エルフ王女誘拐事件Ⅳ
アウローラには異世界を繋ぐ以外にも宿泊施設としての役割もある。
旅行などで一時的にセントラルに滞在する人たちの大半はアウローラの宿泊施設を利用する。
ここには一般的なホテルと同様に風呂、トイレ、ベッドなど一通りのものが揃っている。
「ここだな」
アウローラの100階。10001号室。
俺は一人でその扉の前まで来ていた。
コンコンコン。
「あの~すみません!」
…………………。
ノックをして声をかけたが、反応がない。
仕方がないので、ハッキングでちょちょいとドアのロックを外す。
「セキュリティがばがばすぎ。誰でも入れちゃうじゃん」
そして、ドアノブに手をかけゆっくりと扉を押す。
「失礼しま~す」
扉を開いて、中に入る。
「っ!」
部屋の中に入った瞬間、首筋にナイフが突きつけられた。
「誰だ?」
俺はゆっくりと視線を下に下げる。
すると、そこには先程の会見でアンリエッタの隣に立っていたメイドが。
いやいやいや、いきなりナイフとか危ないでしょ! 何考えてんのこの子! 一瞬ビビって動けなかったわボケェ!!
と、心の中で悪態をつきながら、気持ちを落ち着かせる。
ここで言うべき言葉を間違えたら確実に首が飛ぶ。比喩表現なんかじゃなく物理的に。
だが、大丈夫だ。これくらい想定内。言うべきことはもう決まっている。
「BC14S3」
「…………」
暗号の様なその文字列を聞き、メイドはナイフを下ろした。
「貴様、何者だ?」
さて、困ったぞ。
彼女の問いに俺は何と答えていいか分からなかった。
いや、質問の意図は分かる。要はどこの所属の者かを聞いているのだろう。
でもね、俺はどこにも所属していないの。無職だし。学校にも行ってないし。なんの肩書も持っていない。
ここは正直に答えるべきか? いやでも、自己紹介で「無職です」って言いたくねぇな。
なんて変なプライドのせいで答えにつまる。
「言えない、と?」
あ、今めっちゃこいつ信用できないって目した! うん、分かるよ。怪しいもんな。でもしょうがないじゃん言えないんだもん。
仕方ないこうなったら、強気でいこう。
「俺は東雲伊織。今はこれだけしか言えない」
「身元不明なやつの言うことを信じろと?」
「別に信じてもらう必要はない。俺は取引をしに来たわけでも、協力を求めに来たわけでもない。話をしに来ただけだ」
「…………時間がない。手短に済ませろ」
どうやらお許しが出たようだ。
「私のことは……言わなくても知っているな?」
「ああ、アンリエッタのお付き、アリア・シスターだろ?」
「話が早くて助かる。それで私に何の用だ?」
「いや、俺が話に来たのはあんたじゃない。この部屋にいるもう一人の人物だ」
「…………やはり解いたのか。あの暗号を」
最初の一言で気づいたのだろう。
アリアは俺を部屋の奥へ通した。
すると、そこには……。
「声は聞こえていました。私に用があるのですね」
ベットの上にちょこんと座っている金髪碧眼の美少女。そして、特徴的な長い耳。
間違いない。
「あんたがエルフヘイムの王女、アンリエッタ・F・シュテイン・アーノルドだな」
部屋の奥で身を隠していたのは現在、誘拐され人質になっているはずのアンリエッタ、その人だった。
「貴様、王女に向かってその物言い……」
「いいのです。アリア」
俺が敬語を使わなかったことが気に障ったのか、アリアは俺に食って掛かろうとしたが、それをアンリエッタが止める。
「それで、伊織さんと言いましたか。どうして、私がここにいると分かったのですか?」
「暗号を解いて推理した。そして、答えを得た。これが“偽装誘拐”であると」
「……話をしに来たと言いましたね。では、聞かせてもらいましょうか。あなたの推理を」
「最初に違和感を感じたのは、あんたが乗っているハイヤーが走行中に少し右に寄ったことだ。AIで正確に管理されている自動運転システムでそんなことは絶対にありえない。だから、俺はアンリエッタの身に何か起きたのではないかと考え、調べた。この段階ではまだ予感程度で俺の思い過ごしの可能性もあった。けど、ハイヤー内部の監視カメラ映像が見れないと分かった瞬間、疑念が確信に変わった。これは誘拐事件だと」
「待ちなさい」
俺の推理ショーの最中にアリアが途中で口を挟んできた。
「話が飛躍しすぎだ。ハイヤーの挙動が不自然であることと監視カメラ映像が映らなかったことだけで何故誘拐事件にまで発展するんだ」
「一つ、システムの不具合であればすぐさまDDD局員が駆け付け事態を収拾しただろう。一つ、アンリエッタの暗殺が目的であれば、ハイヤーを乗っ取った段階で事故を装い殺している。以上、2つの可能性はないと判断した。で、残った可能性が誘拐。あの時の状況じゃこれが一番現実的で可能性が高かった」
もっと言うと、この段階では俺の推理なんか当たっていようが外れていようがあまり関係ない。
大事なのは何かが起こっている可能性があったそれだけで十分だった。
「まぁ、結果的にその後、アンリエッタの護衛を務めていた局員にかかってきた電話を傍受した時、誘拐であることが確定的となったんだけどね」
「……ん? さっきから監視カメラ映像だの通信を傍受だの貴様のやっているそれは犯罪じゃないのか?」
あ、やべ。調子に乗って余計なこと喋り過ぎた。自重しないと。
「あ~それは……その~。ま、置いておこ? 今はそっちはそんなに重要じゃないから」
「…………」
アリアは相当訝しんでいるが、ここは勢いで乗り切るしかない。
「で、だ。その局員にかかってきた電話だが、ボイチェンを使っていた。俺はそれを解析にかけ元音声を聞いた。すると、その声の持ち主があんただった」
俺はアリアを指差す。
さぁ、どうだ? これでお前は俺の行為に対して文句は言えなくなっただろう。
「普通ならここでこの誘拐事件の犯人がアリアであると判断するだろう。アンリエッタが今日セントラルにくることは一部の人間しか知らなかった。にもかかわらず、ハイヤーが乗っ取られた。当然、内部犯を疑う。しかも、アンリエッタお付きのメイドとなれば、ハッキングなんて面倒なことをせずとも、遠隔で自由にハイヤーを操作できる。ハイヤーを乗っ取ったとアピールする為にわざと右に寄せたりな。こうなってくるともう犯人確定。となるところだが、俺はあんたの声を聞いた瞬間、別の可能性に思い至った」
アリアが犯人だと仮定すると、不可解なことが出てくる。
「身代金の要求。それが本当にアリアの目的だとしたら、もっと別の手段があったはずだ。なんて言ったってアンリエッタお付きのメイドだぜ? ハイヤーの乗っ取りなんてまわりくどい事なんかする必要がない。自分の犯行だと気づかせない為? いやそれはない。それなら、自分の声を使って電話なんてしないよな。それに身代金が1億だなんて低すぎる。もう不自然極まりない」
だから、つまり、そこに答えがあったんだ。
「あんたはあえて不自然で引っ掛かるようなことをしたんだ。気づいてもらう為に。それはあんたが通信に乗せた暗号。ToneCodeだ」
「「っ!」」
ToneCode。その言葉を聞いた瞬間、アンリエッタとアリアの耳がピクリと動いた。
「ToneCodeとは声の波長の変化を利用した八つの音階からなるエルフヘイムに伝わる特殊暗号方式。こっちの世界にもDTMFって似たようなもんがあるからな、そっから推察してみた。んで、それを解析して出た文字列がこれでした」
俺はポケットから一枚のメモ用紙を取り出し、アンリエッタに見せた。
そこに書かれていたのは『BC14S3』。
「この文字列だけだと様々な意味が推察できますが、エルフヘイム特有の暗号方式を使ったことから、この文字列もエルフヘイムに関するもののはず。そこで行き着いた答えが、あなた達の世界で長らく愛されてきた有名な童話『ベルエッタ』」
俺はそこで『B』の文字を指差す。
「この『B』が『ベルエッタ』だとした場合、CはChapter、SはSection。つまり、この暗号の意味は『ベルエッタ』第14章の第3節。これは主人公ベルエッタが愛する家臣が人質に捕らえられ、彼女が犯罪に手を染めるシーンだ。つまり、この暗号で伝えたかったのは、アンリエッタも同様な状況に陥っていると言うことだ。違うか?」
「そう、ですね……」
アンリエッタは顎に手を当て考えるそぶりを見せる。
「色々と聞きたいことはありますが、まずはあなたの推理がこじ付けなのではないかというところですかね。根拠や証拠が乏しすぎます」
「確かにその通りだ」
俺は肯定すると共にニヤリと笑う。
「名探偵なら確実な情報、証拠を集めてから推理するのだろう。けど、俺は名探偵じゃないし、これは推理小説でもない」
「と、言いますと?」
「現実は甘くないという話だ。事件の真相を解明できる都合のいい情報が都合のいい時に見つかるはずがない。だから、俺は少ない情報から無数の可能性を導き出し、その全ての可能性の中からたった一つの真相に繋がる為の根拠を見つけていく。これが俺のやり方だ」
「無数の可能性……そんなことをしていては時間がかかるのではないでしょうか?」
「そうでもないさ。現に俺は今ここにいる」
俺は仮想PCを開き、アンリエッタにその映像を見せる。
「これはあなたが記者会見を行う少し前に撮られたアウローラ出口の監視カメラ映像だ」
そこにはアリアによく似たメイド服を着たエルフの女性が3人の覆面をした者たちに囲まれ車に乗せられている映像だった。
「偽装誘拐の可能性を考えなければ、あんたが記者会見を行う前の映像なんて確認しなかった」
「簡単に言いましたけれど、アウローラの出入り口は関係者用も含め50はあります。その全てをこの短時間でチェックしたとでもいうのですか?」
「確かにあんたの言う通り、一つ一つを確認していたら時間がかかるだろう。さっきも言ったが、都合のいい情報がそう簡単に見つかるはずはない。けどな、一つ教えといてやる」
俺は人差し指をピンと立てて言った。
「推理とは99%の妄想と1%の運である。これが俺の持論だ」
「…………」
一瞬、アンリエッタは言葉を失った。
「フフッ……」
けれどそのすぐ後に口に手を当て、小さく笑った。
「なるほど、確かに。経緯がどうであれ、あなたはここに辿り着いた。であれば、私はあなたを認めなければなりませんね」
アンリエッタは立ち上げり、裾を正す。
「分かりました。あなたを信じましょう。けれど、何故ここに来たのですか? メアリー、アリアの妹が誘拐されたと知っていたのだとしたら、彼女の救出を優先するべきだったのではないでしょうか?」
「最初に言ったはずだ。ここには話をしに来たと」
その時、丁度、通信が入った。
相手は俺の頼れる幼馴染み。
「事件はもう解決した」
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