第53話 綾香への提案
その日の夜、一輝はいつもの様に綾香に電話をしていた。すると、
「そういえば、一輝くんはマラソンのトレーニングは順調ですか?」
綾香はそんなことを聞いて来た。なので、
「ええ、最近はずっと綾香さんと一緒に行った公園まで家から往復で走っているのですが、最初の頃に比べると大分疲れづらくなったので、割と順調に体力が付いて来ていると思いますよ」
一輝はそう答えた。すると、
「そうですか、それなら良かったです」
綾香は少し安心した口調でそう言った。なので、
「そうですね」
一輝はそう答えた。そして、一輝は少し考えてから。
「綾香さん、実は今日、僕は公園である女性に出会ったんです」
数時間前に起こった出来事を話そうと思い、一輝はそう口にした。すると、
「……へー、そうなのですか」
その言葉を聞いた綾香は、何故か少し機嫌が悪そうな声音でそんな言葉を口にした。なので、
「えっと、綾香さん、どうかしましたか?」
一輝がそう質問をすると。
「何がですか?」
綾香はそんなことを言った。なので、
「いえ、その、今の綾香さんは何だか少し機嫌が悪いのかなと、そう思ったので」
一輝が少し遠慮がちにそう言った。すると、
「そんなことは無いですよ、ただ、私という彼女が居ながら他の女の人の話をするのはどういうことですか? もしかして、一輝くんには私の他に好きな人が出来たのですか?」
綾香は一輝が今まで聞いたことが無いような静かな怒りの籠った声でそう言った。なので、
「あっ、いえ、違います!! ……その、公園で会ったのは、僕に勝負を挑んで来た黒澤元生徒会長の妹さんなんです」
一輝が素直にそう言うと。
「え? それは一体、どういうことですか?」
当然の様に、綾香はそう質問をして来た。なので、一輝は公園で黒澤心愛と出会って、ベンチで話をしたことと、その内容を大雑把に綾香に説明した。すると、
「そうなのですね……でも、黒澤さんはどうして、わざわざ一輝くんと雑談をするために、公園まで来たのでしょうか?」
綾香はそう疑問を口にした。そして、その言葉を聞いた一輝は、
「それに関しては僕もよく分かりませんでした。黒澤さんは自分のお兄さんが迷惑をかけたお詫びだと言っていましたが、それだけの理由で僕と会話をしに来たとは思えませんし、黒澤さんは僕のことを何だか勇気付けてくれていた気がしたのですが、どうして黒澤さんが僕の為にそこまでしてくれたのかは、正直よく分かりませんでした……ただ」
「ただ、何ですか?」
綾香がそう質問をすると。
「黒澤さんは去り際に、僕と綾香さんがお似合いだと思うと、そう言ってくれたんです。ただのお世辞かもしれませんが、こんなことを言ってくれる人は颯太以外に居なかったので嬉しかったですし、それで僕なんかでも、綾香さんの彼氏で居ていいのだと、少しだけ自信が持てました」
一輝はそう言った。すると、そんな一輝の言葉を聞いた綾香は、
「そうですか、それは良かったですね」
優しい口調でそう言った。なので、
「ええ、良かったです、それで話は変わりますが、綾香さんに僕から一つ提案したいことがあるのですが、聞いてもらえますか?」
一輝はそう言うと。
「ええ、良いですよ、何ですか?」
綾香はそう言ったので、一輝は数時間前に黒澤心愛に言われたことを綾香に相談した。
そして、それから数日が経ち、ある平日の昼休憩、一輝は昼ご飯を食べ終えて、いつもの様に一つ前の席に座っている颯太と雑談をしていると。
「ガラガラ」
そんな音を立てて、一輝たちの居る教室の後ろのドアが開いた。ただ、一輝はそのことは気にも留めず、颯太と雑談を続けていたのだが。
「……えっ、あれって」
「……うん、だよね」
後ろのドアを開けた人はいつまで経っても教室に入って来る気配がなく、その上、段々とクラスの中にいた生徒たちがドアを開けた人に集中していっていた。
なので、一輝は何があったのかと思い、後ろのドアの方を見てみると。
「……えっ、立花さん」
そこには、一輝の彼女であり、今は違うクラスに所属している立花綾香の姿があった。すると、
「あっ、一輝くん」
同学年とはいえ、違うクラスに来て少しおろおろとしていた綾香だが、一輝と目が合うと、少しだけ安心した様子でそう口にした。すると、
「ほら、一輝、彼女が待っているんだから早く行ってやれよ」
颯太は一輝に向けてそう言った。なので、
「えっ、あ、うん、分かったよ」
一輝はそう返事をすると、席から立ち上り、彼女が居る後ろのドアの元へと向かった。そして、綾香の目の前まで来ると。
「えっと、綾香さんは僕に用事があるということで合っていますか?」
一輝は綾香に向けてそう質問をした。すると、
「ええ、そうです……ただ、あまり皆様の前で話す内容では無いので、廊下に来てもらってもいいですか?」
綾香はそう言った。なので、
「分かりました、そうしましょう」
一輝はそう言って、教室を出てあまり人が居ない廊下の隅の方へと行った。そして、
「それで、綾香さんの用事というのは何ですか?」
一輝は彼女から何を言われるのか何となく理解しつつも、そう質問をすると。
「えっと、実は今朝、私の下駄箱に手紙が入っていて、今日の放課後、体育館裏に来て欲しいと、そう書いてあったんです」
綾香はそんな風に、一輝が予想していた内容と同じようなことを口にした。なので、
「そうですか、分かりました。それなら僕も今日の放課後には綾香さんと一緒に体育館裏に行きます」
一輝はそう答えた。すると、
「ええ、分かりました、元々そういう約束ですからね」
事前にそんな約束をしていたので、綾香は直ぐに納得した様子でそう言った。なので、一輝はそのことにひとまず安心してから。
「それにしても、令和のこの時代にラブレターで相手を呼び出すなんて、その人は随分と古風な考え方な人なんですね」
一輝はそう言った。すると、
「私に告白をしてくる人は、一輝くんも含めて殆どの人が手紙で私のことを呼び出していますよ」
綾香はそんなことを言った。なので、
「えっ、そうなんですか、何といいますか少し意外ですね。今の時代だと、電話とかチェインで連絡をするのが普通じゃないんですか?」
一輝がそう言った。すると、
「確かに、普通はそうなのかもしれませんね。でも、これに関しては仕方が無いと私は思います……私の連絡先を知っているのは、私の家族以外だと、私の彼氏である一輝くんだけですから」
綾香はそんなことを言った。そして、そんな言葉を聞いた一輝は、
「えっ、あっ、そういえば、そうでしたね」
唐突にそんなことを言われて少し照れ臭くなりながら、一輝はそう言った。すると、
「……ええ、そうですよ」
そんな一輝に釣られて、綾香も少し頬を赤く染めながら、少し目線を下げてそう言った。そして、二人がそんな空気に少しだけ恥ずかしくなっていると。
「キーンコーンカーンコーン」
そんな風に予鈴がなって、廊下に居た生徒たちは早足で自分たちの教室へと戻り始めた。なので、
「あっ、それでは僕はそろそろ教室に戻りますね!! えっと、放課後は一人で体育館裏には行かず、僕が合流するまでは下駄箱の前で待っていて下さい!!」
一輝がそう言った。すると、
「分かりました、一輝くん、迷惑をかけますが、今日の放課後はお付き合いをお願いします」
綾香はそう言ったので。
「勿論です、任せて下さい」
一輝はそう言って、そのまま早足で自分の教室へと戻って行った。
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