第3話

「梁間くんは青とか紺とか寒色が好きみたいだけど、もしかして冷凍庫から生まれたの?」

「そうなると赤とか橙とかの暖色が好きな仁見さんはストーブから生まれたことになるけど」

「なるほど。すべての道はシャープに通ず、ってことね」

「いやパロマだろそこは」

 まだ誰も来ていない美術室で、僕たちはここ数日キャンバスを並べていなかった。一つの机を挟むように座り、その天板の上には一冊のノートが開かれている。仁見さんがいつもラフを描くときに使っているスケッチブックだ。

「ちょっと梁間くん、今は作品の話がしたいの。家電の話はいったん置いときましょ」

「理不尽極まりないけどここは黙っとくことにするよ」

「それはもう言ってるのと同じよ」

「日本人は行間を読みすぎるところがあるよね」

 つい普段と同じように雑談に興じてしまうが、彼女の言う通り、僕たちは作品の話をしなければならなかった。何故なら目の前のスケッチブックは話し合いを始めてからずっと白紙のままだからだ。

 僕と仁見さんは、先生に依頼された合作がっさくのアイデアがまったく出ていなかった。

「でも急にもう一作品追加なんて鬼畜過ぎない? コンテストまで時間もないのに」

「理由くらい教えてくれてもいいのにな」

「ほんとよ。いっつも適当なんだから」

 彼女の怒る理由もわかる。どうして急にもう一作品必要になったのか、と訊いても先生は「大人の事情ってやつだよ」の一点張りでそのまま「おや、会議の時間だ。それでは失敬」と美術室を出ていってしまったからだ。

 僕はあまり真相には興味のないタイプだからいいのだが、僕がそうなのだから彼女はきっと納得のいかないことばかりだろう。

「時間がないからこそ僕たちに頼んだんだろうけど」

 僕と仁見さんはひとつの作品を完成させるスピードが他の部員よりも速い。僕たちがみんなより早く美術室に来ているというのもあるが、それを差し引いても完成した作品数には大きな開きがあった。

 もちろん速ければいいわけでもないが、こういう場合にはうってつけだろう。

「……まあ、そうかもしれないけどさ」

 彼女は小さく鼻を鳴らす。やはりまだ納得できていないようだったが、その評価自体はまんざらでもなさそうだった。

「さて、じゃあ本題に戻ろうか」

「そうね。このままじゃ美術部のスピードスターの名が廃るわ」

「え、それ僕入ってないよね?」

「本題に戻りましょう」

 僕にそんなダサい二つ名がつけられている可能性を残したまま、仁見さんは鉛筆を握り直す。

 しかしいくら強く握っても彼女はその鉛筆を動かすことはせず、自分の不名誉な称号が気になって仕方ない僕は本題に集中できず、今日もまたスケッチブックは白紙のまま部活動が終了した。

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