよ」
一輝がそう言った。すると、
「それなら、ルールはこれで成立だな。それと、これは最終確認だが、もし俺がこの勝負に負けたら、俺はこの件から直ぐに身を引いて、今後は君と立花さんには一切関わらないと誓おう。ただし、もし俺が君に勝ったら、君には悪いが俺はこの場で立花さんに正々堂々と告白させてもらうよ。まあ、そうなった場合でも、最終的にどうなるのかは君の彼女次第だけどな」
黒澤務はそう言った。なので、
「ええ、それで構いません、ただ、黒澤先輩」
「何だ?」
「そう簡単に僕は負けるつもりはありません、綾香さんの彼氏として舐められない為にも、僕は今日ここでちゃんと根性がある事を、ここに居る皆に見せつけないといけませんから」
一輝は黒澤務の目を見てしっかりとそう告げた。そして、その言葉を聞いた務は、
「そうか、それなら俺はその言葉が虚言でないことを祈っているよ」
一輝に背を向けてそう言うと、そのままスタート地点へと歩き出し、一輝もその後に続いた。
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