第50話 昼ご飯と雑談と

 そして、綾香が親子丼をスプーンですくって自分の口に運び、一口食べ終えると。


「とても美味しいです、お母さま」


 綾香はそう言った。すると、


「そう、それなら良かったわ」


 一輝の母は笑顔を浮かべてそう言った。そして、


「それで、貴方たちはどうなの?」


 一輝の母は自分の夫と息子に対してそう質問をした。なので、


「ああ、美味しいよ」


 最初に一輝の父がそう答えると。


「うん、美味しいですよ」


 それに続いて一輝もそう答えた。すると、


「そう、それなら良かったわ、ただ、それなら今後は立花さんの言う通り、美味しかったらきちんと伝えてね」


 一輝の母は二人に向けてそう言ったので。


「……そうだな、今後は気を付けるよ」


「そうですね、僕も気を付けます」


 一輝の父に続いて一輝はそう答えた。すると、


「ふふ、一輝くんのご家族はとても仲がいいのですね」


 綾香はそんな三人の様子を見ながらそう言った。なので、


「そうですか? これくらい普通だと思いますよ? えっと、綾香さんのご家族でご飯を食べる時は、もっと真面目そうな雰囲気で食事をするのですか?」


 一輝はそう言ってから、ふと気になって綾香にそう質問をすると。


「いえ、そんなことは無いですよ、私も家族で食事をする時は、今みたいに雑談をしながら楽しく食事をしていますよ」


 綾香は笑顔を浮かべてそう言った。すると、


「立花さんみたいな素敵なお嬢さんを育てられたのだから、貴方のご両親もきっと素敵な人なんでしょうね。あっ、それなら一輝も立花さんの彼氏として、今度は立花さんの家で立花さんと立花さんのご両親と一緒に食事をして来たらどうなの?」


 一輝の母は唐突にそんなことを言い出した。すると、


「あっ、それはいいですね、一輝くんは一度だけ私の家に来たことはありますが、その時は私の両親は不在だったので、今度は私の両親が居る時に私の家に来ませんか? 私は一輝くんのことを私の両親に紹介したいですし、その時はまた私の手料理をご馳走しますよ」


 綾香はそんなことを言った。そして、そんな彼女の言葉を聞いた一輝はというと。


「そうですね……考えておきます」


 そんな風に曖昧な答えを返した。すると、


「何だ、一輝、あまり乗り気ではないみたいだな、折角立花さんが手料理をご馳走してくれると言っているのに、立花さんの家には行きたくないのか?」


 一輝の父は自分の息子に対してそう質問をした。すると、


「いえ、そんなことは無いですよ、綾香さんの手料理は勿論食べたいですし、綾香さんの家に行くのも嫌ではないです、ただ」


「ただ、何だ?」


 一輝の父が息子に向けてそう質問をすると。


「僕はまだ綾香さんの彼氏として綾香さんのご両親に会う自信は無いんです、僕は綾香さんみたいに容姿が優れているわけでも、何か特別な才能があるわけでも無いので、今の僕だと綾香さんと釣り合っているとはとても思えないので」


 一輝はそう言った。そして、そんな言葉を聞いた一輝の父は、


「そうか……それに関してはすまなかったな、一輝、お前の顔は私の若い頃によく似ているのだけど、私がもう少しイケメンに生まれていたら、お前ももう少し良い容姿に生まれたのかもしれないのにな」


 少し申し訳なさそうに、一輝の父は息子に向けてそう言った。すると、


「そんなことはありません!!」


 綾香が力強くそう言った。すると、


「えっと、立花さん?」


 突然そんな風に大声を上げた綾香に驚いて、一輝の父がそう言うと。


「あっ、すみません、突然大きな声を上げてしまって。ただ、私は一輝くんが私と釣り合っていないと思ったことなんて一度もありませんよ。それに、一輝くんの顔は確かに一般的に言われるイケメンとは違うのかもしれませんが、それでも、一輝くんの優しい顔が私は大好きですし、お父さまの表情も優しいおじ様といった感じで、いい歳の取り方をしていると思いますよ。それに、お父様の若い頃と一輝くんの顔が似ているのなら、将来はお父様のような優しい表情になるということで、それも素敵だなと私は思いますが……あっ、すみません、一人で長々と話をしてしまって」


 綾香はそう言って、話を止めたのだが。


「いえ、そんなことは無いです、ありがとうございます、綾香さん、僕なんかの為にそこまで言ってくれて」


 一輝はそう言った。すると、


「本当にそうよ、でも、立花さんは凄いわね、見た目だけじゃなくて性格も良いなんて、本当に一輝なんかには勿体ない彼女だわ、だから一輝、絶対に立花さんと別れるんじゃないわよ、こんな素敵な彼女、一輝にはもう二度と出来ないわよ!!」


 一輝の母はそんなことを言ったので。


「分かっているよ、だから、今後は綾香さんに嫌われて捨てられないように、僕は色々と頑張るつもりです」


 一輝はそう答えた。すると、


「そんなに心配しなくても、私は一輝くんのことを嫌いになんてなりませんよ」


 綾香は優しい表情を浮かべてそう言った。


 その後、四人はそんな感じで雑談をしながら、昼ご飯を食べ終えた。そして、






「それじゃあ、僕はそろそろランニングをしに行きますね」


 食事を終えて暫く経ってから、一輝は席を立ってそう言った。すると、


「あら、あんたがそんなことを言うなんて珍しいわね、何かあったの?」


 一輝の母がそんなことを聞いて来た。なので、


「えっと、それは……」


 一輝はそう言って、何と説明しようかと悩んでいると。


「実は、一輝くんが今度、友達とマラソンで勝負をすることになったので、その為に一輝くんは体を鍛えているんですよ」


 綾香がそう言って、一輝をフォローした。すると、


「あら、そうなの? なんでそんな話になったのかは知らないけど、やる気があるんなら、あんたなりに頑張りなさい」


 一輝の母はそう言った。ただ、実際はもう少し複雑で綾香自身も絡んでいる話なのだが、それを正直に伝えてしまうと、色々と面倒くさい話になりそうだったので、綾香のこの言葉は、この場では最適な答えだった。すると、


「それでは、私も約束通り一輝くんのマラソンにお付き合いしますね」


 綾香もそう言って、席から立ち上がろうとしたのだが。


「えっ、立花さんも一輝と一緒に出るの?」


 一輝の母がそんなことを言った。なので、


「ええ、そのつもりですが……えっと、何か問題がありますか?」


 綾香が少し困ったようにそう言うと。


「あっ、いえ、別に問題は無いわよ、ただ、私としてはもう少し立花さんとお話をしたいと思っていたから、少しだけ残念だわとそう思っただけよ」


 一輝の母は綾香に向けてそう言った。そして、その話を聞いた一輝は少し考えてから。


「あの、綾香さん、もし嫌ではなければ、僕がマラソンから帰って来るまでの間は、僕の両親と少しだけお話をしておいてもらえませんか? 今は真っ昼間で外はとても暑いのに、綾香さんに付き合ってもらうのも少し申し訳ないですから」


 一輝は綾香に向けてそう言った。すると、その言葉を聞いた綾香は少しだけ考えてから。


「一輝くんがそうして欲しいと思うのでしたら、私はそれでもいいです、ただ、一輝くんは大丈夫ですか?」


 綾香はそんなことを聞いて来たので。


「えっと、何がですか?」


 一輝がそう質問をすると。


「こんなに暑い中、一人でマラソンをしても大丈夫なのかです、一輝くんが無事にマラソンを終えて戻って来てくれるのならいいのですが、もし、一輝くんが暑さにやられて途中で倒れてしまうのかもしれないと思うと私は心配で、それなら私も一緒に走った方がいいのではないのかと、私はそう思うんです」


 綾香はそう言った。なので、


「そんなに心配をして下さなくても大丈夫ですよ、僕はもう高校生なので、それくらいの体調管理は出来ますし、自分に体力が無いことも先程綾香さんと一緒にランニングをしてよく分かりましたから。だから、僕は無理をせずに走ってきますので、綾香さんは母さんたちと雑談でもしながら、のんびり過ごしていて下さい」


 一輝はそう言った。そして、そんな言葉を聞き終えた綾香は、それでも少しの間、悩んでいた様子だったが。


「一輝くんがそこまで言うのなら分かりました、ただ、本当にあまり無理はしないで下さいね、この時間は本当にかなり気温が高いと思いますから」


 最終的に綾香は納得した様子でそう言った。なので、


「分かりました、それでは綾香さん、行って来ます」


 一輝がそう言うと。


「ええ、行ってらっしゃい、一輝くん」


 綾香はそう言った。そして、その言葉を聞いた一輝はコップに残っていたお茶を飲み干すと、そのままリビングを出て、外へと向かった。

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