第2話 考えても分からないので取りあえずライトノベルを読む

 その後、佐藤一輝はいつも通り、自転車に乗って学校から自分の家に戻り、今は自室にあるベッドの上に寝転がっているのだが。


「……夢じゃないんだよな」


 一輝はそう呟くと、ポケットから一枚のメモのページを取り出した。すると、そこには確かに、綺麗な字で書かれた立花綾香という名前と、その下には彼女のスマートフォンの電話番号であるだろう、11桁の数字が並んでいた。そして、


「何でOKしてくれたんだろう」


 メモを見ながら一輝はそう呟いた。普通の男子高校生なら、学年一の美少女と付き合えることになるとなれば、それだけでその場で小躍りを始める程に喜ぶべきなのだろうが。


 一輝からすれば、付き合えた喜びより、何で自分なんかの告白にOKしてくれたのかという疑問の方が大きく、喜びよりも、何とも言えないモヤモヤとした気分で覆い尽くされていた。


 そして、一輝はそんな複雑な気分のまま、電話番号が書かれたメモを眺めていると。


「トルルルルル……」


 ベッドの上に置いてあった彼のスマートフォンが突然、着信音を鳴らし始めた。なので、一輝は誰からだろうと思って、画面写っている相手の名前を確認してみると。


「……やっぱり掛けて来たか」


 そこには、今日、一輝が立花綾香に告白することになる原因を作った男の名前が表示されていた。なので、


「……もしもし」


 仕方なく、一輝がそう言って電話に出ると。


「おっす、一輝、約束通りちゃんと立花さんに告白したか?」


 無駄に明るくて元気な声で、彼と同じクラスの斎藤颯太さいとうそうたがそう言って、一輝に電話越しから話しかけて来た。なので、


「ああ、今日の放課後、体育館裏で立花さんに告白して、今さっき家に帰ってきたところだよ」


 一輝は正直に今日の出来事を颯太に報告した。すると、


「そうか、ちゃんと逃げずに告白出来たのは良かったよ。それで、結果はどうだった?」


 颯太は興味津々と言った様子で、少し興奮した口調でそんなことを聞いて来た。なので、


「ああ、実は……」


 何故か分からないけどOKされたよ、そう言おうとして、一輝は一度口を閉じた。何故なら、一輝は彼女からはこのことは他の人には内緒にしておいて欲しいと言われたからだ。なので、


「……いや、当たり前だけど振られたよ、佐藤くんには私以外に似合う人が居ると思うよと、そう言われたよ」


 一輝がそう答えると。


「……そうか」


 何故か颯太は少しテンションを下げてそんなことを言った。なので、


「どうしてそんなに残念そうなんだ、僕が振られる姿を見たかったんじゃないのか?」


 一輝がそう質問をすると。


「お前なあ、俺が親友の不幸を喜ぶような性格が悪い人間に見えていたのか?」


 颯太がそんなことを言ったので。


「いや、だって、罰ゲームで今までどんな人が告白しても駄目だった立花さんに告白しろなんて、そんなの僕が振られる姿を見て笑いものにしたいと、そう思うのが普通じゃないか?」


 一輝がそんなまっとうな意見を口にした。すると、


「まあ確かに、他の人に同じ罰ゲームを言ったら、そう思われても仕方がないよな。でも、俺は正直この告白は成功すると思っていたから、お前にこんな罰ゲームを提案したんだぜ」


 颯太はまるで今日の結果を予言していたようなことを口にしたので、一輝は内心かなり驚いた。なので、


「……どうしてそう思ったんだ?」


 一輝がそう質問すると。


「俺とお前と立花さんは、去年同じクラスだっただろ?」


 颯太が唐突にそんなことを言ったので。


「そうだな、ただ、僕は去年一度も立花さんとはまともに会話をしたことは無かったけどな」


 一輝がそう答えると。


「まあ、それはお前だけに限らず、俺も他の男子もそうだろうからな。ただ、そんな立花さんだけど、教室では何故か時々、何かを気にするようにお前のことを見ていることがあったんだよ」


 颯太はそんな驚きの内容を口にした。しかし、


「えっ、冗談だよな? 僕は一度もそんな風に感じたことは無かったよ」


 一輝は驚いてその言葉を否定したが。


「いや、マジだぜ、でも、気付かないのも仕方ねえと思うぞ。多分クラスでも俺以外で気付いている人なんて誰一人居なかっただろうからな。それくらいさりげなく、立花さんはお前のことを一瞬だけ見ていたからな。そして多分、立花さんは何か好意的な感情を持ってお前のことを見ていると俺の感が告げていたから、告白すればお前には学年一の美少女という素敵な彼女が出来ると、俺はそう思っていたんだけど……」


 そこまで言うと、颯太は一度言葉を切り。


「すまなかった!! 俺が適当なことを言ったばかりに、お前の初めての告白を苦い思い出にしてしまった!!」


 颯太は大声でそう言って謝って来た。なので、一輝は少し顔をしかめて、スマートフォンから耳を離しつつ。


「別にいいよ、僕だって颯太には結構無茶な罰ゲームを言ったこともあるから、そういう意味だとお互い様だろう。それに、元々振られる覚悟で告白したから、僕はそんなにダメージは受けていないよ」


 一輝は冷静にそう言った。すると、


「そうか……でも、さすがに罰ゲームとはいえ、今回は少しやり過ぎたかもしれない。だから、今度飯でも奢らせてくれ、せめてもの詫びってことでさ」


 颯太はそんなことを言ったのだが、さすがに友人に嘘を付いた上にご飯を奢らせるというのは、一輝の良心が許さなかった。なので、


「本当に気にしてないから大丈夫だよ。ただ、それだと颯太の気が済まないというのなら、一つだけ僕の質問に答えてくれ」


 一輝がそう言うと。


「……まあ、お前がそれで納得するのならそれでいいけどよ、それで、質問っていうのはなんだ」


 颯太は渋々といった様子でそう聞いて来た。なので、


「颯太は去年、教室で立花さんが僕のことを時々見ていたと言っていたけど、その理由は何なのか、何か心当たりはあるのか?」


 一輝は今日の颯太の話の中で一番気になったことを質問した。しかし、


「いや、悪いけどその理由が何なのかは俺にはさっぱり見当がつかねえよ。一輝の言う通り、教室じゃあ一切、お前と立花さんとの間に接点はなかったからな。寧ろお前こそ何か心当たりはないのか?」


 颯太はそう言って、一輝にそう聞き返して来た。なので、


「悪いけど、僕にもその理由はさっぱり分からないよ……まあ、でも、答えてくれてありがとう、これでこの話はもう終わりということにしよう」


 一輝がそう言って、この話題に一区切りをつけると。


「そうか、お前がそれで納得したのなら、俺もこれ以上この話はしないよ……また月曜にな」


「ああ、また今度」


 そう言って、二人は通話を終えて、一輝はスマートフォンをベッドの脇に置いた。そして、


「相変わらず颯太の感は凄いな、まさかこんな無謀な告白が成功するのを読めていたなんて」


 一輝は感心したようにそう言った。しかし、


「でも、これで余計に立花さんの気持ちが分からなくなったな。去年教室で僕のことを時々見ていたなんて」


 一輝はそう言って、再び立花綾香が自分の告白をOKしてくれた理由を考えてみのだが、結局いくら考えた所でそれらしい理由は一切浮かばなかった。なので、


「……いっそのこと、立花さんに直接聞いてみようかな」


 一輝は再び立花綾香から渡された電話番号が書かれたメモを取り出してそう言った。しかし、


「……いや、彼女との初めての電話の内容がそんなので本当にいいのか? というか、そもそも付き合いたての恋人同士ってどんな会話をすればいいんだ?」


 一輝はそう思った。いつでも電話を掛けていいとは言われたモノの、今まで誰とも付き合った経験がない一輝には、恋人とはどういった会話をすればいいのか全く分からなかった。いや、寧ろそれどころか。


「……正直、恋人どころか女子とも殆ど会話をしたことがないから、今時の高校生がどんな話をしたら喜ぶのか全く分からないんだよな……こんな状況で電話を掛けて話題が無くて微妙な雰囲気になるのは嫌だし、今電話するのは止めておいた方がいいな」


 一輝はそう言って、今彼女にその疑問をぶつけることは諦めた。しかし、


「でも本当、僕は立花さんの彼氏として、これからどう行動すればいいのだろうか? こういう時、颯太に相談出来ればいいのだけど、立花さんにああ言われた以上、立花さんの許可もなく、颯太にこのことを話すわけにはいかないからな。でも、他に相談出来そうな人なんて……あ」


 そこまで言って、一輝の頭の中には一人の女性の姿が思い浮かんだ。なので、


「居るか分からないけど、明日本屋に行って、山下さんが居たらこのことを相談してみよう。彼女は学校も違うだろうから、ぼかして言えば多分大丈夫だろう」


 一輝はそう言って、今日はもう立花綾香のことを考えるのは諦めて。


 学生鞄の中から途中まで読んでいたライトノベルを取り出して、その続きを読み始めた。

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