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 切り立った崖の上に居を構えるヴァーンストル城は幾つもの篝火かがりびにより、怪しく夜にその姿を浮かび上がらせていた。四頭の馬は一列に並び、勢い良く斜面を駆け上がる。その内、先頭から二頭目の上で抱えられたままずっと揺すられ続けていたものだから、チェルはいい加減吐いてやろうかと思う程度には衰弱していた。


「開門! 開門!」


 表門の前までやってくると先頭の兵士が大声を上げる。それを確認すると鎖同士が擦れ合う耳障りな音を響かせながら、丸太を組んで作られた巨大な門扉がずるずると倒れるようにして降ろされた。

 兵士たちは馬に乗ったまま城へと入り、何かの建物の前で馬から降りると、チェルは別の兵士の手へと渡され、彼らとはそこで別れた。


「こっちだ」


 言われなくても付いていくわよ、という声すら出す気力がない。両手を縛られ、そこから繋がった縄を強く引っ張られる。思わず転びそうになったが、そこまで運動神経は悪くない。

 一体どこに連れて行かれるのやら。

 建物に入ると薄暗い通路を進み、しばらくして足元のよく見えない階段を降りて行く。

 どれくらい下に行ったのだろう。

 空気がひんやりとして、頭に一度、水滴が落ちてきた。

 それまでは兵士の持つ松明だけが光源だったが、奥に一つ、いや二つ、篝火が焚かれていた。


「また連れてきたのか?」


 そこにはテーブルと椅子があり、奥の壁は鉄格子が嵌まっていた。牢屋だ。


「何だよこのちっこいのは。こんな娘じゃあ卿も楽しめんだろう」


 ずんぐりとした牢番の男はチェルを見るなり顔をしかめた。


「知らないさ。おれらは言われた通り、娘を運ぶだけ。それにこいつはいつもの案件じゃなく、何でも殺人犯だって話だぜ」

「この小娘が?」

「殺してないけど、あたし」

「お前に殺されるたぁ、どんなマヌケがいたんだよ」


 牢番はお腹を抱えて笑っている。チェルは何も面白くなかったから仏頂面を浮かべていたが、


「さっさと入れ」


 連れてきた兵士は紐を引っ張り、牢番が開けた入口までチェルを移動させると、その背をりつけて中へと押し込んだ。

 思い切り右側の頬を地面に打ち付けたが、それよりも物のようにして扱われたことの方がずっと痛かった。

 チェルは振り返り、その牢番と兵士の顔をよく見ておく。

 何やら二人はしばらく談笑していたが、賭け事のレートがどうとか、いつになったら昇格するのだとか、そろそろ結婚したいなとか、女の好みとか、チェルにとっては実にどうでもいい内容だったので、耳にそっと蓋をして、目を閉じた。

 オオカミ卿ことヴァーンストル侯爵が非公式に村の娘を攫わせ、その娘たちに対して何をしているのか、チェルは村の人たちの噂話でしかその内容を知らない。そもそもオオカミ卿が何故オオカミ卿と呼ばれるようになったのかも、全て彼らの伝聞だ。

 暴力と嗜虐しぎゃくを好み、自分にとって邪魔なものを排除して一介の野騎士からのし上がってきて、ようやく今の地位を手に入れたのだと聞いている。自分が出世する為なら平気で手を汚し、暗殺でも虐殺でも請け負い、対立する派閥の貴族の食事に毒を混ぜて皆殺しにしてしまったという逸話もあった。

 けれどそれらを実際に目にした者は誰もいないし、嫉妬やひがみ、恐怖心や憎悪からあることないこと尾ひれが付いて回るのは、当然のことだった。

 だからチェル自身、村の娘の何人かが失踪したという話を聞いても家出をしたり、山賊に襲われたり、道に迷ったり、そういう類の行方不明なのだと考えていた。

 今はそれが甘い考えだったとよく分かる。

 そして、魔除けの頭巾の効果も全くなかったことも、これで証明された。

 しくしく、しくしく、と水漏れのような声が響いている。

 チェルは一瞬自分が泣いているのかと勘違いしそうになったが、すぐにそうではないと理解した。

 体を起こし、暗闇がより深くなる方へと声を掛ける。


「あんたも捕まったの?」


 奥からはなすすりながら現れたのは、腰まである金髪を指先でくるくるとしながら酷い顔で泣いている女性だった。


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