第26話 タコさんウインナーと新型保温弁当箱 【一樹】

 その日、僕はいつも通り、お昼、お弁当を一花と食べようと、いつもの中庭に来ていた。


 ちょっと端の方にあるベンチ。


 校舎に挟まれてるこの場所は、この時間だと、日差しと風の具合が割と過ごし易い場所だ。


 どういうわけか僕らが使うので、みんな遠慮でもしているのか、中途半端な時間に来ても、このベンチ、空いていることが多い。


 それにしても…


 あの日以来、直塚先生がいなくなったなあと。


 特に困ることでもないけど、むしろ鬱陶しくて、いなくなくていいなって思ってしまってるけど。


 でも、まあ、あの先生がいなくなったってのも、僕たちは当事者なわけで、心配というより行く末が気になってしまったので、白井先生に尋ねてみると、なんでも、研修施設への出張に行ってるそうで、当分帰って来ないんだそうだ。


 その間の僕ら一年生の体育は、3年生の先生が受け持つのだとか。


 早速、今日の3時間目に、体育があったんだけど、普通に当たり前の体育の先生で、特に問題もなかった。というか、直塚先生に問題がありすぎたって気もしないでもない。


 で、今、こうして一花を待ちぼうけてるんだけど、なかなか来ない。


 今日は無理な日かなあ……、なんて思ってると、一花からのショートメールが僕のスマホに届く、そっか今日は一緒に食べるのはダメな日かあ。ってガッカリする僕の前に、


 「こんにちわ」


 って声をかけてくる女子がいる。


 「いい天気ですね」


 と上品に、微笑んで僕を見てる。


 えーっと、確か……


 「綾小路 瑞穂ですわ」


 と言われて、ああ、そうだ、思い出した。


 「ああ、綾小路さん、こんにちわ」


 なんて、とってつけたようなあいさつをしてしまった。


 こうして、僕は昼には一花と一緒にお弁当しようとして待たされることが多いんだけど、そんな折、時たま声をかけてくるのが綾小路さんなんだよね。


 ちょっと切長の細い目はまるで日本人形いたいな綺麗な人。


 一花も華奢な方だけど、綾小路さんは、それ以上に線が細い感じがする。艶やかな黒髪も綺麗な人だよ。


 「一花さん、今日は先生に連れていかれてしまいましたわ」


 鈴が鳴るような声で僕に教えてくれる。


 うん、それ今さっき知った。


 でもって、もう昼休みも半分終わってるから、今更教室帰ってお弁当を食べるのもなんだなあ、って思うから、お弁当はここで食べてゆこうって決める。


 「また、ここでお弁当を食べるんですが?」


 時間もないのでいそいそとお弁当を広げ出す僕に、綾小路さんは聞いてくるから、


 「うん、もう時間もないしね」


 「ご一緒してもよろしいですか?」


 もちろん、断る理由もないし、このベンチ僕のものってこともないから、


 「ええ、どうぞ」


 って言ったら、綾小路さんは僕の隣に、座るいつもは一花が座る場所にストンと腰をおろして、片手に持っていたポーチから可愛らしいお弁当箱を出して、一回僕を見た。


 これで3回目かなあ、綾小路さんと一緒にお弁当するのは、前回も、前々回も一花が遅れて、こんな形になったんだよなあ。


 で、僕としても、一緒にお弁当を食べるくらいはいいか、って思うので二人して、無言でお弁当を食べてる。


 おしゃべりはするよ、本当にたわいのないこと。


 それに、綾小路さん、僕のお弁当に興味津々でさ、タコさんウインナーとか見て、


 「蛸ですか?」


 って聞いてきて、


 「タコさんウインナーーですよ」


 って言うと、


 「蛸で作られたウインナーなのですか?」


 「いえ、ウインナーで作ったタコです」


 って答えたら、綾小路さん、混乱してしまったようで、でも、彼女上品な人なので、それ以上、しつこく聞くこともしないで、納得いかないって顔してるから、


 「よかったら、一つどうぞ」


 って爪楊枝で刺して、彼女お弁当に乗っけってあげた。


 「よろしいのですか?」


 っていつもは細い切長の目をまんまるくして聞いてくるから、


 「ええ、よかったらですけど」


 って言ったら、すぐに食べてくれた。


 で、


 「ウインナーみたいな味がします」


 って、輝く笑顔でいわれたよ、お嬢様の圧力がすごいけど、可愛らしい女性だなあと、感想をくれたよ。こんなことに感動しているみたいで面白くて、でも笑ったら悪いよね。


 「これは毎日召し上がっているのですか?」


 なんて聞いてくるので、


 「そうですね、ほぼ毎日ですね」


 「かなり技巧に時間がかかるのでしょうね……」


 なんて、言ってくるから、


 「いえ、それほどでも……、それに、毎日でもなくて、週一で、うちのお弁当にはカレーの日があるので」


 そう言ったら、もう綾小路さん、興味津々な、まん丸の目が、僕の方を見て輝いてる。


 「お弁当にカレーを持ってくるのですか?」


 そう言ってから、


 「大変ではありませんか? 密封の問題とか、漏れませんか?」


 すごく心配そうに言ってくるから、


 「いえ、大丈夫です、うちの場合、カレーの日は、手抜きな日でもあるくらい簡単なんですよ」


 「まあ、そうなんですか? 手抜きとはどのようなものなのでしょう? 浅学な私に教えていただけませんか?」


 いやいや、こんな事で真剣に訪ねられてもなあ。


 でも、本当に真摯に訴えかけてくるから、僕は自分の弁当箱を見せて、


 「これ、一応、コンパクトですけど保温弁当箱なんです、最新型なんです」


 すると本当に、綾小路さんは、僕の手から僕の弁箱を取って、自分の手で持ち上げて、いろいろな角度で余すことなく僕の弁当箱を見て、


 「まあ、ほんどうですね、よくできています」


 見た目に普通の弁当箱さからね、でも、しっかり見ると、アルミナ性の薄くても二重になってる保温弁当箱ってわかるよ。材質は全然ちがうからね。


 結構高かったんだけどね、何年も使えるしっかりしたものを買ったんだよ。一花のものは色違いで、黄色。僕は紫。


 なにがすごいかって、この保温弁当箱、6時間は炊き立てな温度を保ってくれるんだ。高かったけど。


 そして、関心する綾小路さんは僕にお弁当箱を返してくれる。


 「で、この弁当箱にご飯だけ詰めて、一緒にレトルトのカレーを持ってきて、このご飯にかけるんです」


 もうね、その時の綾小路さんの顔がね、『その発想は無かった!』って表情がしゃべってしまうくらいの顔なんだよね。


 そして、


 「私もやってみたいです」


 っていうから、


 「じゃあ、保温お弁当箱じゃないとダメですね、冷たくなった硬いご飯にはさすがにカレーは合わない」


 ちなみに、その時のレトルトのカレーも保温パックに入れて、熱々のままなんだ。


 結構、やってる人は多いよ、って言おうとしたら、


 「買います」


 って真剣顔な顔して綾小路さんは言うんだよね。


 こんなことくらいなのに、すごい真剣な顔の綾小路さん。


 内容はともかく、僕の目をまっすぐに見て、力のある声でいうから、ちょっとびっくりしてしまう。告白されてる気分だよ。


 もちろん、気品あふれる上品な綾小路さんは、男子に告白なんてしなさそうだけどさ、される側の立場だよね。


 なんて返事をかえしていいのか、その強い視線は未だ僕の瞳をとらえていてなかなか逃がしてはくれなさそう。


 でも、チャイムが鳴る。


 授業開始の5分前のチャイム。


 僕らはとっくに食べ終わっていたお弁当を互いにかたずけていた。


 急がないとね、授業に遅れちゃうから、って立ち上がろうとして、「じゃあ」みたいなことを言い始めたときに、


 綾小路さんは言ったんだ。


 とても短い会話。


 でも、その返答には、すぐには答えられなかったんだ。


 


 


 



 


 

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