第9話 本当の名前(アーサー視点)

 数日後、僕らは駐屯地から離れた山の上にいた。

 明日からは、今ある前線を押し上げる作戦を実行していく。

 そのため、僕らは出撃予定場所近くへと移動、この小山の頂上に来ていた。

 頂上には少し開けた場所があり、そこが拠点場所とされた。

 

 到着した僕らはテントを立てていく。 

 一方、エレシュキガルは敵に拠点を発見されることがないよう、拠点場所に結界魔法を展開していた。

 

 そう。

 エレシュキガルには結界魔法を使うことができる。

 普通の人は結界魔法というと、魔法陣が必要になる。結界を張る広さや結界の種類によって、魔法陣を書かなければならない。

 だが、エレシュキガルとは魔法陣なしで結界魔法を使える。

 どんな結界であろうと、魔力量がある限り展開できる。

 

 エレシュキガルのお母様も使えたらしく、エレシュキガルは結界魔法はお母様に教えてもらったとか。


 なぜか使えるのはエレシュキガルと僕だけ。


 上官から明日の動きについて説明が受け、各自明日に備えて準備。

 その後は自由行動となり、エレシュキガルと話したいと思った僕は、彼女がいると思われるテントへ向かった。


 だが、姿が見当たらない。


 一体どこに行ったのだろう。

 きっと近くにいるのだろうけど……。

 

 と探していると、彼女の背中を発見。

 エレシュキガルはテントから少し離れた崖ギリギリのところに座り、魔王城を眺めていた。

 遠くにある魔王城はこちらの王城とは違って黒色。禍々しい雰囲気を漂わせていた。

 不気味な城だ。


 「エレシュキガル、こんな所にいたんだね」

 「ええ、ちょっと1人になりたくて」

 「あ。なら、僕はどっか行った方がいいね」

 

 その場を離れようとしたが、エレシュキガルは横に首を振る。


 「その必要はないわ。ルイはここにいて」

 「エレシュキガルが望むのなら」


 エレシュキガルに『いてほしい』なんて言われてしまった。

 嬉しい気持ちを抑えて、僕はエレシュキガルの右隣に座る。


 「ねぇ、エレシュキガル」

 「何?」


 名前を呼ぶと、エレシュキガルはこちらに顔を向ける。


 最初は、ただエレシュキガルと一緒にいたくて戦ってきた。

 エレシュキガルみたいに、死んだ誰かを思って戦う理由は僕になかったし、兄さんみたいになりたいという気持ちももう今はない。

 ただただエレシュキガルの近くに、隣にいたくて、僕は戦ってきた。


 でも、最近その考えはちょっと変わりつつある。


 「僕さ、この国を守りたい」


 ずっとエレシュキガルを見ていて気づいたこと。

 それは彼女の肩にはいつも力が入っていたこと。

 僕と2人きりになった時は少しだけ緩むこともあったけど、基本肩が上がっていた。


 それだけ、彼女はずっと緊張していた。


 戦場にいる以上、それは当たり前のこと。

 気の緩みが自分の生死を分けることもある。


 だとしても、エレシュキガルには肩の力を抜いてほしい。

 怖い顔をしないで、笑っていてほしい。

 …………これが自分勝手な願いなのは分かってる。

 エレシュキガルの使命が母上の仇であることも知ってる。


 「守りたいってどうやって?」

 「最初は魔王と交渉して、平和条約を結べないかなと考えてた」

 「…………」

 「でも、最近エレシュキガルの母上がなさろうとしていたことを知った。その結果は……」

 「ええ、ダメだった。あの魔王には話が通じない」

 「うん。だから、僕も戦う。魔王を倒して、この世界を平和にする」


 倒して、エレシュキガルが安心して暮らせるようにする。

 僕は平和な世界でエレシュキガルと生きたい。

 彼女がずっと笑顔でいられる世界にしたい。


 平和になれば、魔王がいなくなれば、きっとエレシュキガルは笑ってくれるだろうから。

 

 エレシュキガルは黙ったまま。何も言ってこない。

 でも、彼女の瞳はキラキラと輝いていた。


 「エレシュキガル?」


 何も言ってこないなんて……もしや呆れられただろうか。

 自分の考えがまとまったから、伝えておこうと思っていったけど、呆れられるぐらいなら言うべきじゃなかった。

 無反応のエレシュキガルに、僕は自分の発言に後悔していると。


 「ふふっ」

 

 隣から笑い声が聞こえてきた。

 あまり笑うことのないエレシュキガル。

 でも、目の前の彼女は笑みをこぼしていた。


 「ルイ、そんなこと考えていたのね。何も考えていないのかと思ってた」


 僕、そんな風に思われていたのか。


 「…………何も考えていないことはないよ」

 「ええ、分かってる。ルイはちゃんと考えてる。私よりもずっとね」

 

 そう言って、立ち上がるエレシュキガル。

 彼女の銀髪が風にあおられ、後ろへとなびく。

 頭後ろに1つに束ねられた銀色の髪は夕日に照らされ、キラキラと輝いていた。


 「今のルイ、とってもカッコいいわ」

 「えっ」

 「カッコいいわ」


 エレシュキガルは僕に笑いかけて、そう言ってきた。


 …………ず、ずるい。

 あまりにも不意打ちすぎる。


 エレシュキガルの微笑み+褒め言葉に、僕はノックアウト。

 おかしくなりそうになった僕は、はぁぁと深い息をする。

 

 ……全く。彼女は天然たらしなのではないだろうか。

 カッコいいのは君の方だと思うよ。


 顔を上げると、天使のようなエレシュキガルの微笑み。

 ああ……ここは天国だ。


 本当に君は可愛いよ、エレシュキガル。

 これは絶対彼女に惚れる男が出てくるよ。

 うう……でも、そんなのは嫌だ。彼女の隣は僕が座りたい。


 だけど、可憐なエレシュキガルに惚れる人物はきっと現れるんだろう。


 ああ、そうだ。

 いつかのエレシュキガルは、自分にはまだ婚約者はいないと言っていた。

 それなら、早く彼女に婚約を申し込まなければ……他の人に先を越されてしまう。

 それにこの前、僕はエレシュキガルと結婚しようと約束した。

 その約束には「魔王を倒したら……」という条件をつけてしまったけど、婚約するのはまた別だろう。


 うん、よし……この戦いが終わったら……。

 

 僕は立ち上がる。向かい風は強いが、力強く立った。


 「ねぇ、エレシュキガル」

 「なに、ルイ?」


 声をかけると、エレシュキガルは僕の名前を呼ぶ。

 だけど、その名前は偽り。本当の名前は違う。


 「明日頑張ろう。絶対に勝とう」

 「ええ、もちろん」


 この戦いが終わったら、本当の名前を言おう。

 そして、エレシュキガルに婚約を申し込むんだ。

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