第51話 桜川律子のリポート③【律子】

 PTSDの患者は、けっして少なくはない。


 Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)。


 特に凄惨な事件、事故、そして死に直面してしまった事による心的外傷。


 世間に事件があるたびに、そこには目撃者が出る。


 暴力、事故、自殺、とかく、生きている世界だけに、誰かの終わりに出くわしてしまうものもいる。


 意外なのは、その最後が穏やかであっても、劇的であっても、それを目撃する人間にとっては、さして変わりなく、その時の状況のみが重要になってくる。


 そして、こうしている今も、どこかで人は死に、それが発見される以上、この問題は生まれ続けている。


 生者と使者の出会いの数だけ、この障害は生まれ続けているという事だ。


 けっして珍しい事でもなくて、でも、それはまた一々いう事でもないのだ。


 私は、一花ちゃんの瞳を除き込みながら、


 「うーん、大丈夫そうね」


 私は、私の患者を診て言う。


 そして、私軽口を叩く。


 「ホント、災難だったわね」


 ちょっと突き指した? くらいの言い方。普通だよ。よくあることよ、さして重大でもないんだよ。って言い方。


 「私が原因だとして、その言い方はあってますか??」


 疲労困憊って顔して、私の一花ちゃんは言うのね。


 まあ、そうなるよね。


 「だって、私が原因じゃあないですか? 最後の最後にあんな態度だったとは言え、それまえはいい先生だったんですよ、白井先生。


 どこかに自分の責任を置きたいのね、一花ちゃん。


 「いや、勝手に好きになられて、一貫性も持たずに、一花ちゃんが性的に自分を好きかもって喜んでるだけでしょ?」


 男って勝手よね。


 勝手に好きになって、勝手に盛り上がって、勝手に騙されたって思って、勝手に殺されて、勝手に逮捕されて……。


 「そんなの、一花ちゃんの所為じゃないわよ、みんな、あの辺の男たちが勝手にやった事なんだから」


 「そうなんですか?」


 「そりゃそうよ」


 ちょっと考え込む一花ちゃん。


 「だって、あなたが彼らをだましてしまったわけじゃないでしょ?」


 私は一花ちゃんから発生する、責任とやらの表面近くに張り付いている言葉を、意識をそぎ落とす作業に入る。


 「すですけど」


 「じゃあ聞くけど、人に対してナイフで刺していいっていう状況はどんな場面なのよ?」


 私は丸椅子に座る一花ちゃんに対して身を乗り出して訪ねてみる。強い言葉だ。怖い言葉も出している。そこにとらわれる段階でもないと、私は確信している。


 「いえ、そんな場面はりませんよ、刺してはダメです」


 そうなんだよね。


 法治国家において、おおむねどんな状況でも、人を刺してはいけないんだよね。まして、教育においても、他人を武器を持って攻撃して良いなんて、どこにも書いてないし、それは良識なのよね。


 こういう時って、人は自分を責めてしまいがちだけど、今回の事において、一花ちゃんが責任を感じる必要は一ミリもないのよね。


 それでも、多感で優しい一花ちゃんだから、実は関係無い人の死に心を痛めるまではいいのよね。


 旦那の一樹くんみたいに、自身が記憶の海に沈めた記憶まで思い出す必要はないの。


 嫌なことに蓋をすることは、この場合はいい事だから。


 それにしても、犯人の直塚は白井という男にそそのかされたとは言え、どんな都合のいい妄想を繰り広げていたのかしら?


 少なくとも、直塚という男は、まっとうな人間だった。


 でも、プライドが許さなかった。だまされた事に、自分がその偽りで喜んでいたことが。


 その落差がきっと殺意へ変わったのだろう。


 今後は、この直塚に対する調査も必要だろう。


 すくなくとも、その狂気が一花ちゃんに向かわなくてよかったと、私は思っている。


 それに、あの男が死んだことについては、きっと神様がそうしたのだろう。


 他者の恋愛状態を壊す事を楽しみにしている男なんてえろくなもんじゃないからな。


 ある意味淘汰されたといっていい。


 これから先、私達人類は子孫繁栄させることが急務だ。


 その為に、ここの成功例をさらなる出産率向上の為にも、一花ちゃんと一樹くんを中心とした苗床は堅守しなければならない。


 だから私は、一花ちゃんから心の重荷を取り除く。


 どんな些細なことだとしても、歪は取り除く。


 早期未成年工から、次の段階へ進む為に、私は全力で一花ちゃんを守る。


 そして、それは、この政府も同じなのだ。


 いまだ問題の残る場所については、もう少し彼らに動いてもらわないとならない。


 世界が再び繁栄を迎える為に、私は今日も一花ちゃんに寄り添っている。

 


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