第7話 どうして涙?

 綺麗な夕日。


 気がついたら私、神社にいた。


 あの、一樹と優のキスシーン。


 その時、私の中に噴出した感情は、悲しみとか、ショック、とか怒りなんてものは微塵も無かった。


 ただただ思うの、心の奥底から吹き上げて来る感情は、というか意識は、ともかく二人を引き離さないと。心理とから気持ちの問題じゃなくて、今、ここにいるキスしているって現状に対して、物理的に引き離さないと、って揺ぎ無い鉄の意識が私を支配していたの。


 もう、ベリって剥がして、一樹は家に持って帰るって、それだけ考えていた。


 気が付いたら、私、一樹の腕を抱え込んで、教室を出て、そして、これまた気が付いたら、この神社にいた。


 二方神社。


 昔は良くここで遊んだ。町の中心にある小高い小さな山というか丘のてっぺんにある、昔は宮司さんもいたけど、今はお祭りでもないと誰もいない無人の神社。


 川と小魚を祭ってるんだそうだ。


 あの頃と全く変わってない。


 通学路途中にあったけど、まったく来ることなかった場所。


 いやあ、懐かしい……


 それはさておき、自分でもどうしてこんなところに来てしまったのか皆目見当がつかない中、やっぱり、妻として聞きたいから、とういうかともかく事情を話してもらいたいから。


 私は強引に連れてきた、未だに腕を硬くホールとしている一樹に、向かって、振り返って聞いたの。


 「どうして?」


 これも思いがけず出てしまった言葉。


 ああ、ここで今、私、パニッくってきたの。


 今ね、私に、足がガクガクしてる。


 頭は冷静を装ってっも、体も感情も、そこから出る言葉もだいぶポンコツになってる。


 でも、普通に出せた言葉で、あんな状況だったから、普通に答えられる。


 「いや、本当にはずみっていうか、一樹の唇がなんか、こう、なんだろうあ?」


 って答えたのは、優だった。


 そう、私が一樹の腕をつかんでいたように、優もまた、一樹の腕を持っていた。だからついてきた。引きはがしてなかったよ、未だにくっついてたよ。


 そして、当の一樹本人は、まるで心ここに在らず、って感じでボーっとしてるの。


 思わず頬をペッシって、そんな強くも無く、両手で包む様に叩いて、顔を強引に私の方へ向かわせる。


 「あ、ああ、一花、おかえり」


 とか、変な事を言いだす。


 だめだわ、これ、一樹が自分を見失ってる。


 本気で、理解不能包まれてるに。


 で、ここえ漸く私、怒りが入りだすの。


 なんでキスしてるかな?


 ちょっと待ってたら私が来たのに!!!


 そういう問題じゃないわ。代わりに私がキスすればよかったのに、ってそんな気持ちになってる私が変になってる。


 ああ、まだ感情がバグってる。


 そしたら、優が、


 「本当に、好きとかじゃないから」


 って一樹の腕をその長い両手で持ったまま、一樹の頭の上から言って来る。


 くそう、背が高いなあ、スラリとした筋肉女子だなあ…、イケメンめ!


 なんて思う私に、


 「本当に、本当に、出来心だったんだんだ、いや、違うかな、ちょっとしてみたかった? いや、それも違うな、そうだ、なんかキスするにはちょうどいい場所にあったから、本当にそれだけ、お前の旦那に特別な感情なんて持ってないからな」


 って強くいう。


 言うけど、キスしてたじゃん。そんな言い訳で、私の怒りが収まると思ってるの?


 本当に一樹も一樹だよ、黙ってキスされてるんじゃないわよ。


 そんなに私の一樹は魅力的なの?


 モテるの?


 えへへ、それはそれで嬉しいけどさ。


 いやいや、そんな事を考えてる場合じゃないのよ、今は夫婦の、夫の貞操の危機なのよ。


 「私はあんたの妻だからね」


 当たり前で真っすぐな事言っちゃう。なんか言わないと収まらない気持ちになってる。


 「う、うん」


 ってすぐにうなずいてくれる一樹。嬉しい。よかったよ。私の夫は一樹だよ。躊躇されたり、否定されたら、泣いちゃううところだったよ。


 ちゃんと私を選んでくれてるよ。


 うれしい。


 でもすぐに、


 「じゃあ、なんで優とキスしてたの?」


 うわ、私、今、思うのと同時に声に出してた。


 「いや、本当に気が付いたら、キスしてた」


 とかいう。


 いや、いくらなんでも気が付いたれって…


 「ダッキングの応用で、キスに入った、だから一樹には避けられなかったと思う」


 優の言葉に、そっか、そんなボクシングのテクで、キスされたら、普通の人な一樹は避けられないよ。ここ、納得するところかな? いいのかな? それで? 感情は治まるかな?


 私はもう一度、しつこいようだけど、なんで一樹にキスしたのよ?って聞こうとして、口を開いたら、嗚咽が出たわ。


 「な、な、な……ん……で…か、一樹に……」


 どうした私、嗚咽で言葉が出てこない、でさ、急に頬を温かいものが走るのさ。


 気が付いたらボロボロ泣いてる私がいる。


 「あれ?  あれ? あれれ?」


 こんなのおかしいから、私、泣くつもりなんてなかったら!


 って、私に触れようとする一樹の手を払ってしまう。


 いやあ、本当にどうしたんだろ、私、一樹が浮気しないの、他の女子にうつつを抜かさないの、誰よりも知ってたはずだし、信じてるのは今でも変わらないはずなのに、本当に気が付いたら、ワーワーと声を上げて泣いてた。


 一樹の前をともかく、優の前で泣きわめくなんてみっともない。って恥ずかしって心は思うのだけれども、でもね、気持ちいいって、感じるのも確かなんだ。


 こうね、バグりまくる感情や、未だにパニックを起こしてる体がリセットされて、整えられていく感じ。


 泣くことって気持ちのいいことだって、この時初めて気が付いたの。


 二人してなにか言ってるし、ハンカチを顔に押し付けてくるけど、ほっといてよ、もう!


 歪んでる視界に、綺麗な夕日が入って来る。


 特に悲しくもないけど、また泣けてくるの。


 遠赤外線って目に滲みるのね…………。 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る