第34話 桜川律子のリポート②
本日は、文科省の出向機関である【学校管理組合】のこの都道府県の出向機関に出向いてきている。
その要件というのは、計画婚姻例【僕私S】の件である。
文科省は、私が受け持つ、結束、結合、影響、ともに最大値と思える、彼らに対して深く調査を行い、今後の政府の少子化打開対策の一政策である、『早期未成年婚』について、円滑にかつ効率的に進める為に、こうして度々、文科省と提携し、私の出向になるのである。
今回の問題は、彼ら、【僕私S】の。数藤夫妻、一樹、一花の周辺に及ぼす影響である。
彼らの行動と、いや存在すら、周りにいる人間を誘発する。
その結果、度々、事件が起こるのである。
今回は、教師でありながら、女子生徒、しかも教育者の立場でいながら、一花に愛の告白でもなく、何段階もすっ飛ばして、プロポーズをおこなった教師が、この建物、再教育プログラムにしたがって、今後、二度とこのような事が起きないように厳重に指導されているらしい。
私、桜川律子は、この教師と接触し、どれほど汚染されているのかの確認と、貴重な成功例である、【僕私S】への影響を考え、この教師の復帰をどのようにするかを見定めなければならない。
あまりにも、複雑として、不穏で、そして理解しがたい。
この事故例を、私は有用にすることができるだろうか?
感情が爆発して女子生徒に抱き着いてしまうという、ホモサピエンスとは思えない、動物の如くの性欲の持ち主に、どう接触していいのか皆目見当がついていないのだ。
私は重い足取りで、その建物に入った。
施設内に入ると、今度はとある小部屋に通される。
驚いたのは、まるで、刑務所の面会室の様になっていることだった。
まあ、自分の年齢の半分以下の少女にプロポーズし、あまつさえ、抱きしめ、そして拘束したというう、いわば犯罪者のようなものだ。厳重になるのも納得はできる。
私は、強化アクリル板に仕切られた机に座った。
そして、私の後ろには警備員が配置される。しかも2名だ。
わたしは、筆記具と、ボイスレコーダーを準備して、彼を待った。
ほどなくして、彼は入ってきた。
直塚康介【38歳】独身。
この施設に入る前に、前段階として記入された調査書にはあらかじめ目を通しておいた。
都内に両親がいる。
母親が本人と同じく教師。
父親とは幼少の頃、離婚している。
身長、177センチ、体重100キロ、なのだが、ずいぶんとまあ、やせ細っている。
今はきっと、もっと軽量になっているだろう。
頬のこけ方が哀れみを誘う。
特に、ここに拘束、逮捕されているわけでもないので、毎日家には帰っているだろうに、見た目は本当に囚人のそれだ。
私は、声を出してみた。
「こんにちわ」
明るく爽やかな、この部屋にはもっとも似つかわしくない笑顔で、彼に告げた。
彼は、声も出すのもためらわれる様で、一度、頭を下げると、その虚ろな目を私に向ける。
そして、
「わたし、どうかしてたんです」
乾いた唇が、渇いた言葉をこぼしはじめる。
沈黙
この言葉に興味を持てと?
私は患者に尋ねる様に言う。
「どう、とはどういう意味なの?」
すると彼は話す、
「いや、正しい事をしたいのです」
「正しいとは?」
「間違っていない事でしょうか?」
疑問の形だ。
この検体は、今、この状況下において、いや、今を結果として、自分の置かれている学校、いや社会からの自分の取り扱いについて、不服ではく不安。言ってみればすべてにおいて自身の価値観が揺らいで、端的に言うなら『自信』をなくなっている状態なのだ。
だから自身の発言、呟き程度の言動に、誰でなく自分自身が疑いを持ってしまう。
本来であれば、もっと時間をかけて、彼の自分という主観と、俗に言うところの常識という、社会的な評価、つまり彼から見た、そう感じているという客観のすり合わせに入るのであるが、残念ながら、今の私は彼を患者としていな。
依頼されている内容は、彼の行動原理に一体なにがあったのか?
高校教師という立場において、何年も同じ立場にいながら、どうして今、数藤一花に対して、意欲を、つまり結婚という意識を持ったのか?
この2点を重点に置いて、あとは自分の興味と今後の研究の為に、複雑なところはそのままに、入り込めるところは細やかな分析をしようとしている私である。
だから、率直に聞いてみた。
「あなたは、いつから数藤一花を意識していたのですか?」
私は見逃さなかった。
一瞬、彼はびくりと肩を震わせたのだ。
今、私が発した言葉の中のどの部分で、彼が反応したのかは一目瞭然だった。だから雑に、
「数藤一花は魅力的な生徒ですからね」
すると、直塚は言う。
声をふるわずように、犯してしまった過ちを悔いる様に。
「……そんな事、無いってわかってたんです」
この言葉は以外だった。
私としては、一花ちゃんが結婚して、セックスを常態化しているといった、いうなれば『人妻』、女子生徒としての新芽の様な瑞々しさと、許容のある母性を持つ妻という魅力を同居させている。
本来なら、静かに眠っている性の衝動に目覚めてしまった。いうなれば寝た子を起こしたか?
しかし、彼の言い分は違っていた。
「きっと、私は、あの女子生徒が未熟なまま、思慮無に、ただの勢いで結婚してしまった事を教えてあげないといけないのです」
おかしな言い分だ、と私は思う。
どうして、このような思考に陥ったのか?
性に未熟な、男性の妄想なのだろうか?
そう思ったときだ、直塚教諭の言葉に私は、耳を疑い、そして、戦慄する。
「私はただ、教師として正しい事をしたかった」
続けて、饒舌に述べる。
「あいつが教えてくれたんだ、一花は無理をしてる、苦しがってると、じゃあ私が助けないと、そうでしょ? 私ならきちんと愛を教えてあげられる、そのための教育を受けてきたんだ」
急に荒ぶる直塚教諭は、すがる様に私を見ていた。
ああ、これは自分の外に責任を見出す者の目だ。
私は、この時確信する。
こいつを唆した誰かの存在。
この事件、事象について、自分が思っているより労力と時間がかかるだろうと、それだけは確信を持てた。
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