第49話 彼女の寝顔を小さな欲望
そして、自分の膝の上で静かに寝息を立てている綾香の姿を見て。
(……どうしよう)
一輝は心の中でそう呟いた。
幾ら彼氏とはいえ、他人の家のしかも彼氏の部屋でこんな風に無防備に眠ってしまうということは、綾香はかなりリラックスをしているということで。
そういう意味では、一輝はとても信頼されているということで、一輝は嬉しいと思ったのだが。
それとは逆にこれだけ無防備な姿を見せられるということは、綾香は例え自分が寝ていても、一輝なら何もしないだろと思っているということで。
そう思うと、一輝は少しだけ不満だった。しかし、
「……まあ、実際に僕は何かをする度胸はないんですけどね」
一輝はそう言って、綾香の頭をゆっくりと撫でた。
そして、一輝は視線を下げて、心地よさそうに寝息を立てている綾香の顔を見てから。
「……本当に綾香さんは綺麗だな」
一輝はそう呟いた、静かに寝息を立てている彼女の顔は相変わらず綺麗に整っていて、少し幼さが残る顔立ちも、彼女の可愛さをより引き上げていたし。
彼女の長い黒髪も窓から差し込んでいる日の光を浴びて綺麗に輝いていて。
そんな彼女を観てから改めて、綾香は自分には釣り合わないくらいの美少女だなと、一輝は改めてそう思った。
そして、一輝は少しの間、綾香の可愛らしい寝顔を彼女の頭を撫でながら見つめていたのだが、一輝は段々と小さな寝息を立てている彼女の唇が気になって来た。そして、
(……綾香さんとキスしたいな)
一輝は心の内でそう呟いた。目を瞑っている綾香の表情をずっと見ていると、一輝はふと、少し前に彼女と初めてキスをした時のことを思い出してしまい。
一度そのことが浮かぶと、一輝の頭の中は綾香とキスをしたいという気持がどんどんと強くなっていった。しかし、
「いや、でも、さすがに寝ている相手にするのは良くないよな」
一輝はそう呟いた。幾ら彼女とはいえ、寝ている相手にキスをするなんてよく無いと思ったし。
それなら綾香を起こしてからキスをして欲しいと頼もうかとも、一輝はそう思ったのだが。
「……いや、僕にそんな度胸はないな」
一輝は直ぐにそう呟いた。そして、一輝は改めて綾香の寝顔を見て彼女の頭を撫でながら、少しの間、理性と欲望との間で揺れ動いていたのだが。
「……今ならキスをしても誰にもバレないですよね」
最終的にそんな自分の欲望を抑えきれなかった一輝はそう呟くと、部屋の中を素早く見回して、当然だが、自分たち以外に誰も居ないことを確認すると。
「……すみません、綾香さん、でも、これも全部、綾香さんの寝顔が可愛すぎるのが悪いんですよ」
そんな少し危ない発言をしてから、一輝は自分の膝の上で穏やかに寝息をたてている綾香に向かって少しずつ、自分の顔を近づけて行った。
そして、後数センチで一輝と綾香の唇が重なるという、そんなタイミングで。
「一輝!! 立花さん!! 昼ご飯が出来たわよ!!」
そんな大声を上げながら、一輝の母親が大きく音を立てて、一輝の部屋のドアを開けたのだ。すると、
「えっ!? 母さん!?」
一輝は驚いてそう言うと、そのままの勢いでその場から立ち上がってしまいそうになったのだが。
そんなことをすれば、一輝の膝の上で寝息をたてている綾香が床に落ちて大惨事になってしまうと思い。
一輝は咄嗟に今の体制を崩さないように体中に力を込めて、何とかその体制のまま固まって、顔だけは部屋のドアの前に居る自分の母親の方を向けた。すると、
「……え、一輝、あんた立花さんに何をするつもりなの?」
一輝の母は自分の息子に向けてそんなことを聞いて来た。しかし、
「えっ、あっ、えっと、その……」
まさか寝ている彼女にバレないよう、こっそりとキスをしようとしていたと言えるわけもなく、一輝がそんな風に言い淀んでいると。
「……うーん」
親子二人の会話がうるさかったのか、一輝の膝の上で寝ていた綾香はそんな声を出すと、それからゆっくりと目を開けて、自分の直ぐ傍にまで来ていた一輝の顔を見上げた。
「…………」
ただ、最初は寝起きで頭が周っていなかったのか、綾香は少しの間、ぼーとした表情を浮かべて、一輝のことを見上げていたのだが。
徐々に意識を取り戻してきたのか、少しずつ表情がしっかりして来て、それから一輝の顔が自分の直ぐ傍にあるのをきちんと理解すると。
「えっ、あの、一輝くん、一体何を!?」
綾香は少し混乱した様子で、一輝にそんなことを言った。なので、
「あっ、えっと、綾香さん、これはですね……」
そう言って、一輝が何かを言い返そうとしたのだが、中々いい案が出て来ず、一輝は少しの間、言葉に詰まっていた。
そして、そんな恋人二人の様子を見ていた一輝の母は、
「……成程、そういうことね」
一人納得したようにそう呟いた。そして、
「立花さん!!」
一輝の母が大声でそう言うと。
「えっ!? お母さま、そこに居るのですか!?」
綾香は驚いたようにそう言った。すると、
「ええ、ただ、ごめんなさい、立花さん、折角のいい雰囲気を邪魔してしまったみたいだわ、だから、二人でやることを済ませたら、下へ降り来てね。もう昼ご飯は出来ているから、冷めない内に早く来てね」
一輝の母はそう言って、ドアを閉めて一輝の部屋を後にした。すると、
「……えっと、お母さまはよく分からないことを言っていましたが、一輝くんは私に何かをしようとしていたのですか?」
綾香はそんなことを聞いて来た。なので、
「あっ、いえ、別に何もしようともしていませんよ!! それと綾香さん、昼ご飯が出来たみたいなので、早く下の階へ降りましょう!!」
一輝は慌ててそう言った。すると、
「……ええ、分かりました、そうしましょう」
綾香は何かを言いたそうだったが、それでも最終的には納得したようにそう言うと、一輝の膝から頭を上げて起き上がり、一輝の後に続いて部屋を出た。
そして、二人は一階に降りて、そのままリビングへと入ると。
「あら、随分と速かったのね、もうやるべきことは済ませて来たの?」
一輝の母はそんなことを言った。すると、
「やるべきこととは一体何の話だ?」
先に席に付いて新聞を読んでいた一輝の父も顔を上げて、一輝にそんなことを聞いて来た。なので、
「別に何でも無いですよ!! それよりも、早くお昼ご飯を食べましょう!!」
一輝はその言葉を誤魔化すように大声でそう言った。すると、
「それもそうね、それじゃあ立花さんはこの席に付いてね」
そう言って、一輝の母はまるで彼女の従者の様に一つの椅子を引いたのだが。
「そんなに気を遣ってもらわなくても大丈夫ですよ」
綾香は苦笑しながらそう言って、一輝の母親が引いてくれた席に付き、一輝も綾香の隣の席に座った。すると、
「それじゃあ立花さん、これが今日のお昼ご飯よ」
そう言って、一輝の母は綾香が座っている席の前の机の上にどんぶりを置いた。そして、綾香がどんぶりの中身を見てみると。
「親子丼ですか、美味しそうですね」
綾香はそう呟いた。そして、一輝もどんぶりの中を観てから。
「そうですね、ただ、何で親子丼なんですか?」
自分の母に向けてそう質問をすると。
「そんなの、私が一番自信のある料理だからに決まっているでしょう!! 折角息子がこんなに可愛らしい彼女を連れて来たのに、うっかりミスをして不味い料理を食べさせるわけにはいかないでしょう?」
一輝の母は当然の様にそんなことを言った。すると、
「それもそうだな、ただ、お前の得意料理が親子丼だという話を私は初めて聞いたぞ」
一輝の父親はそんなことを言った。すると、
「だって、お父さんも一輝も料理の話なんて殆どしないじゃない、だから話をする機会がなかったのよ」
一輝の母はそう言った。すると、
「えっと、一輝くんも一輝くんのお父さまも料理はしないのですか?」
綾香はそんなことを聞いて来た。なので、
「しないわよ、それに私がどんな料理を作っても特に感想も聞かせてくれないから、料理のことに付いて話す機会なんて今まで全く無かったわ」
一輝の母親がそう答えた。すると、
「もう、一輝くんも一輝くんのお父さまも、美味しい料理を作ってもらえたら、きちんと美味しいとお母さまに伝えてあげないと駄目ですよ」
綾香は二人の目を見てそう言ったので。
「……そうですね、今後は気を付けます」
一輝が少し申し訳なさそうにそう言うと。
「それもそうだね……ありがとう、母さん、いつも美味しいご飯を作ってくれて」
一輝に続いて、一輝の父もそう言った。すると、
「……もう、別にいいわよ。それじゃあそろそろ昼ご飯を食べましょう、いつまでも雑談をしていたら折角のご飯が冷めてしまうわ」
一輝の母がそう言うと。
「ええ、そうしましょう」
綾香もそう言って、四人は昼ご飯を食べ始めた。
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