いぬの散歩のチュートリアル

@tk2to

チュートリアル

 友人がつらそうにしていたら、そりゃあ話くらい聞くでしょう。そしたら新発売のゲームにドハマりして寝不足だというので、心配して損したと思いながら放置しようとした――ら、そのゲームを押し付けられた。わけが分からない。


「面白さにハマってるんじゃなくて、難しくてハマってるんだよ」

「だからって押し付けられても」


 別にゲームは得意じゃない。少なくともこの友人の方がよほど上手いはずだ。

 でも結局、すぐに引き受けることになった。だってそれ、犬を散歩させるゲームだっていうから。気付いた時にはもう『任せとけ』と答えた後だったのだ。


 この時は全く知らなかったが、2日ほど前に発売されたこのゲームの評判は『ハイクオリティな無理ゲー』『理不尽』『少しは説明をくれ』などと言うものだったらしい。

 ――事前にそう聞いてたら断ってたかも。



 ゲームを起動し、『はじめから』を選んだ。

 画面に映し出されたのは住宅地の一軒家。散歩の準備を整えた人物が一人と、足下には小型犬。その背後で玄関のドアが閉まりつつ、『それじゃあよろしくね』と一声。


 あ、もう操作できる。この人がプレイヤーの操る主人公なんだね。犬は足下にオスワリしてハスハスしている。可愛い。


 …………いやいや待ってよ、もうちょっと何か説明は? 散歩を任されたのはまぁ分かるけど、コースとか時間とか決まってないのだろうか――あ、画面の隅で残り時間が減っている。それにしたって情報が無さすぎるけれど。

 これは家に戻って飼い主を問い詰めるべきか。そう思って戻ろうとすると、犬が抵抗して青いエフェクトが表示された。

 あぁ、そりゃお散歩に出た途端に戻ろうとしたら悲しくもなるね、ごめんごめん。たぶんご機嫌的なものが低下したんだろう。仕方がないので飼い主をしめるのは諦めた。ゲームの趣旨とも違いそうだし。


 でも出発は少し待ってね。

 主人公を犬の近くに寄せると『しゃがむ』コマンドがでてきて、選ぶと画面が切り替わった。

 ………………な、なかなかやるじゃないか3Dデータの割には。想像していたより柔らかそうな質感だ。引いた画面では小型犬としか分かりにくかったけど、どうやらチワワ系。

 そっと手を差し出す。それほど警戒されずにぺろりと舐められた。顎、耳の下、額とくすぐっても嫌がられはしない。どうやら初対面ではない設定のようだ。

 赤と青のエフェクトが同時に表示される。ゲーム的に読み解くと、撫でられて好感度は上がったけど待たされてご機嫌度が下がったみたいな。

 でも大事なことだからもうちょっとだけ我慢して、ね?


 脚に手を伸ばすと流石に嫌がられたので触れずに観察する。爪は伸びていない。よく手入れされている。

 最後に背中をひとなで。全体に毛艶も良く、体調も悪くはなさそうで安心した。どうやらちゃんとした飼い主みたいだ。

 よし、そろそろ出かけようかと立ち上がると――画面端に新しく棒グラフのようなものが追加されている。色分けされてるから、好感度やご機嫌度の現在値かな? ふむふむ親切じゃないか。


 それじゃ今度こそ、しゅっぱーつ!

 


「あれ面白いね、一気に2面までクリアしちゃったよ」

「はい??」


 翌日友人に報告すると、信じられないという顔であのゲームの評判を聞かされた。端的にいって非常に悪い。説明不足・情報封鎖・バランス崩壊と叩かれているようだ。

 そんなものを人に勧めんなよと思いつつ、それとは別に、私はびっくりしてしまった。


「え、どこが? そりゃチワワのチュートリアルは戸惑ったけど、1面のコリーでルールは大体分かったから2面のゴールデンは楽しいお散歩だったけど」

「待って待って待って」


 友人もびっくりしてしまった。なんだか話が食い違っているので落ち着いてすり合わせをする。


 まず、画面端の棒グラフみたいなパラメーター。そんな機能があることを友人は知らなかった。他の人のプレイ動画などでも見かけないらしい。

 気分のような何かが下がり過ぎるとゲームオーバーになることは嫌というほど知られていたけれど、それは非表示のマスクドデータだったというのだ。だからプレイヤーにとっては何だか分からない内にいきなり失敗判定になったりするのだと。


「それが見えないせいで理不尽って叩かれてるんだよ、表示できるだけで革命だよ」

「ゲームオーバーなんてあったんだ」

「え、まさかノーデス?」

「たぶん?」


 友人によるとはっきりゲームオーバーと出るらしい。なら今のところ見たことないな。


「パラメーター、何したら表示されたか分かる?」

「別に何もしてな――」

「何かやった奴はみんなそう言う」

「………散歩の出発前に犬の様子をよく確認した時、かな」


 でもそんなこと誰だってやるでしょ? ゲーム内の設定(主人公くんにとって)はともかく、プレイヤーからすればはじめましてなワンコなんだから。

 ところが友人は――そしてプレイ動画を上げている人達も――健康チェックをないがしろにしていたらしい。

 私は激怒した。必ず、無知蒙昧にタイムばかりを競うプレイヤーどもを粉砕せねばならぬと決意した。というのはさすがに冗談だけど、こっちとしてはゲームを有利に進めるために取った行動じゃないからなぁ。


 なお世間では、小型犬チワワがLv.1で中型犬コリーがLv.2と呼ばれているらしい。確かにチュートリアルってほどの説明は無かったからその呼び方に合わせようかな。

 Lv.3のゴールデンレトリーバーをクリアしたのは、友人の知る限りではまだ私だけなんだとか。


「全プレイヤーの先頭を走ってたりして」


 流石にそんなわけないと思う。



 Lv.4は超大型といわれるピレニーズ辺りがくるかと思いきや、大変フリーダムな性格の和犬だった。実際にしっかり難易度も上がっていて柴生える。

 そしてLv.5からは犬の数が増えた。同時にキャラクターカスタム(お金を消費して腕力・足の速さ・体力などを鍛える)が解放されたり次に遊ぶステージを選べるようになったりしたので、案外まだまだチュートリアルの最中なのかも知れない。


 犬の数が増えるのは単純にやることが増えて忙しいが、大きさや性格や年齢の違いで適正スピードが不揃いになるのは実に悩まされた。正直、ゲームでなければ1匹ずつ複数回に分けて散歩した方が楽な位だ。

 いやまぁ、現実ではやらないだけに楽しませてもらったけれど。多頭飼いには夢がある。


 そしてしばらく順調に進めていくと、あからさまに高難易度みたいな演出がついたお散歩クエストが2つ解放されたのだが……

 私はここで詰まった。何度もゲームオーバーになった。


 片方はとにかく数が多いパターン。今、友人に応援してもらいながら挑んでいる。


「あぁシバタがストレス溜めちゃってる、でもマユゲはおじいちゃんだから休ませたいし、スコシは吠えまくるし、穏やかなチョビがほんと癒やし……」

「すごい喋るじゃん」


 ちなみにこのゲーム、文字や台詞が極端に少ない。犬の名前も全く分からないので呼び分けは勝手なあだ名である。


「ところでパラメーター表示なくない?」


 横から覗いている友人が訊ねてきたので、表示切替の操作をして一時的に棒グラフを出してみた。やりづらいからすぐに消すけど。


「この数だと画面が半分アレで埋まるから非表示設定にしてる」

「うわぁ。でもなんでこれでちゃんとお世話できるわけ?」

「グラフィックが良く出来てるから」

 

 犬の様子をよく見ろ、としか。あんな棒グラフよりずっと雄弁だから。最近は簡単なお散歩で遊ぶ時も非表示だし、何より現実にあんなグラフは無い。

 要は慣れだと思う。


「よーっしクリアー!」

「お疲れ。にしても余裕じゃん、犬の満足度まで高いし。一人でもクリアできたでしょ?」

「それは……」


 確かに今日の結果だけ見れば余裕に見えただろう。でも実際に何度もゲームオーバーになっている。だって……この子たち、みんな痩せてて健康状態も良くないもんだから。


「無理。犬がつらい目にあうのは無理……」

「横で応援しててもそれは一緒だけど」


 多頭飼育で面倒をみきれなくなったダメ飼い主なのか、里親募集系のNPOとかなのか、そういった背景は一切語られない。でも決して幸せそうではないその場所に連れ戻らなければクリアにはならなくて、それが出来ずに詰まっていたのである。


「つまり、落ち込んでしまわないための賑やかし要員」

「言い方!」


 いやいや本当に必要だったんだって。

 もうひとつの高難易度は物理的に手を借りることになるし。



 多頭同時お散歩と並ぶもうひとつの高難易度お散歩クエストで壁になるのは、数ではなく個の力。ゲーム内に名前が表示されるわけではないけれど、その厄介な1頭を呼ぶべきあだ名は決まりきっていた。

 肩の高さは人間の腰を越える90cm、体重はちゃんと計れないけど60kg以上、灰色の全身は犬のようで、しかし鼻面から目にかけての骨格ははっきりと異なっている。

 縄ではなく鎖で繋がれ、なお人間に対する凶暴な敵意をみなぎらせる、伝説のネブラスカオオカミ。かのシートン博士を苦しめた狼王おおかみおうロボがモチーフなのは明らかだ。

 ……それを、お散歩させないといけない。


「これまでと別ゲー過ぎない!?」

「だから操作は任せたんだよ」


 悲鳴を上げながらモンスターと向き合う……もとい、狼と戯れる友人の横から画面を覗き込む。片時も目は離せない。


 ちなみに他のステージだと、犬が噛みつき行動に出た時点でほぼゲームオーバーが確定するほど大きな減点になるのだが、ロボにその縛りはなかった。避ければセーフである。

 避けられないと死ぬんだけど。

 ちなみに一度やられたら、キャラクターカスタムに『よろめき防止』やら『回避速度』やらの項目が追加されていた。やっぱり狩りゲーかも知れない。


 ロボの攻撃性を鎮める方向ではかなり頑張ったつもりだが、彼の敵意が下がることは一度たりとも無かった。なので友人にハイスピードアクションをやってもらっている。走り回ったり野生の牛を(自主的に)狩らせたりすることでストレス的な値が下がることは分かったので、それでどうにかご満足頂けないかと。


 なお、ロボのお散歩にはくせっ毛でおヒゲの紳士が必ずついてくる。彼は手帳にメモやスケッチをするのに夢中ですぐ自衛を忘れるので、主人公が逐一警告して距離を取らせないとすぐロボにやられる。その場合ももちろんゲームオーバーだ。大人しくしててシートン先生(あだ名)……。


 ――と、しばらく表面上は大人しく歩いていたロボが新たな動きを見せた。

 尻尾を大きく回す。後方の臭いを前に持ってきて、振り返らずに後方を警戒するための動き。

 せわしなく個別に動いていた耳が方向を揃えて、並走している主人公を向く。立体的に距離感を測られた。

 しかし顔は進行方向を向いたまま。敵意を隠す振る舞い。

 すぐさま友人に警告する。


「体当たり!」

「あいさ!」


 瞬間、ロボは身体の側面でぶつかってきた。これを食らったらしばらく動けなくなり、そのまま脚を噛まれて引き倒され、前脚で抑え込まれてゲームオーバーとなる流れ。友人は素晴らしい反応でロボの後方へと身を投げ、ぶちかましを回避する。

 距離を取る方向へ逃げると追尾してきたりフェイントをかけられたりするので、逆に踏み込んですれ違うような角度へ逃げ込んだのだ。それは完璧に狙い通りだった――が。


 べしっと軽い音で主人公の身体が転がされ、すぐにロボの大顎が眼前に迫った。

 ぐしゃっという音と共にゲームオーバー。おおう……。


「なんでぇ!?」

「尻尾で薙ぎ倒された、というか脚を刈られたね。どんだけ頭いいんだ……」


 冷静に分析しつつ、内心は友人と一緒に頭を抱えている。もう何度目の失敗だろう。

 弁護しておくと、友人の操作は私よりずっと上手い。問題はロボの手強さだ。


 これまでのステージでも、犬のAIはこの上なく優秀だった。しかも主人公のことをちゃんと認識しているようで、ゲームオーバーになっても再チャレンジを繰り返していくと段々親密になって難易度が下がっていく。

 ――正確には、それはちゃんと好感度を稼げるプレーヤーの話で、犬に嫌われてゲームオーバーになった場合はリトライ(好感度の増減を引き継ぐ)するほど難しくなっていくらしいが。


 一方、ロボから主人公への好感度はゼロかマイナスで固定されている。画面に見える限りでは上がりも下がりもしていない。

 なら引き継ぐ要素は無いかというと……無ければ良かったのに。

 ロボはこちらの回避からクセを見出して学習している。フェイントや尻尾での足払いなんてアクション、最初は無かったはずだ。

 しかも、好感度ならリセット(これまでの挑戦を引き継がずゼロからスタート)もできるのに対し、この学習度はそれもできないようだ。全く狼王の名に恥じない。


 どうしたら勝てるだろう。負けっぱなしで終わりたくはない。でももうろくな対策が思いつかなくて、とうとうぽつりと零す。


「………………仕方ない、かなぁ」


 元々私のワガママで、あるアイテムを使わずに挑んでもらっていたのだ。気は進まないけど友人に申し訳ないのも事実である。

 友人は目を輝かせた。


「やっと!?」

「本当は嫌だけど、安全確保は飼い主の義務だし」

「ならもっと早く解禁して欲しかったんだけど」

「ロボが窮屈がるから」

「まぁまぁ。でもこれなら勝ち目が見えてくるでしょ」


 流石にね。これまでの死因にはほとんど噛みつきが絡んでるから、口輪くちわを嵌めてしまえば大分変わるだろうと思う。


 ……ちなみに、口輪を嵌めて最初のチャレンジでは油断したシートン先生が近付き過ぎたせいで反撃に遭いゲームオーバー。

 2度目では口輪をぶつけてくる攻撃(もちろん初めて見るもの)でゲームオーバー。

 3度目はそれをフェイントに使われて無駄な回避行動をとってしまいゲームオーバー。

 ………………。


「これ前より凶暴になってない!?」

「窮屈がるよって言ったじゃん」

「そういう意味だったの!? もおおおコイツ頭良すぎいぃぃ!!」

「凶暴にはなっても噛みつきがなくなればと思ったんだけどね……」


 即座に武器として活用してくるなんて予想できるわけない。


「外した方がマシかな?」

「あー……うん。前の方がまだなんとかなってた気がする」

「そうだよね」


 出発前の準備段階(ここでも油断すると死ぬ)で、そっと口輪を外す。すると……


「あ」

「え、今のエフェクト何? 赤は好感度だよね」

「黄色はね、あんまり見ないから多分だけど、順位付けなんだと思う」


 平たく言えば、ロボから下位認定を受けたのだ。同時に好感度が僅かにあがった。『やれやれ仕方ないヤツだ』的な感じ? とうとう報われたようだ。

 なのに友人には伝わっていなかった。


「やったぁ……嬉しいね」

「え、なんで感動してんの」

「え、なんで感動してないの」


 あのね、順位っていうのは群れパックの中でつけるものなんだよ。だからお散歩の時しか関わらない主人公くんは黄色エフェクトに出会いにくいんだ。基本的には群れの外からくるお客さんとかお友達、あるいは外敵として扱われるんだろう。

 それが今、ロボの嫌がった口輪を外してやったことと、これまで諦めずに向き合ってきたことで、一定程度は認めてくれたのだ。

 初めてロボの方から鼻を擦り付けてきた。撫で返すのを受け入れてくれた。これが感動せずにいられようか。


 直後、横から見ていたシートン先生(あだ名)も混ざろうとしてお亡くなりに。なんで人間のNPCはちっとも学習しないのさ。



 それから数度のリトライを経て、とうとうロボのお散歩を完遂した。


「お疲れ……」

「おつ……」


 完徹でへろへろだが、心地良い達成感と共にクリアムービーを眺める。あっ画面下に出てくるワンコ達のシルエット、これ今の好感度順に並んでるっぽい。にくいなぁこういう演出……ぽつんと離れてるロボを他の皆と合流させたくなるじゃないか。

 私も自分でクリアできるように頑張ろう。というかまずは自分でも買おう。


 そんなことを決意していると、ほんわか優しい雰囲気のムービーとスタッフロールが終わり――ピロン、と。画面の隅にシステムメッセージが表示された。トロフィーとか実績とか呼ばれるアレだ。

 金銀銅に分かれたトロフィーの内、今回獲得したのはなんと、銅。

 そのタイトルは……


『Hello world:チュートリアルをクリアした』




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