可愛いは正義

「どうやら、ケリは付いたようだ」



 窓からエルフに戻ったアリアとメアリーを抱えた紫苑が戻ってきた。

 どうやら意識を失うと2人に分裂するようだ。



「はーい! 私の勝ちー」



 いつもと変わらない、何事もなかったかのような紫苑を見てアンリエッタは何かを諦めたように項垂れた。



「てめぇらの勝ちだ。好きにしろ」



 アンリエッタはそう小さく吐き捨てた。



「…………」



 そんな傷心のアンリエッタを見た後に、紫苑の方を向くと……。



「(ニチャァ)」



 すごくいやらしい表情をしていた。

 絶対好きにしろを変な意味でとらえただろ。



「紫苑、お前はクロエさんのところに行って、もう問題ないことを伝えてこい」

「え~~~~~~~~~」

「その肩に担いだ2人は連れてっていいから」

「でも~~~~」

「……約束しただろ? こっからは俺に任せるって」

「ん~~~…………分かった」



 不満たらたらで渋々と言った感じだったが、紫苑は大人しくダンスホールの方へと向かった。



「で、アタシをこれからどうするつもりだ?」

「まずは誤解から解こうと思う。あんたに反抗の意志がある状態じゃ、さらなる誤解を生みかねなかったからな。あんたが諦めるまでわざと黙っていたことがある」

「誤解? 何の話だ」

「あんたがDDDを壊滅させようとした、いや、紫苑を貶めようとした理由だよ」

「……そこまで分かってんのかよ。なら、誤解なんてねぇだろ」

「紫苑がタルタロスを消したことか?」



 タルタロスとはセントラルやエルフヘイムとは違う、また別の異世界の名だ。悪魔族が大半を占める世界でエルフヘイムとは友好関係にあった。



「そうだ! あいつは世界を1つ滅ぼしたんだ! アタシの親友の世界を! アタシの親友ごと! だから、アタシはあいつのことを許さないし、あいつを差し向けたDDDも許さない!」



 やっぱりそうか。



「アーカイブを覗き見たあんたならなんでタルタロスが消されたかは知っているんだろ?」

「当然だ。セントラルの異能力者を人体実験していたからだろう? だが、だからと言って、私の親友を殺していい理由にはならねぇだろ!」



 それがそうでもないんだよな。

 タルタロスが人体実験をしていた被験体はただの異能力者じゃない。


 “原神の遺産”を持っていた5人の能力者たちだ。

 

 普通の異能力であれば研究されたところで、異能力を得ることは難しい。だが、他人に能力を譲渡できる“原神の遺産”であれば話は別だ。

 この事態を重く受け止めたDDD上層部はこの事実をもみ消すために“原神の遺産”を持つ異能力者たちごとタルタロスを消すことを決めた。

 幸い“原神の遺産”事態は都市伝説レベルでしか世間に知られていなかったため、その能力者たちがいなくなったところで噂が広がったりはしなかった。

 この情報はアーカイブでもたった2人しか閲覧権限がなかった。紫苑はその2人の中に入っていたからその情報にアクセス出来たが、アンリエッタは見ることすら出来なかっただろう。

 とは言え、彼女にはまだ“原神の遺産”が存在していると認識していてほしいため、この情報は教えられない。



「紫苑が頼まれたんだよ。ある少女に『助けてください』ってな。その子はタルタロスが非人道的な研究をしていることを知って、苦しんでいた。自分でもどうしたらいいか分からなかったらしい。そして、そんな彼女を見かねて、紫苑が手を貸したんだ」



 だから、彼女にはDDDがタルタロスを消した理由ではなく、紫苑がその依頼を引き受けた理由を伝える。



「は? 何言ってんだ? 助けてくれって言われて世界を滅ぼす奴がどこにいんだよ」

「するよ、あいつなら」

「なっ……!」



 アンリエッタは言葉を失っていた。

 だろうな。それが普通の反応だ。正直、俺だって意味分かんねぇよ。倫理観がバグってるとしか思えない。



「紫苑の中じゃ、たった1つの世界より可愛い女の子の方が、優先順位が高いんだよ」

「狂ってやがる……」



 けど、そんなあいつだからこそあの異能力を持っていても平然としていられるんだろう。

 俺だったらあんな危なっかしい異能力とか怖くて、精神破壊されそう。



「で、それの何が誤解なんだよ。結局、あいつがアタシの親友を殺したことには変わりねぇだろ」

「さぁ、どうだろうな。例えば、お前の言うその親友が、人懐っこく犬っぽかったとして……」

「てめぇ、何言って……」

「だけど、変なスイッチが入ったら、周りが見えなくなって暴走しちゃったりして……」



 少し困惑気味のアンリエッタを無視して俺はそのまま続ける。



「垂れた耳と茶色い髪と尻尾が特徴的な……」

「なんでそこまで……」



 どうやらアンリエッタが俺の言いたいことに気が付いたみたいだ。

 そして……。



「あ、東雲さんじゃないっスか!」



 ナイスタイミングだ。



「っ!」



 今しがたやってきた少女の声を聞いて、アンリエッタは肩をビクッと震わせた。

 けど、その少女はちょうどアンリエッタの真後ろにいる為、彼女の姿はまだ見えていない。それでも、アンリエッタには誰がここに来たのか分かったようだ。



「紫苑先輩はどこっスか? 私、ちゃんと仕事こなしてきたんで褒められたいっス!」



 少女は目を輝かせ、尻尾を大きく振っていた。



「その前に、お前に合わせたい奴がいるんだ」

「誰っス、か……あれ?」



 俺が指差したアンリエッタの後姿を見て、彼女も気が付いたみたいだ。



「……もしかして……アンちゃん……?」

「ぅ……」



 そう呼ばれたアンリエッタの瞳には涙が溜まっていく。



「アンちゃんじゃないっスか! 久しぶりっスね!」



 そんなアンリエッタの心中などお構いなく、少女は久しぶりに会った友達にテンションが上がり、抱き着こうとした。



「へ?」



 その時、後ろを振り返ったアンリエッタの瞳か大粒の涙がこぼれた。



「ええええ!!!! なんでなんで!? アンちゃんが泣いてる!? なんでっスか!? ……あ!! もしかして、東雲さんっスか? セクハラっスか!?」

「ちげーよ。ばーか。思い出せよ。お前がそいつに会うのはいつ以来だ?」

「…………は!? そうだった! アンちゃんには私が生きてたってこと伝えてなかったっス! わああああ!!! ごめ……ん!」



 焦って少女が謝ろうとした瞬間、アンリエッタは彼女に抱き着いた。



「バカ! 生きてるなら生きてるってちゃんと言えよ……バカ……!」

「ごめんっス。助けてもらった紫苑先輩との約束で私が生きていることは内緒にしておかなきゃいけなかったんスよ」



 そう、あの日、紫苑に助けを求めた少女こそが、レオナ・ハイルディンだったのだ。

 抱き着きながらひとしきり泣いた後、アンリエッタはレオナから離れた。



「本当に久しぶりだな。ミ……」

「あ、待って待って。私、今名前変えてるんス」

「名前を? ああ、身分を隠すためか。それで、今のお前はなんて呼んだらいい」

「今はレオナ。レオナ・ハイルディン」

「…………なん、だと?」

「へ?」

「今、なんて言いやがった!」

「だ、だから、レオナだって……」

「じゃ、じゃあ、まさか!」



 何かを察したアンリエッタは俺の方を向いた。

 それはどこか不安に満ち溢れた表情だった。

 そして、そのアンリエッタの反応を見て、俺もやっぱりそうなったか、とそう思った。



「やっぱり、レオナを嵌めたのは想定外だったか」

「アタシは写真を見てなくて、口頭でしか報告を受けていなかったから」

「で、黒柳議員暗殺事件の犯人役を押し付ける相手をレオナに選んだのは?」

「………………」



 アンリエッタはしばらく黙った後、ゆっくり口を開いた。





「………………アリアだ」

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