【短編】チートマネー

じょお

~追放&放浪…これが実の親ってんだから、もうね…~

短編小説第1弾。脳裏に浮かんだ設定をそのまま膨らませてみた。ジャンル的にはローファンタジーで現代社会が舞台…まぁ、まんま現実じゃなくて、小説で描き易い程度には簡単にはなってますが…(ガチガチだと描写面倒臭い上に詰まんなくなるだろうし?)

※実は短編を書くぞ~!って思ってから初めて書いたのが本小説だったのです。カクヨムでの公開は遅くなったけどね!

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チートマネー


ー 序 ー


俺の家は貧乏だ。


一応家族は全員揃っていているが、親の無計画な子作りのせいで財政は破綻寸前。長男の俺も長女もバイトに駆り出されるし始末だ。そして、給料は全額生活費として徴収されていく。


いや、それならまだいい。俺たちの生きる糧となってくれるのだから。問題は…。


「はぁっ!?…何で足りないんだっ!? きちんと全額渡した筈だろっ!?」


「そうは言っても、足りないもんは足りないしねぇ。グダグダ言ってないで稼いでこいや!!」


これだ。どうせ酒でもかっ食らって無駄遣いしたってとこだろう。その証拠に鼻先が赤くなっている。


(あれでバレてないとか思ってるんだろうな…ヘソで茶が沸くわっ…)


俺はそれ以上言わずに家を出る。


(…やってられっか…ったく)


取り敢えず往く当ても無く町中を彷徨く。バイトたって今日はもう終わった後で仕事が無い。既に日も落ち、ガキは家に帰らなきゃいけない時間だ。


(まぁ、ガキつったって、18だけどな…)


それでも大人から見れば立派な未成年だ。警官から見れば補導対象なんだが家の事情が事情で多少は目を瞑って貰ってたりする。


「おい、君。もう遅い時間だぞ?…って君か」


いきなり呼び止められるが、いつもの警官だ。名前を聞かれた覚えは無いが、向こうはこちらを知ってる様だ。


「はぁ、お疲れ様です」


振り向いて軽く頭を下げて挨拶する。いや、これは挨拶とは言わんか。


「…金田千歳(かねだ ちとせ)だったか? 家の事情だろうがもう遅い時間だ。いい加減帰宅したらどうだ?」



相変わらず他人から聞くとムカつく名前だ。女みたいな名前だからか、名前で喧嘩した事も多かった。今は…治療費が掛かるから、そんな無駄な事はしなくなったがな。それでも喧嘩を吹っ掛けてくる奴がいる時は、


「してもいいが、怪我の治療費は全額そちら持ちでいいか?」


と確認すると、その内にちょっかいかけてくる奴がいなくなった。…どうでもいいがな。



「はぁ…それが…」


かくかくしかじかと外を彷徨っている事情を説明すると、


「…あの呑んだくれが」


と、怖い顔になる警官。いや、俺は詳しくは知らないんだがうちの親と知り合い、らしい。


警官は懐に手を入れると、財布を取りだして中から紙幣を取り出す。そして手に握らされた。


「えっ…と?」


相手の意図が読めずに、俺はポカンとして警官の顔を見る。


「取り敢えずそれを持って行け。…あぁ、そうだ」


手の中の紙幣を見ると、なんと諭吉さんが微笑んでいた。って言うか何これ。


…等と混乱していると、警官は一筆したためていたいた様でメモ用紙にを渡してきた。


「それをそのまま渡しても、また酒代に化けるだけだろうしな」


よくわかってらっしゃる。


「これも一緒に渡してくれ」


警官は1枚のメモ用紙と万札を俺に託すと、


「じゃあな。早く帰るんだぞ?」


と、言い残して去って行った。


(滅茶滅茶いい人なんだけど…いいのかなぁ?)


と、少し感動していると、ふと気になってメモ用紙を開いて見る。


ーーーーー


よお、てめぇ相変わらずだな?

てめぇの子供が夜中に町中を彷徨いてたぞ?

聞けば金の無心で途方に暮れてたみたいだから、取り敢えず万札を渡しておいた。

いいか? 酒代になんかに使ったらただじゃおかないからな?

後、こいつは貸しだ。トイチとまでは言わんが…まぁわかるよな?

今月中までは待ってやる。精々汗流して稼ぐこった。

…あぁ、子供に八つ当たり厳禁だ。顔を腫らしてたり動きがや挙動不審だったりしたら…。


ーーーーー


その後は怖くて見なかった事にした。何だあの警官。まるで893じゃね~か…。


取り敢えず金を返そうかなと振り向いたんだが、視界内には何処にも居なかった。


「早っ」


取り敢えず帰宅する事にした。メモ用紙を見れば、少しは考えて使ってくれるだろうと期待して。…ま、結果的には期待しなけりゃ良かったんだけどな…。



「よぉ、遅かったな?」


どの口が言うのか。金を稼いでこいつったのはあんただろうが…。


「で、少しは稼げたのか?」


と言いながら利き手を差し出すクソ親父。小さい頃から金かねうるさいあいつは、ガキの頃は自販機のつり銭口や道路に落ちてる小銭を見逃すなと口煩かった。揚げ句の果てには物請いをやらされそうになったっけ…。


「あ~、あんたの知り合いからこれを預かっているよ」


先程の諭吉さんとメモ用紙を渡すと、


「おお!でかした!!」


と、諭吉さんだけ受け取ってメモ用紙はゴミ箱へ丸めて投げ棄てた。


「一応言っとくが、あのメモ用紙は読んどいた方がいいぞ?」


と言ってる暇で家を飛び出すクソ親父。と、手を引っ張られて出て行く母親。一応メモ用紙が気になっている様だが場に流されて行く辺り、大した違いは無さそうだ。


「一応、忠告?はしたからな?…後でどうなっても知ぃ~らねっ…」


一応、


「そんなメモ用紙なんぞ知らない」


と、惚けられて責任を押しつけられても困る…ので、コンビニでコピーしてきてコピーの方を壁に貼り付けておいた。


「これでいいか…ふわぁ~、寝るか」


時刻は深夜と言って差し支えない1時を回っており、俺は自室へと引っ込んだ。明日起こる騒動に巻き込まれるとも知らずに…。




ー 起 ー


ドンドンドン!


うるさえなぁ…。昨日はいつもより遅く寝たんだからもうちっと惰眠を貪らせろよ…。


ノロノロと重い体を起こし、ドアを開けようとしたら…開くまで我慢出来なかったのか、ドアを叩いていた本人はドアを蹴り破り、勢い余ってゴロゴロと転がり込んで…壁に激突して止まった。一体何なんだ?


「おい!千歳!てめぇ、騙しやがったな!?」


朝から何言ってやがる。どうせメモ用紙を読まずに資金提供元に酒かっ喰らってるのがバレたってとこだろうな…などと考えていると、


「てめぇのせいで…俺は…破滅だ…ど、どうしてくれる!この親不孝者がっ!?」


と、言いがかりも甚だしい台詞を並べてぴぃ~ちくぱぁ~ちくとさえずるクソ親父。その背後には暗い感じの母親(クソ親父と同様に顔…頬が赤いが、事態を思うと青ざめている事が伺える)と、朝っぱらから大騒ぎで起きて来ただろう妹が迷惑顔で覗き込んでいる。大方、俺がまた何かやらかしたんだろうくらいの顔をしているが…。


「この貧乏神が…いや、疫病神がっ!…家から出て行けっ!!」


と、俺を殴って部屋から出て行った。大方、あのメモ用紙に書かれていたトイチを上回る取り立て額にビビって、金策しに行くのだろう。何せ、メモ用紙の最後にはこう書かれていたからなぁ…。


「この金で酒を飲んでいるのを見つけたら、借りた金は1時間に1割の利子を付けるからな? よっく覚えておけよ?…お前の事だ。今月末にどれだけ借金を背負っているか…楽しみだよ…くっくっくっ…」


ほぼ893の捨て台詞だ。どう見ても警官の台詞じゃない。一体、2人の過去に何があったのやら…想像が付かない。


頬が腫れ上がり、鼻からも流血した俺は…よろよろと立ち上がって、はぁと溜息を吐くと、


「とうとう我が家から追放か…ま、せいせいしたけどな」


と、呟きながら大型のリュックと中型のナップザック。小型の袋を押し入れから取り出すと、生きて行く上で必要そうな物を選別しながら放り込んでいった…。



「お兄」


さて、大体荷造りが終わったと言った所で、部屋を出ようとすると、疎遠となって最近では話す事もまばらな妹が立っていた。


「座って」


我が妹は話さなくなった影響か寡黙で、話しても単語単位と言うキャラだ。昔から長文で喋ってる所を見た事無いのは確かなのだが…。


「あ、あぁ…」


見ると、薬箱を両手に下げて立っている。先程、クソ親父に盛大に殴られて流血した所を見ていたのだろう。流石にそのまま放置していられなくて薬箱を取りに行ったって所か?


ガチャガチャと薬箱を開けて必要な物を取り出す妹。やがて、綿棒にヨウドチンキを付けて顔の腫れている所に塗りたくる。


「痛ちち…もちっと優しく…」


「動かないで。目に刺さる」


さり気なく怖い事を言ってくる為、ぴしっと動きが止まる俺。されるがままに停止していると、


(…先に消毒液で消毒してからのがいいような気もするんだけど…まぁ手当てしてくれるだけマシかな…)


とか思ってたら、包帯でぐーるぐると…おいおい、目の前が見えないんですが?妹さんよ…。


「もがもが」


口も鼻も塞がれております。息がし辛くて倒れそう。


「…ダメよ、そんなんじゃ…」


意志薄弱の母上様登場。やがて、マミーの如く巻かれた包帯は解除されて、最初の消毒からやり直しと相成りました。矢張り、経験者に頼むに限るんだが…。この人、手が遅いからなぁ…クソ親父が戻ってくる前に処置が終わるだろうか?


「まだ居やがったのかぁっ! このクソ餓鬼がぁっ!」


うん、間に合いませんでした。んで、負傷箇所が増加して、頭部に瘤追加と出血箇所も追加。意識を失って救急車で搬送される憂き目に…。俺、このまま死ぬんだろうかね…? 死亡原因が実の父親とか、まぁこのご時世珍しくもないけど…世知辛いよなぁ…残された家族が可哀そう過ぎるし…。



「知らない天井だ」


うん、知ってた…けど、言ってみたかったので。


子供の頃のヤンチャで、結構お世話になってたしな…病院側からすりゃお得意様だろうけど、子供が何度もお世話になるとか…変な目で見られてただろうな。


「あ~、えっと…」


ムクリとベッドから起き上がると、何やら外…廊下側で騒がしい雰囲気が。


「…スルーしとくか。荷物は…あるな。何故か」


ベッドの下を見ると、荷造りした全部が何故か鎮座していた。それと、可愛らしい財布が外側のポケットに中途半端に突っ込んであるんだが…これって?


「お兄へ」


我が妹の私物かYO!


「いつかこうなるんじゃないかと思ってた」


聡い。聡過ぎるよ、マイシスター!!


「だから餞別。頑張って生きてね」


引き留めるとか言う選択肢は無いのか…まぁ無い方がいいか。あんなクソ親父といつまでも顔を付き合わせて生きてたくないしな。


「追伸」


んを?


「定住先が出来たら教えて。お母さん連れて引っ越すから」


…あぁ、まぁ、考えてる事は一緒か。ま、どんだけ時間掛かるか判らんがな…期待しないで待っててくれ、我が妹よ!



取り敢えず、病院でも手当てを受けた俺は、早速出ようとしたら看護師さんたちに強引に引き留められ、今夜だけでも体を休めてからでも遅くはないからと…まぁ病院食だが一杯食べて、風呂も貰って疲れと汗を流し、ゆっくり寝てから次の日…。


「どうもすいません、最後まで騒がしくて…後、ご飯美味しかったです」


と、看護師さんたちと先生たち、院長先生に挨拶をして町を出る事になった。子供の頃から世話になりっぱなしの為、凄く丁寧にだ!


「いやいや…千歳くんが出て行くとなると、この町も寂しくなるね。ま、かわいい子には旅をさせろとも言うからね。気を付けて行くんだよ?」


「これ、餞別よ」


「無理しないで行けよ!」


と、何故か封筒を手渡される。て言うか、世話になったんだし逆に医療費を払う立場だと思うんだが…病院食とか一泊した入院費とか…。


「何を水臭い事を。子供が心配しなくても、ちゃんと生活出来るんだからな!」


とか何とか言われて、背中を押されて病院を出る俺。振り返ると、手を振って笑顔で送ってくれる面々。全員じゃないけど、時間の都合が付いた人たちで一杯だった…。


「…判った。これは有難く受け取っておくよ。じゃ、また!」


俺はちょいと鼻から水が漏れそうになったが、手を振ってから前を見て歩く。何処に行くかは未定だが、取り敢えず電車でも乗ろうと駅へと向かった。




- 承 -


「千歳、何処行く気だ?おぉっ!?」


駅前で怒鳴り声がし、振り向くと殴られた。俺は再び鼻血を辺り一面に振り撒きながらもんどり打って倒れる。


どしゃっ…


重たいリュックが背中から離れて転がり、きっちりと締めたつもりの紐が解けて中身が零れ落ちる。


「…おいおいおい!…てめぇ、妹の財布を盗んじゃったのかぁっ!?…ひでぇ兄貴も居たもんだなぁ、おいっ!」


零れ落ちた中身には妹様の餞別である、あの可愛らしい財布も含まれていた様で、クソ親父が拾って中身を検めていた…。


「くっ…そ、れに…触る…な…」


いい所に渾身の一発が入ったらしく、鼻血が止まらず、歯も何本か転がっている。口の中も切れ、ものごっつぅ痛い。当然、口からも血が出ている訳だが…。


「おぅおぅおぅっ!…ひのふのみの…えれぇ一杯入ってるじゃんかYO♪ 早速だが戴きだな♪」


クソ親父は俺には目もくれずにスキップして去って行った。当然、周囲には他人の目がある訳だが…誰も彼もが見て見ぬ振り。零れ落ちた荷物を拾ってくれるとか、大丈夫か?と声を掛ける奴も居ない…いや、判ってたけどさ。都会の人間の冷たさなんて…そう、判ってたさ…。



体感で30分後。ようやく動かす事が出来る程度には回復した俺は、ノロノロと体を起こして散らばった荷物を拾うべく、辺りを見渡す。幸い、盗む奴も居なかったようで、妹様の財布以外には被害は無い様だ。不幸中の幸いか、病院での餞別の封筒は懐の内ポケットにボタンを掛けて仕舞っていたので無事だ。


俺自身の財布は…クソ親父がズボンの尻ポッケから抜いて行ったけどな…クソが…。幸いかどうかは知らんが、紙幣と小銭だけ抜いて、財布だけはその辺にポイッと棄てて行きやがったお陰?で手元に残っちゃいるがなっ!


「痛ちち…ど、どうしよう…病院から出て来てすぐ戻るのも…アレなんだが…痛ぅっ…仕方ない。体面を気にしてもしょうがねぇ…治療だけでもして貰いに戻るしかないか…」


全てを拾い終えた俺は、Uターンすると今朝出てきたばかりの近所の病院に出戻る羽目に遭うのだった…いや本当、マジ勘弁して欲しいわ…あれでも親か?…。



「おや?…って、大変だ! 急患、急患だっ!!」


病院の敷地に入り、入口をくぐろうとすると、たまたま外から戻って来た看護師さんに発見されて、そのまま移動式担架に乗せられて病室へGo!…と相成った。


いや、大袈裟過ぎるでしょ?…と思ったんだが、後で撮影された写真(PCの画像でだが)を見せられたら、そりゃそうなるか…と思った。何しろ、殴られた頬が痣になって色が紫とか濃い青とか凄い事になっていたし(内出血してる上に頬の筋肉が断裂してたそうだ)、口から流血した血で口の周りが真っ赤だし、左目も殴られて痣が出来て半分パンダになっているし、目は充血してるし殴られた影響で視点が定まってないし、口の中は中であちこち切りまくってるわ、歯が数本喪失してるしで、頭だけ見れば重症患者と何ら変わり無かった訳だ…。


結果、全治1か月の強制入院となり、俺個人としては「その金、何処から出せばいいの?…」と言う羽目に。タダでさえ貧乏なのにクソ親父からの暴力で入院する羽目に遭ってどんどん借金まみれに…。腰砕けになってるせいでロクな労働力にもならないってのに困ったもんだ…。


そして、なんやかんやでドタバタしてるせいで気付かなかった事がある。完治するまで入院してると金が掛かり過ぎるって事で、1週間前を目途に無理やり退院したんだが…妹様の財布が、何故か残っていた。


「確か、クソ親父に持ち去られたよな?…この財布」


目前で財布を取り上げられ、中身を勘定してる所まで覚えている。正確な金額まではまだ確認してなかったが、クソ親父が諭吉さんの人数を数えてるだけで言えば、10万円には届かないが、それに近い金額は有った筈だ。


「…8万5千円…だと!?」


改めて中にあった金を数えると、それだけ入っていた。細かい小銭などは除くが…。これだけあれば掛かった入院費も国保の3割負担額を、恐らく全額払える。妹様が意図した使い道ではないだろうが、これ以上世話になった病院に迷惑を掛けられない。俺は、いそいそと支払いカウンターへと歩いて行った。



入院費は国保で減額され、3割負担で3万弱で済んだ。逆に言えば、満額で10万近い金額が飛んで行った訳だが…。


「理由は判らんが、助かったな…。残り5万ちょいか…また奪われる前にさっさと逃げるか…」


尚、封筒の餞別はまだ数えていない。財布とは分けておいた方がいいだろうと、懐の奥に仕舞っておいた。…と言うか、入院前と比べて厚みが増してる気がするんだが…まぁいい。落ち着いたら見てみるか。


俺は2度目となる退院で病院から出た。流石に手の空いた者がお見送り…って事は無かったが、通り過ぎる時に小声で「頑張ってね」とか「また出戻ってくるなよぉ?」とか言われたもんだから、こそばゆいと言うか恥ずかしいと言うか…。


まだ顔を固定するギプスや包帯が取れない俺は小走りに距離を取った後、振り向いて腰を90度曲げて礼をする。たっぷり10秒は掛けてから姿勢を戻した後、再び振り向いて駅へと向かった。真っ直ぐに…。



で、今は車中の人となってる訳だが…。実は駅に入る直前に例の警官にばったり出会った。俺は思い切り挙動不審な行動に…まぁ、その場でぴしっ!と凍り付いて動けなくなったんだが、当の警官はメモと封筒を寄越して来た。


「…色々あるだろうが、頑張れよ」


と一言だけ言うと、雑踏に紛れてあっという間に見えなくなった。


(どう見ても、あの警官って忍者だろ?…気配無いわ一気に見えなくなるわ…)


とか失礼な事を考えながら、取り敢えず懐にメモと封筒を仕舞う。中を確認するのは落ち着いたらでいいだろ…。


…と言う訳で、最寄の駅からターミナル駅へ移動し、長距離列車に乗り換え、今はホッとしてる訳だが、何処に行くべきか…。


「キオスクで買った旅行誌でも見て決めようかな…あんま金も無いし出来るだけ近場で…あのクソ親父が行かなさそうな場所限定でな!」


と言う事で、まずは軍資金とメモを確認しようと思う。さて…幾らあるだろうか…?




ー 転 ー


「は?…えっと?」


懐から出した封筒たちを開けようとしたのだが、おかしい。


いや、落として減ったとかではなく。逆に多いのだ…。封筒の数が。


「メモ用紙は…まぁ1つしか受け取ってないから1枚だよな…あれぇ?」


だが、恐らく中身は金…紙幣が入っているだろう封筒の数が増殖している。はっきりと覚えてないが、ざっと2倍の数がある様だ…。


「2回目の退院の時に、こっそり懐に餞別を入れた?…いやいやいや、そんな裕福な人たちじゃないし…せいぜい、院長先生なら或いは?ってくらいだろ」


となれば、増えてる封筒の数は1つとなれば誤差に過ぎない。だが、実際には2倍前後の数がある。これは一体…。


(こんな人の目がある所で現ナマを出すのは不味いよな…。となれば、トイレにでも行った方がいいか?)


幸い、トイレはこの車両の、しかも席から近い場所にある。1分や2分くらいなら席を離れても問題は無いだろう。今は車両に居る人間も数人程度だ。


(…行くか。男は度胸!)


ササっと席を立ち、トイレに駆け込む千歳。中で確認した事実は、彼を驚かせるのに十分だった。



「なっ…」


(不味い不味い不味い。大声は不味い…)


何故かぶわっと汗が額を流れる。別に悪い事をしてる訳でも無いのに、緊張で滝の様に汗が噴き出てしまう。


(預かった封筒は、例の警官の分を含めて6つくらいだった筈。でも、手元にあるのは11…明らかに増殖してるよな?)


中を検めると、1つだけ手紙のみが入っており、他はお別れの手紙が1~2枚と現金の紙幣が1枚から数枚入っている。だが、手紙が無く紙幣のみが入っている封筒も5つ存在した。


(警官の封筒にあのメモを入れておいたから、手紙のみが1。手紙+金が5。金のみの封筒が5…。明らかに金が入っていた封筒のみが増殖してるって感じか…でも一体何故?)


数えてみると、中の金額が一致した封筒が5つづつ。矢張り、金入り封筒が増殖していると見て間違いない。


(…理由は判らんが、助かるのは助かるが…あ、やべっ)


時計を見ると、既に5分が経過している。余り席から離れていると、荷物が心配だ。


(クソ重いリュックは兎も角、他は軽いからな…盗まれるのも癪だし戻るか…)


と言う訳で、用を足しても無いのに水を無駄に流すのも悪い気がするが、取り敢えず流して個室から出る千歳だった。



「戻って来ないな?ここの客」


「おい、見張ってろよ?」


「お、おう…」


「くっそ、何だこのリュックサック、クソ重ぇな…」


「そっちの軽いのだけでいいんじゃね? どーせ重いのは生活用品とか中古ばっか入ってるんだろ」


「そうだな…おい、これ持ってくれ」


「お、おい…戻って来たぞ…」


「何っ!」


「ずらかれ! お、丁度駅に着いたぞ! 急げ急げ!!」


と、台詞だけですまんが、窃盗中学団が5人くらいで俺が座ってた席でごちゃごちゃやってたので、ドアを開けたと同時に蹴りを入れて気絶させた。いや、片手で見張り中坊を捕まえたんだが、残りは鉄の棒を握った腕を支点にして蹴るしか出来なかったからな!


「「「「ぐはっ!」」」」


全員、俺の蹴りで開いたドアと反対側に吹き飛ばされて気絶。かなりの衝撃と衝突音が出て、そのせいで車体がぐらぐら揺れる。


「お~痛ってぇ…まだ完治してないのに無理して蹴るんじゃなかった…」


片腕で捕まえている中坊は気弱らしく、俺の荒業に全身ガクブルしている。


「はぁ…おい、おめぇ」


「…はっ、はい!?」


「こいついらのした事の証明。一緒にやってくれるよな?」


「…え………でも…」


「やってくれるよな?」


「う…はい………」


睨みを利かせると、取り敢えずは頷いてくれた。これで俺の正当防衛が証明されないと、中学生へ唯の暴力を振るった暴漢となり兼ねない。いや、一応18歳で未成年だけどな、俺も。


そして、本来は出発時間となって列車が発車する時刻になっても動く事はなく、駅員と車掌が慌てて駆けて来る。俺は正当防衛を証明してくれると言う中坊を、取り敢えず信用して腕を離した。



一応、中坊達が俺の荷物を奪って逃走しようとした現場を保存すべく、そのままにしていた。意識のある中坊も、たどたどしくはあるが俺が被害者であり、気絶してる連中が荷物を盗もうとした主犯であると証明してくれた。だが…。


「そうは言ってもだね。荷物は全部残っているし、盗み出そうとした証拠がこの子の口頭説明だけではね…。何か映像とか無いのかね?決定的な証拠写真とか」


いや、そんな都合よくカメラ持ってたって、プロのカメラマンでもない限りは撮影できんだろ。ていうか、のんびりと撮影してる間に逃げられてしまうわ!


…と声を大にして言いたかったが、貧乏なのでカメラもカメラ付きガラケーもスマホも持ってない俺は、証拠写真の「し」の字も無い。尚、最初にとっ捕まえた中坊はスマホを持ってたそうだが、俺が強力に腕を掴んでたのでそんな余裕は無く。そこまで頭が回ってない俺も俺だが…いや言わんとこう。


と言う訳で、証拠不十分って事で注意をきつめに言われただけで無罪放免される中坊達。俺も荷物を全部背負って停車してた駅の駅員たちの部屋(何て言うんだろ?あの部屋)に連行されてた訳だが…。原因が何であれ、年下の中学生を気絶する程に蹴りを入れるとは何事か?…と、4時間程説教を喰らってました。凹むわぁ~…被害者、俺なのに…。


まぁ、バイトだ何だと肉体労働系の仕事してたから体格はいいのだが、所詮18歳の未成年って事で、前科も付く事も無く。厳重注意は受けたけど顔に唾を吐かれまくって、夕飯時には開放されました。今日中に目的地に着く予定が…いや、まだこれから決める予定だったんだけどさぁ~…。合計5時間くらい無駄になったっすよ…トホホォ~…。


「あ~…夕飯食った後、どうしよ…」


取り敢えず、ホームにキヨスクらしい店があるからそこで弁当なり買って。何処行きかは判らんが次の列車に乗って…行先は運に任せるのも面白いかも知れんな。


「次の列車は…まだ1時間くらいあるな…」


と言う訳で、名物らしい駅弁とジュースとゆで卵を買い込んで、ホームのベンチで食べる事にした。弁当はすっかり冷えてたけど旨かったのは確かだ。



腹ごなしして、トイレに寄って来て、さぁ次の列車も後数分で来るなと言う所で、ホームの向こう。階段のある所から何人かが怒鳴りながら歩いて来るのが見える。


「うわぁ~…何か面倒な悪寒がする…」


そこは予感じゃないのか?って突っ込まれそうだが、背筋がぞぞぞっと来たのでここは悪寒が正しいだろう…きっと、多分。


「あいつだ! あいつが僕たちを蹴ったんだ!!」


あ~、矢張り。数時間前の連中か…。と、そんな事を考えながら、どうやって逃げようかなと思案するが、こっちは大荷物持ちで独り。対して、向こうさんは大勢居る上に身軽な恰好ときてる。多少足が遅くても、大勢で囲まれてしまえば逃走は難しい。その上、地の利は向こうにある。俺はこの辺は来た事が無い上に、何処に行けば逃げられるか、なんて情報も無い。便利なマップ機能があるスマホも持ってないのだ。


(はぁ~、お手上げだな。せめて列車が後1分くらいで来てくれれば良かったんだけどな…)


1分で来ても停車時間がある為、逃げる事は叶わなかっただろう。だが、今はすぐそこまで敵認定の集団が迫って来ており、そこまで冷静に考えられる程落ち着いていられなかった。


(どうしたもんだろう…。もう、こうなったら前科付くの覚悟で警察か?…折角クソ親父から距離が取れたと思ったら…呪われてるんかねぇ…俺の人生って………)


いっその事、列車が来たら飛び込んでやろうか?…などと思考が飛躍しだし、荷物を持ってゆっくりと立ち上がる千歳。その視線の先にはレールが…と、そこへ遠くから声が響く。


「む?…何かね?」


敵の集団のリーダーっぽい初老の男性が振り返ると、来た方角から駅員達が走って来る。その後ろには、最初に捕まえていた中坊も走っていた。…つまり、この敵集団には残りの4人の主犯格の中坊とその家族…が揃っていたらしい。両親揃っていれば、片親だけの家族も居る訳だが…。


「ん?」


4人の中坊は、何やら嫌そうな顔をしている。何だろう?と思って見ていると、駅員達が追い付いた。


「取り敢えず、ここじゃ何ですから…」


と、再び厳重注意を受けた部屋へご案内された。今回は人数が多いので、主となる人員を選別して、残りは隣の部屋に案内されていたが…。



「なっ…何ですとぉっ!?」


窃盗中学団の中でも一番の中心人物の中坊の父親(初老の人)が大声を上げる。


簡単に説明すると、俺が荷物を盗まれそうになった事実を、最初に捕まえた中坊が証明してたのだが…。別の件では自らのスマホで撮影していたものもあり、自らの罪も構わずに撮影した証拠動画や写真データを提出した、らしい。まぁ、また聞きだから、らしい、としか言えないんだが。


ま、罪は罪だから全員捕縛し、少年院送りになるそうだ。証拠提出した中坊は、ある程度罪が軽くなる様だが、それでも数年はぶち込まれるそうだ。他の4人は、もっとキッツイ院に送られるとか…。まぁ、きっちり罪を清算して出てくれば、それなりに箔は付くかもだけどなっ!w



「すみませんでしたぁ~っ!!」


…とまぁ、暴力行為はしたがそれは荷物を奪われない様にとの正当防衛の為である…って事を認められた形となった。いや、大声で前出の様に謝れるとか、漫画じゃないんだからもっと静かに言われたけどなっ!w


俺としては、数時間もの間足止めされた上に、唯でさえ少ない旅費を削られたので、せめて何処かホテルとは言わないけど安宿に泊まる費用とか無駄に掛かるであろう旅費の補填をして欲しい所だが…。まぁ無理は言えないよな。


「それでしたら!」


と、近所で民宿を営業してる中坊の親御さんが居るとの事で、お詫びを兼ねてと一泊無料で泊めて貰える事になった。いや助かるわ…マジで。ちなみに、正義感で証拠データを提供した中坊の親御さんと言う事だ。て言うか、正義感あるなら最初から悪に加担するなよと言いたいが…過ぎた事を責めてもしょうがないか。


他?…迷惑料って事で、金の入った封筒を1つづつ手渡して帰ってったよ。それも、ムカついた顔してな。子も子なら親も親だなって思った…。まぁ、うちのクソ親父よりはマシなんだろうけどさ…。まぁ、金に罪は無いので有難く受け取ったけどな!



「さぁさ、こちらです」


無駄話はせずに、送迎車で駅から移動して目的地の民宿に到着。無料だけど一般客と同じ扱いをして貰って、俺、感謝感激。ここら辺は温泉を引いてる宿が多いそうで、この民宿でも小さいながら自前の温泉風呂があるそうだ。露天じゃないのは残念だけど、疲れた体には効きそうで今から楽しみだ。


「どうぞ…」


普通に美味しそうな夕食が出され、それを美味しく戴く。いや、弁当買って食っただろう!?…って突っ込みが来るかもだが、うちが貧乏だったのでこういう料理って、実は食った事無いんだよね…。大抵はコンビニ弁当か牛めしとかだったし…。


家で飯?…うちの母親って、実は料理ゲロマズなんだよね…食材を無駄にして謝りなさい!って何百回言った事やら…。俺も妹様もクソ親父も料理出来ないからな…何か、言ってて悲しくなってきちゃったよ…ぐすっ。


んで、感激しながら食ってると、女将さんから「いやねぇ、うちの料理なんてごく普通の家庭料理と大差ないんですよぉ?」って照れてるので、べた褒めしてると、赤くなって引っ込んでったよ。人生で初めてのお宿の料理だし、実際凄く旨かったから褒めてるだけなんだけどなぁ…。


(ひょっとして、美食慣れしてる人達が食ってる料理なんか食ったら、俺、死んじゃうかも?)


とか、マジに考え込んじゃいそうだったわ。まぁ、きっちり完食して、食器とか持って調理場へ運んだら驚かれたけど。いや本当。食器とか洗おうとしたら、「お客さんにそんな事させられません!」って逆に恐縮されたわ。えぇ~…いつもバイトしてる料理屋って賄い食ったら食器自分で洗わないとぶん殴られるんだけどなぁ…って、客に皿洗いさせる料理屋なんて無いか…そう言えば…(牛めし屋でたまに食いに行くとそこでバイトしてる関係か、金払ってるのに丼とか洗えって言わるんだが…あんの店長。今度会ったら絞める!)。


んで、腹ごしらえも済んで「温泉でも入ってきたら如何ですか?」…って言われて案内されたんだが…。


温泉って凄いのな! 最初は臭いなって思ったけど、「含まれてる硫黄の臭いがするけどすぐ慣れるし疲れが取れますよ!」って言われて…。マジに浸かってると筋肉疲労ってのが引いていく。お肌はツルツルになるし…いや、俺って男だから美肌になってもどうかな?って思うんだけどさ…まぁ汚れが落ちるのはいいいよな。古い皮膚っての?…汚れとかと違うんだろうけどな。


余り長く入ってるとのぼせるから用意されてる水風呂に入ったりして、何度か行き来してると本気でフラフラになってきたんで、部屋に戻る事にした。



部屋に戻ると、何故か土下座してる数人の影が…。


「は?え?一体何が…て言うか、何で土下座?」


混乱して思考に上がった言葉を口にしていると、一番前に居る人物。恐らく父親だろう…が静かに言う。


「お許し下さい。不本意とは言え、うちの子が加担した事には変わりありません…。4人の子供達も、未遂と言えど罪は罪。今すぐではありませんが…」


そこまで言わせてから、ストップを掛ける。こちとら長湯でのぼせた18歳だ。いきなりの土下座と謝罪で混乱もストップ高だ…べらんめぇ!


「ちょっ、ちょぉ~っと待った!…今、長湯して来てのぼせかけてる頭で、んな事言われても、耳の右から左に抜けちまって頭に残らないっての…。それとも何か?…そんな状態の俺に謝罪して、どさくさ紛れに了解を得たいってか?」


取り敢えず浮かんだ台詞を口に出してるのは変わらないが、まぁこんなもんだろう。頭を上げ、見合わせた目の前の人達は、


「…それもそうですね。では、明日、改めて…」


と、再び頭を下げてからぞろぞろと部屋を出て行った。今言った事すら明日まで覚えてる気はしないが、どさまぎになる事は回避出来たらしい。


(はぁ…一応、荷物のチェックはしといた方がいいかも知れんな…)


のぼせかけていて辛いが、チェックを済ませて引き戸に家具を引っ掛けて簡単に侵入されない様に工夫をしてから、俺は寝る事にした。物音がしてもすぐ起きれるか自信は無いけどな!



で、翌朝。特に深夜に侵入者も居らず、控えめに戸を叩く音がして起こされる。俺は返事をしてから浴衣(温泉に入りに行く時に着替えてた)から普段着に着替えると、すぐに出られるように荷物をまとめてから食堂へ行く。一応部屋でも食えるが、食堂の方が広いし、朝早いので関係者だけで纏められるだろうと配慮した訳だ。


「まずは朝食をお楽しみください」


と言う訳で、多少気不味いものの、和食の朝を堪能した。日本人に生まれてこれ程感謝した事は無かったよ…(今までどんな食事をしてきたんだ?と突っ込む事無かれ…)。


食後のお茶を飲みながらまったりしていると、昨夜の続きが再開される。


「あ~もう謝罪はいいから。許すって。特に被害らしい被害は無かったからな」


細かく言えばあるっちゃあるが、この民宿への宿泊でチャラと考えていた俺はこれ以上謝罪されても意味は無いし、逆に過剰が過ぎると説明する。何事も程ほどが良く、過ぎれば毒となるのも道理だ。


「ですが…」


尚も言おうとする女将さんに手を出し、ストップを掛ける。


「折角息子さんが勇気を出して彼らの罪を清算させようとした行為にケチを付けるつもりですか?」


語彙が上手く出ないのは俺の国語力不足だ。何せ高校も出てない中学卒を舐めるなよ!…って、誰に言ってるんだか。まぁ、色々な考え方とか中途半端な言語力は仕事を通して覚えたんで、かな~り偏ってるけどな!…異常に詳しかったり、ロクに覚えてなかったりとかな。


「そんな事は…でも…そう、ですね。うちの子の勇気にケチを付けるのも何ですよね…」


息子の事を考えているのだろう。既にここには居ないのか、彼の姿は見えないが…。


「判りました。許していただき、有難う御座います…。ですが、せめてお詫びの印にこれをお納め下さい…」


と、少し豪奢な封筒を渡される。茶封筒ではなく、手紙用の二重封筒でもない。後で調べたら、贈答用の封筒だった。茶封筒じゃ失礼だろうが、とは言え適当な物が無かったんだろう…。


「えっと、これは…?」


受け取ろうとして手を伸ばすが、豪奢な封筒に手を引っ込めかけると、


「お受け取り下さい」


と、ずい!っと差し出されて手に押し込まれた。むぅ…。



再び送迎車の中。民宿の従業員総出で見送られ、かなり気恥ずかしさを覚えた俺だが、見えなくなるまで緩く手を振った。二度と会わないだろうけど、それくらいはしてもいいと思った。


(物凄い持て成しを受けたからな…それも、ロハで…)


人生初のお宿への宿泊と温泉の入浴。そして美味しい料理を夕と朝と2回も戴いた。きっと、あの家に住み続けていたら味わえなかっただろう…。


(…大人になって自立すれば、いつかは味わえたかも知れないけどな)


それが早くなっただけと言えばそれまでだが。


そんな事を思いつつも、受け取った封筒(昨夜の分と民宿からの分)を懐から取り出し、じっと眺める。すると、僅かに、ほんのりと光ったと思ったら、全ての封筒が分裂した。見た目は全く同じ。まるでコピーされたかの様に…。


(えぇ~?…何これ…)


千歳が初めて自分の能力が発動を視認した瞬間だった。



「送って貰って有難う御座いました」


軽く頭を下げて礼を言う。


「いえ…気を付けて下さい。では…」


聞きようによっては意味深な台詞を残し、民宿の従業員は去って行く。


「…まぁいっか。さてと…」


俺は駅に向かい、時刻表を見る。行先を決めると、ホームの売店で食い物と飲み物を買い足し、ベンチに座って列車を待つ。


…特に邪魔は入らずに列車が到着。独りで持ち運ぶには多めの荷物を背負って列車に乗り込む。


「さて…向かうは海だな。暑いから海岸とか仕事ありそうだし…たまには泳ぎたいしな!」


と言う訳で、海岸行きの列車に乗る事にした。無論、間違えてはおらず、数時間もすれば海岸線と海が見えて来た。


「おお~、海はやっぱ広いなぁ~」


海の仕事と言えば海の家とかだ。人が多ければ捌くのに人手は必要だろうと当たりを付けた千歳は間違いは無いと思う。尤も、その地で何が起こるかは、神のみぞ知ると言う奴かも知れないが…。




- 結…欠? -


「いらっしゃいませ!…マスター、3名様ご案内!!」


結論から言えば、千歳の目論見は当たった。たまたま開店準備中の海の家で、今まで働いていたバイトが契約期間終了で居なくなり、まだまだ暑くて客がわんさかと押し寄せていたこの海岸は、そう多くない海の家は人手を欲していた…と言う訳だ。


「へいらっしゃい!」


バイトの千歳ともう1名が注文を聞きに回り、中年のマスターが料理を作り飲み物を用意して、再び2名のバイトが各テーブルへと料理や飲み物を配膳しに行く。そうやってまわしているのだが、世の中そうそうスムーズに進む事はまず無い。


「姉ちゃん、お冷お替り!」


「こっちにもお冷お替り!!」


千歳としては、最初に一品料理を頼んだ後、ずっとお冷しか注文してないテーブルを睨むが、華麗にスルーされ。相方のバイトリーダー娘ばかりにお冷注文攻撃をしている。


「あいつら…マスター。お冷1杯100円取ってもいいですか?いいですよね?今から料金徴収してき…ぐへっ!?」


0円のお冷しか注文しない連中に痺れを切らせた千歳が突貫しそうになると、マスターが千歳の服を掴んで止め、首の関節が変な方向に曲がりそうになる。


「慌てるな。ほら、次の料理だ。持って行け!」


「うう…首が折れるかと…判りました、判りましたよ!…ったく」


ぶちぶちと文句を言いながら、別テーブルの注文を送り届けようと動く千歳。マスターはそれを見届けると、バイトリーダー娘が戻ってくる前に次の料理を仕上げて手渡す。


「それと、これを首から下げてくれ」


「え?…あぁ、はい!」


バイトリーダー娘は、首から下げる板に書かれた内容を読むとニヤリと少々腹黒そうな笑みを湛えて、指定されたテーブルへと向かう。そこには、こう書かれていた。


◎特別メニュー◎


・お一人様でお冷を何度も注文した場合、5杯目から1杯300円を徴収させて戴きます

・大変混雑しています故、連続して1時間以上滞在している場合、チャージ料として5千円を徴収させて戴きます


◎食事を必要としているお客様になるべく多くサービスが行き届くようにする為です。何卒、ご理解下さい◎


別に理不尽な要求ではないだろう。普通に食事をすれば、長くても30分もすれば席を立つだろうし、水だってそんなに何杯も飲む必要もない。冷たい水を維持するにも電気代が掛かるし、サービスにも限界はあるのだ。


…と、ボードを首に下げて動き回る様になってから数分後、テーブルの一角から非難の声が上がった。


「何だって…チャージ料…だ、と!?」


「ただの水が1杯300円!?…暴利だ!!」


モテなさそうな野郎が5人程。テーブルの1つにへばりついて叫んでいた。とは言え、マスターが睨むと静かになったが。


バイトリーダー娘が首に下げたボードを見せつけていると、奴らはすごすごと去って行った。


「おう、お帰り。どうだった?」


「支払えないならすぐ立ち去って!…って言ったら、素直?かどうかは判らないけど去ってったよ!」


「そうか…まぁ、本気で徴収する訳にはいかなかったからな。素直に帰ってくれればそれに越した事はない」


どうやら、いつまでも居付いている客?の追い払いに使った案の様だった。確かに、酒場でもないのにチャージ料とか取ってたら風営法?に引っ掛かったかも知れない。


(まぁ、あの姉ちゃんの恰好だけ見ると、お酒を出す店みたいだけどな…健康的な色気がヤバイし…あ、やべぇ、うっかり興奮して鼻血が…)


歩くだけで上下に揺れる乳と尻が見ているだけでヤバイ。仕事一筋で女っけが無かった千歳には刺激が強すぎたのだった!


妹様?…ストーン・ストーン・ストー(さくっ(ぎゃあああっ!?))

※…石(ストーン)に非ず。



燦々と輝いていた太陽も水平線の彼方に落ち、砂浜にも海水浴の客足は遠退いた。今は花火で遊んでいる数人が賑やかせているのみだ。それも遠く、僅かに花火の光が見える程度だ。


「2人ともご苦労さんだったな! 取り敢えず、ほれ」


と、封筒がマスターから渡される。さっきまで収支計算をしていたマスターが、ようやくレジから金を取り出して2つの封筒に入れたのだった。


「千歳だっけか?…助かった。少しおまけしてるからな!…一応1週間って約束だ。海に客足があれば引き続き頼みたい所だがな…」


昼の飯時から数時間は目が回る忙しさだったが、肉体労働や牛めし屋で鍛えられている千歳にはどうって事は無かった。いつもと違うのは水着での接客と足元が砂場なので不安定と言う事くらいだが、体幹が安定しているせいか然程苦労はしなかった。


「若い連中は体力が無くてなぁ…あぁ、千歳も若いっちゃ若いんだっけな?」


「千歳っちは18だっけ?…一応私のがお姉さんになるんだねぇ!」


話し方がギャルっぽいバイトリーダー娘は、名前を「花子」と言う…日本の古くから親しまれている…と言うか、トイレで出会いそうな名前だなと千歳は思ったが、敢えて言う必要も無いだろう。逆に「あんたの名前も女の子っぽいよね」と、傷口を抉られたくないと言うのもある。ちなみに年齢差はそう無く、1か月早く生まれたと言うだけだった。現在は確かに19歳となっているようだが、最大で1か月で追いつくと言うだけの話だ。


「えっと…今日初日なんですが、これって多過ぎでは?」


封筒の中身を確認しながら千歳がマスターに訊くと、


「あぁ、今日は特に売り上げが凄かったからな!…ボーナスだよボーナス! なに、ちゃんと仕入れと予備費は確保してるから、心配すんなって!」


ガハハと笑いながらビールを呑むマスター。千歳は(あれって店のだよな…自分で飲んじゃって大丈夫なのか?)と思いつつも、用意された料理とドリンクを飲む。一応18ではあるが、アルコールなんて飲んだ経験は無いため、ソフトドリンク…所謂果物のジュースを飲んでいる。…隣の自称お姉さんは酔っぱらっているが、何を飲んでいるのかは見当が付かない。


「まぁ今日は食って飲んでくれ。潰れん程には抑えてくれよ?…明日もあるんだからな!」


再びガハハ!と笑ってぐびぐび呑んじゃ料理を喰らっているマスター。かなりのハイペースでウワバミってこう言う人の事を言うのだろうなと思う千歳。隣の花子もちびちびとだが何かアルコール飲料っぽいのを飲んでいる。



暫くしてお開きとなり、千歳は海の家の畳のあるスペースに泊まる為に準備をしていた。一応、鍵が掛かる為に宿泊は可能なのだ。


(隙間風は入るけど、今の季節なら寧ろあった方がいいよな…換気は大事だし)


リュックを置き、中から寝袋を取り出す。顔だけ出すタイプもあるが、これは顔だけではなく、途中までチャックで開放出来るタイプで夏場は開放して寝られるのだ。


(蚊帳とか無いと虫刺されまくるけどな…まぁ虫除けとか蚊取り線香があれば大丈夫だろうけど)


千歳はドラッグストアで買っておいた蚊取り線香を2つ程設置して火をつけた。鉄板の上に置けば、火事にはならないだろう。


「さて…と」


リュックから更にLEDランタンを取り出して置く。そして、まだ未確認の封筒たちを並べて行く。


「…また増えてるな」


飯を食う前にマスターから受け取った給料袋だ。1つしか受け取ってないのだが、現在は2つある。取り敢えず、全ての封筒の中身を取り出して、各々の封筒の上に置いて行く。


「…どうしてこうなった…」


1つ1つの金額は省くが、総額30万円を超えていた。そして、よくよく見ると、紙幣には通し番号が印刷されているのだが…。


「コピーされた紙幣、同じ番号だし…。これ、見たら偽札だって判っちゃうよな…」


貨幣…コイン…まぁ500円玉とかだが、あれには番号などは印刷されてないが、独自の透かし模様とか偽造防止の彫りが色々ある。だが、どちらが本物か見分けが付かなかった。つまり、貨幣に至っては完コピされておりバレそうもないと思える。…だが、本物の方に付いた傷なども完コピされており、見る人が見ればバレる可能性も無くは無いだろう。


「う~ん…何だろう、これ。お金をコピーする能力って…。幾ら何でも貧乏だからって、なぁ…」


果てしなくモヤモヤするが、どちらか一方だけを使うだけなら問題無いだろう…そう考えて、コピー側は使わない様にと封印する事にする千歳。誰も危険を冒してまで偽金を使う必要は無いだろう。半分でも15万はあるのだから。



「…と考えてた時期も、俺にはありましたよ…て言うか、いいのか?こんなんで…」


手持ちの現金が増え過ぎた事もあり、家から持って来た通帳に入金しておくか…と、海岸から最も近い銀行ATMに立ち寄った千歳。ついでにこれも頼むわ!…と、マスターと花子のキャッシュカードと通帳を渡され、地図を片手に此処に至るのだが…。


「普通、会って2日目の人間に暗証番号教えるか?」


信頼されてると言えば聞こえはいいが、あれは単にセキュリティの概念が抜け落ちてるだけだろ…。と、思いつつも。千歳は基本善人な為に言われた作業を黙々とこなしていた。


「入金作業と通帳への記帳。通帳が終わったら新規通帳の発行…って、えええっ!?…一体何冊発行するんだYO!?」


マスター、何か月この処理サボってたんすか…と、遠い目をしながらガリガリと記帳される音を聞きながら何冊目か判らない通帳が吐き出される様を見ている。持って来たナップザックにマスターの通帳だけが溜まっていく…。


「花子さんの通帳も…いや、まさかそんな事は…でも、ひょっとすると…」


結論から言おう。2人ともサボり過ぎだっ!…記帳専用機械内の通帳が枯渇するとか、初めて見たわ!…行員さんが慌てて駆けつけてペコペコしてたよ…。すんません。


結局、昼休みが終わっても作業が終わらず。電話を持たない千歳は、一旦中断して海の家に戻って事情を説明すると、銀行が完全に閉まるまで続行してくれと言われた。税務署に色々言われて入出金が正確に判らないと色々と困るからだそうだ…。つか、よく今まで困らなかったなって思ったよ…自由過ぎるだろ…。


逆に、今までデータを保持してた銀行もすげえなって思ったわ。確か、記帳しないと省略された印刷物が送られて来るとか来ないとか…。個人なら兎も角、商売では凄い困るだろうに…。


と言う訳で、全ての金を入金して通帳を記帳し終えたんだけどさ…。


「あれ、また薄っすらと光ってるけど…え?」


2人の通帳の最新の奴がコピーされて、しかもキャッシュカードも印章も(持ってないのに)コピーされて現れたよ。何この能力…。そして、


「元の奴は2人の名前のままだけど…まぁ当たり前っちゃ当たり前だよな」


コピー先のは、何故か俺の名前が記載されている。勿論、同じ残高でだ。違う所はそれだけじゃなく、入出金の履歴は無くて残高だけが最初のページの一番上に記帳されているのだ。そして…


「銀行は元のじゃなく、見た事の無い行名だな…」


デザインも見た事が無いシンプルなデザインの通帳だ。また、マスターと花子さんのコピー通帳を重ねると融合されてしまい、残高も合算した額になっていた。


「ひょっとして…」


元々持っていた自分の銀行通帳を恐る恐るコピー通帳に触れると…何も起こらなかったが、


「あれ…残高がコピー通帳に移動してる?」


そう、中身のお金だけが合算されていた。ちなみに、残高が凄まじい事になっていた。


「残高…ナニコレ。んーっと…1098万とちょっと」


後、手持ちのお金…封筒の奴だな…を、謎の通帳に触れさせると、それも全て合算されて消えていった。正にATM要らずだった!


「一遍に触れるとまとめて入金されるのか…」


いちいち分けて触れると、その都度1行づつ記帳されて増えて行く。


「…じゃあ、おろしたいと思ったらどうやるんだろう?」


◎お手許のキャッシュカードを通帳に触れた状態で、何円おろすか思い浮かべて下さい◎


◎確認の後、お手許に現金の入った封筒が現れます◎


◎1度におろせる額は10万円までとなっております◎


◎1日におろせる限度額は100万円までとなっております◎


◎預金額が増えれば、限度額も増えます◎


◎無理なく目標を達成しましょう!◎


◎目標額を達成した月には素晴らしいボーナスが待っています!◎


◎ご利用をお待ちしております。有難う御座いました◎


…うん。どこの銀行か知らんが、そいつらの押し付けた能力なんだろうな…と、何となく千歳は気付くのだった。


「…まぁ、いいか。貧乏脱出出来るなら、利用するまでさ」


それはそうとどうすんだこの通帳の山は…と、ちょっと後悔する千歳だった。


━━━━━━━━━━━━━━━

続く?…いえ、これ短編なので(ちょっ

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【短編】チートマネー じょお @Joe-yunai

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