第64話 立体迷路

「先輩、それどうしたんですか?」

「ん? これ?」


 その日も、私はセレナとギルとともにアーチェリーの練習にいそしんでいた。

 その最中、ギルが私のアーチェリーに指さして聞いてきた。私の弓が気になったようだ。


「これね、この前アーサー様に頂いたの。とっても可愛いでしょ」

「…………殿下、さすがですね」


 なぜか半眼でアーチェリーを見つめるギル。

 このアーチェリーは驚くほど手になじんでいる。今までずっと使ってきたかと思うぐらいに、だ。重さは今まで使っていたものと変わりないのだが、持っていても疲れが見られない。私に合っていた。


 そのことを話すと、ギルはさらに眉間に皺を寄せて睨みつけた。


「……………もしかして、ギルも欲しかった?」

「え?」

「欲しくて、私のアーチェリーを見ていたんでしょう?」


 そう問うと、ギルは面を食らったようにフリーズ。でも、すぐに笑顔に変わって。


「はい、エレ先輩からいただきたいです」


 蜂蜜色をこれでもかと輝かせて言ってきた。

 なるほど、そんなにマイアーチェリーが欲しかったの。


「分かった。私が買っ――――」

「私たち、3買いに行きましょうか。ギルバートさんに合うものを選ぶ」


 返事の途中で、お出かけを提案してくれたセレナ。

 約束を破ったお詫びとして、プレゼントしようと思ってたけど…………私が勝手に決めるのは、ギルが気に入ってくれる物を選べるとは限らない。


「指導者として、ギルバートさんのアーチェリーは私が支払いましょう」

「え、私も出します」


 セレナに全額払ってもらっては、約束破りのお詫びができない。


「では、半分ずつで分担いたしましょう。ギルバートさんもそれでよろしいですわね?」

「…………はい」

 

 セレナの提案は悪くないと思ったのだが、なぜかギルは不満そうにしていた。


 彼の様子が気になりはしたが、他の種目の練習があった私は少し早めに切り上げて、次の練習場所へと向かった。




 ★★★★★★★★




 アーチェリー訓練場から移動した先は、迷路脱出の練習場――――第1決闘場。

 学園敷地内の一番端に位置するそれは、コロシアムのような円形状の建物で、中央の舞台を囲むように、階段状の観客席が用意されていた。

 現在は迷路脱出の練習場となっているが、大星祭当日はメインの会場となる。訳あって、迷路脱出の練習場所はここに指定されていた。


「ティルダさん、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いしますっ、エレシュキガル様」


 うわ上がった声で挨拶を返してくれた丸眼鏡をかけた三つ編みの女の子。彼女の名前はティルダさん。私のクラスメイトであり、今回迷路脱出に一緒に出場する戦友である。

 彼女を含めた出場選手が、一足先に着いていたようで、私は一番最後に到着していた。


「ティルダさん、敬称や敬語でなくて構いませんよ」

「で、でも、私は男爵家の人間ですし、エレシュキガル様は公爵家の……」

「クラスメイトだから、大丈夫です。気軽にエレシュキガルと呼んでください………あ、長いと思いましたら、『エレ』だけでも構いませんので」

「では…………エレさん、で大丈夫でしょうか?」

「ええ、私もティルダと呼んでも?」

「もちろんですっ!」


 「よろしくね」と私が右手を差し出すと、彼女はにこっと笑みを浮かべ、私の手を握りしめて、興奮のあまりか激しく振っていた。


 ティルダに距離を置かれているかもと心配していたが、よかった。仲良くできそうだ。


 ティルダには少し臆病なところがあるが、集中すればマナミ様と並ぶほど秀才だと聞く。魔力量もあり、技術もすでに卒業レベルに達して、魔法省からスカウトされているとも噂も耳にしたことがある。


 図書館ではマナミ様と議論して熱くなっている所を見たことがあり、仲良くなってみたいなと思ってた。今回の練習で距離を縮めていきたい。


 ティルダの他にも男子2人、アルトくんとカーターくんが参加する。

 今日は私たちのクラスが迷路脱出の練習場を使用でき、私とティルダを含む出場者が集まって練習することになっていた。出場者ではないが、アーサー様も私とともに来る予定だった。


 でも、仕事が入ってしまって、これなくなっちゃったのよね。

 

 あの時のアーサー様は子犬のようにしょんぼり。リアムさんに連行されていったのを覚えている。


「迷路脱出は4人のグループに分けられ、予選を行います。決勝には予選で勝利した4人が参加でき、その決勝の勝者が優勝者となります。ゲーム自体の勝利条件は1番初めに魔法石を見つけ、触れることです。また、最初に迷路会場にはあの魔法石に触れることで自動的に転送されます」


 ティルダの説明を聞きながら、私たちは舞台中央へ歩いていく。


 観客席に囲まれる白の床のアリーナ中央には、1つの巨大な魔法石があった。

 七色の光を放つその魔法石は私たちよりも高さがあり、樹齢数千年ある大木の幹と張り合うくらい横にも大きい。


 その魔法石を眺めながら、続いていくティルダの説明に耳を傾ける。


「あの魔法石は学園創設時に作られたもので、創設した当時高難易度魔法を開発していたジョン・グレイソンが構築した高度な魔法術式が組み込まれています。とはいっても、彼のあとに続いて迷路脱出用魔法石を作りたいと希望する方が多く、現在存在する魔法石はあの1つだけではないのですが――」

「…………オタクモード発動してるぞ、ティルダ」


 アルト君が優しく指摘すると、ティルダは「ああ、すみません………」と焦りながら話を戻した。

 なんかアルト君、ティルダばかり見ているような気がするが…………気のせいだろうか。


「ともかく、あの魔法石に触れて迷路会場に移動します。本番まではどのような迷路か分かりません」

「なるほど」


 軍で森の中で訓練しただけはあり、生きてて迷子になったことはない。自信はある。

 それに飛行魔法以外の魔法を使ってもいいのなら、どうにでもなる。

 一番に宝石を見つけ出そう。


「もし、リタイアする場合には『エフギウム・コアクタス』と言ってください。強制的に離脱し――――」

「説明なげぇー!! 早く実践しようぜっ!!」


 しびれを切らしたのか、声を上げるいつでもハイテンションなカーター君。彼にせかされ、ティルダは高速で説明。

 ルールを話し終えると、各自準備をし、そして、巨大な魔法石に触れた。その瞬間、重低音とともに世界が一転。眩しい光とともにガラリと変わる。


 目を開けた先の世界。そこは真っ暗で、見えるのは文様のような青の光だけだった。至る所に文様があったが、動くものと動かないものがあった。


「ルーモス」


 光を灯すと、広がっていたのは石だらけの世界。

 光沢のある瑠璃の立方体が、『キンっ――』や『ピンっ――』などの透き通った高音を鳴らして、自動上下左右に、常に動いていた。唯一見えていた文様は立方体の石に刻まれていたもののようだった。


 即座に動くのは危ないと判断し、私は数秒観察。自分の立っている石以外が動くため、常に迷路の形が変わっていくことに気づいた。


「この迷路をクリアしろと………」


 どんなものになるのかと思ったけど、確かにこれは気が狂いそうだわ…………。


 まず、目指すべきゴールの位置が分からない。

 広大な迷路の中で1人となれば、おかしくなる人もいるだろう。


 見上げれば、いつの間にか移動していた石に塞がれていた。今は上には行けない。


 迷路って平面のイメージでいたけど、この立方体迷路の場合は恐らく違う。上下左右前後ろ四方八方にゴールがある。

 地獄にも思えてくるそんな迷路脱出だが、魔法使用は許可されている。


 だけど、一部の魔法しか使えない所がネックなのよね……………。


 魔法使用には制限があり、指定以外の魔法を使った時点で失格。自動で強制転送。

 また、試合続行不能になればリタイア。ティルダが説明した強制離脱もリタイア扱いだ。


 でも、魔法で石は壊せない。炎も氷も使って、使える攻撃魔法を全て使ったが、石には傷一つ付かなかった。 

 また、迷路自体が魔法陣で構築されたものであり、大量の魔力を消費している。つまり、魔法陣探知も魔力探知も使えない。


「つまり体力勝負ってことね。私の得意分野だわ」


 地面を駆け、下へのジャンプ。ゴールである魔法石を探して、闇が広がる地下へと飛び降りた――――。




 ★★★★★★★★




 常時立方体が動いていく奇妙な紺の世界を、上へ下へ右へ左へ進み、時に後ろへ走り、探すこと10分。

 右上に進んだ先に見つけた、ボールよりも一回り大きいダイヤモンドカットの魔法石。


 迷路会場移動時に触れたあの巨大な魔法石と同じように、地上に落ちてくる流れ星のような七色の輝きを放っていた。


 あれが魔法石ね…………。


 周囲に何もいないことを確認し、右手でそっと触れると、石からうねる光が溢れ出す。

 その光に包まれたかと思うと、突如白から黒の世界に変わり、重低音が脳に響いた。


「縺�¢繧九↑――――縺�s縲∵�蜉�――――」


 一瞬、奇妙なノイズが聞こえたが、気づけば所定の位置へと戻り、目の前には最初に触れた巨大魔法石があった。


 これで勝ち………なのかしら?


 魔法石を取り囲むように立っていたティルダとアルト君。

 彼らはなぜか目を見開いて、私をじっと見つめていた。


「エレさん、早いですね…………」

「ああ、早すぎる………」


 驚きのあまり、2人は放心状態、それ以上言葉を発することなく、私を見つめる。だが、1人だけ違う反応を見せていた。


「エレシュキガル、めちゃくちゃ早ねぇな!!」


 カーター君は嬉しそうに笑い、バシバシと私の背中を叩く。


「これなら、俺たち負けなしだな!」

「は、はい………」

「エレシュキガル、頼りにしてるぜ!」

「あ、ありがとうございます」


 さらに強めに叩いていくカーター君。うぅ、叩かれ過ぎて痛いかも……………。


 他の2人に助けを求めようと視線を送るが、ティルダとアルト君はなぜか居心地悪そうな顔を浮かべて、フリーズ。彼らの視線は私の後ろに向いていた。


「カーター、なんで勝手にエレちゃんに触れてるの? 僕の婚約者だって知ってるよね?」


 振り向く前に、後ろからぎゅっと抱きしめられ、花の香りが鼻をくすぐる。

 ちらりと後ろを見れば、カーター君を睨むアーサー様がいた。


「エレちゃんに触れていいのは僕だけだから。あと叩くのは止めて、エレちゃんが痛がってた」

「お、おう………すまねぇ……………」


 謝罪するカーター君はなぜか私から距離を取り、それと同時にアーサー様には笑顔が戻っていた。

 アーサー様、仕事はどうしたのだろうと思ったが、あの様子だと終わらせてきたのだろう。さすがアーサー様だ。仕事が早い。


「にしても、エレちゃん。早いね。これ、大会史上早いんじゃないかな」


 ティルダが記録している私のタイムを見て呟くアーサー様と、それに全力で首を縦に振るティルダとアルト君。


 どうやら私のタイムは異常に早かったらしく、確実に勝ち上がることができるらしい。

 でも、気を抜かない。まだ1回しか練習はしていないから、油断は禁物だ。


 また、リレーも上手く行っているらしく、アーサー様から「メダルはエレちゃんに上げるね」と言われた。

 苦戦していたアーチェリーも上達、他の練習も順調、『クラスの優勝もなくはないのでは?』と私は随分と浮かれていたのだけど……………。


 まさか大星祭で命の危機に晒される――――そんなことが起きるだなんて、その時は想像もしていなかった。

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