第71話 取引 3
遅れました! 大大大遅刻です! すみません!
――――――
「ちょっと待って! アーサー!」
マナミからエレシュキガルの失踪の報告を受けたアーサー。直後彼はすぐに動き出し、闘技場を出た。リアムが何度も止めるも、彼の声は届かず。
「急に飛び出して、どこに行くつもりなんだい!」
「エレちゃんを探しに行く――――」
「行くって、どこにいるか分からないだろう!」
「………………」
アーサーに叫ぶリアム。だが、彼は無言で突き進む。一見冷静に見えるが、彼の背中は怒りで満ちていた。怒りでおなしくなっているだろうと思い、リアムはアーサーの腕を掴み、止める。
「………………」
アーサーが振り向き、目が合ったのはアイスブルーの瞳。刃のごとく鋭く光り、静かな憤怒に満ち溢れていた。いつになく冷酷な彼に、リアムは言葉を失い、思わず後ずさってしまう。
「――――リアム。一刻を争うんだ。止めないでくれ」
氷のように冷たい声だった。全てが凍り付きそうだった。圧倒されたリアムは彼から手を離し、そして、アーサーはまた1人歩き出す。護衛たちも困惑しながらも、ついていく。
「アーサー!」
背後から響いた彼女の声。振り向くと、鬼の形相のマナミが息を切らして叫んでいた。
「少しは冷静になりなさいよっ! 急ぐ気持ちは分かる! エレシュキガルの安否が気になるのも分かる! でも、闇雲に探したって意味がないわ!」
「…………魔王軍がエレちゃんを捕まえたとしたら、いる場所はあそこだ」
アーサーはすっと南へ指をさす。その方向には魔王軍支配地域があった。
これまでの事件のことを鑑みれば、魔王軍が犯人である可能性は高い。最近まで学園にいたシュレインが迷路脱出の魔法術式に工作し、エレシュキガルを強制転移させた………もし、それならエレシュキガルの命が危ない。
だからこそ、一刻も早く助けなければならないのに………。
だが、マナミは横に首を振った。
「冷静になりなさい、アーサー。おそらくではあるけれど………エレシュキガルは無事よ」
「………………なぜそう思う?」
「エレシュキガルを殺すためだけに攫ったのなら、魔王軍はエレシュキガルをさっさと殺して、死体を私たちに見せつけてるわ」
「………」
エレシュキガルがいない世界なんて、どうかしてしまいそうだ。狂ってしまう。エレシュキガルを殺すなんてことは絶対にさせない。させてなるものか。
エレシュキガルは生きているだろう。それは大丈夫だろう。
でも、シュレインが気まぐれで生かしているだけかもしれない。痛みつけているかもしれない。早く助けないと………。
大きくなっていく不安と焦燥――――アーサーは眉間に皺を寄せ、下唇を噛む。彼らしくない感情的な姿。そんな彼に、マナミははぁと大きなため息をついて、話を続けた。
「だから、冷静になりなさいって………あなたも分かるでしょ? 残虐非道な鬼姫シュレイン――彼女の性格上、エレシュキガルを手に入れた時点で殺している。今までだってそうだったでしょう」
「………」
「でも、何も公表してこないのは、交渉したいことがあるから。エレシュキガルを使って、何かしら要求してくるわ」
「つまりエレちゃんは………無事だと?」
「ええ。扱いはどうか分からないけど、殺されてもないし、今後も殺されないと思う……そのうち向こうから接触があるはず。それに魔王軍ではない可能性だってある」
確かに、エレシュキガルの誘拐は魔王軍の仕業だと確定したわけではない。調査もできていない中、魔王軍に乗り込むなど危険であり、間違っていれば戦争が悪化しかねない。
アーサーはマナミに諭され、ようやく冷静になり、一息つく。彼の瞳から鋭さは消えていた。
「マナミ、ありがとう」
「いいえ」
アーサーはリアムに向き直り、頭を下げた。
「きつく当たってしまってごめん、リアム」
「気にしないでください。恋人が攫われれば、取り乱すものですから」
ひとまず落ち着いたアーサー。彼らは一旦場所を移動し、学園の客間で話すことになった。アーサーたちはそれぞれソファに座り、現状の分析、今後の動きについて話し始める。学園長や軍のも同席していた。
「エレちゃんにはネックレスをつけてもらっている。それには彼女の位置を把握できるように、追跡魔法をかけている」
「………………」
マナミはアーサーの執着具合に一瞬ツッコミそうになったが、一旦スルー。口を挟まないまま、彼の話を聞いた。
「たとえ、エレシュキガルが世界の裏側に行ったとしても、正確に把握できる。もちろん、壊すこともできない………なのに、何も反応を感じない」
アーサーは自身につけていたネックレスを手に取る。それはエレシュキガルと全く同じもの。このネックレスを介して、エレシュキガルのネックレスの位置を把握できるようになっていた。
本来であれば、魔力を与えれば、エレシュキガルがいる方向へと光が指し示す。だが、今魔法を込めても、ただ静かに輝くだけだった。
「なら、ネックレスに魔力分断魔法をかけているかもしれないわね」
「ああ」
ネックレスが使えない今、他の手段でエレシュキガルを探すしかない。
「マナミは引き続き先生方と迷路脱出の術式解析をしてくれないかい」
「ええ、分かったわ。ブリジットは借りていくわね」
「ああ」
そうして、早速マナミとブリジットは部屋を退出。分析班の先生方のとことへ向かうのだろう。
「リリィ、ナナ」
「はっ」「はーい」
壁際で立って待機していたリリィとナナ。空気と同化していた彼女たちは、アーサーに呼ばれるとすぐに膝をついていた。
「君たちは国にエレシュキガルがいないか確認してくれ探してくれ。君たちの部下だけでは人数が足りないだろうから、軍からも要請を出しておく。監督は君たちに頼むよ」
「はっ」「りょうかーい!」
元気のよい返事をすると、2人は即座に姿を消した。
「アーサー、ちょっといいですか。試合中のエレシュキガルのことで少し気になることが」
そう話しかけてきたのはセレナ。リアムも同じようで、アーサーは取り敢えず2人の話を聞くことにした。
「試合中、エレシュキガルは『セト』という少年に出会っていたと思われますわ。私たちはその子の姿は見えなかったんですけど………」
「見えなかった?」
「ええ。どうやらエレシュキガルだけに見えていたようでして、『セト』に話しかける時は、しゃがみこんでいましたし、『迷子』とか話していましたので、おそらく相手は子どもかと」
「子どもね………」
エレシュキガルの誘拐前に出会った、マリアンヌを乗っ取っていた“彼”。もしかしたら、彼はその『セト』という少年とも繋がっていたのかもしれない………。
「リアム、セレナ。君たちは『セト』という少年について調べてくれるかい?」
「もちろんですわ」
「ぜひお任せください」
そうして、セレナとリアムが部屋から出て行こうとした時だった。
「失礼いたします!」
先ほど部屋を出たばかりのリリィ。突如扉を開けて入ってきた彼女はダッシュでアーサーの元へ走ってきた。彼女の手には1つの手紙があった。
「先ほど………届いた手紙だそうです。何もなければいいのですが、先に確認しておくべきかと思いまして………」
「………………」
リリィから受け取った一通の手紙。
白い便箋に赤の封蝋。なんの変哲もない手紙。
ただ正面には『エレシュキガルのフィアンセ――――アーサー・グレックスラッド様』と書かれていた。
引受押印はなし、しかも届いたのは今………。
アーサーは急いで怪しさ満載の手紙を開封。そこには1枚の紙が入っていた。
『取引をしよう、アーサー・グレックスラッド』
いきなりその一文で始まった手紙。文字は教科書のように美しく、まるで教養のある貴族が書いたよう。アーサーは困惑しながらも、続きを読む。
『エレシュキガルは我々が捕えた。安心しろ、身の保証はする』
敵の言葉など信用できない………が、次の文を見て、アーサーは一旦は信じることにした。しないと………正気でいられない。
『我々は身代金を要求する。明後日までに、100億リィル用意しろ。場所はグレックスラッド王国の城で構わない。できれば、婚約パーティをしてくれたあの部屋がいい。こちらも行きやすい』
途中から口語的になっていく文章。差出人は王城の間取り図を分かっているらしい。アーサーの警戒心はさらに高まる。
『用意できなければ、エレシュキガルは一生返さない。楽しみに待ってるぜ、王子様』
マリアンヌの体を乗っ取っていたあの男が書いたのだろう………しかし、その手紙に差出人の名前はなかった。
――――――
今日の18時頃に72話も更新します。よろしくお願いいたします。
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