第98話 どうして。−2
「お姉ちゃん…! 今日も一緒に…」
「今は勉強中…、後でね。ごめん…」
あの日からずっと私はお父さんが話した基準に合わせるために、毎日毎日…。今が何時なのかすら分からないほど、一生懸命に勉強をしていた。今の私に、できるのは何もないから…。私が大人になった後、葵ちゃんと二人で暮らすつもりだった。
いつもお父さんに一言言われる葵ちゃんが、部屋でこっそり泣いているのも知っていた。それでも、今は我慢して、また我慢して…。それだけ。
「……」
そして高校生になっても私は普通の意味を知らず、そんな人生を過ごしていた。
大切な葵ちゃんと一緒にこの家から出るのが私の目標だったから、そんなくだらない理想は捨てることにした。それが私の全て…、私が考えていた「幸せ」の定義。葵ちゃんさえいれば、もう何もいらないって気がした。それだけは絶対…。
そう、葵ちゃんは…私の唯一な希望。
私は短いけど、葵ちゃんと過ごした時間を忘れていなかった。
「ほお…、維持しているのか…」
「うん…」
「約束は約束。あの時から何も言わなかった。これでいいだろ?」
「うん…」
「やはり、菜月は頭がいい。菜月だけはあの二人と違ってよかった…」
それは褒め言葉なのかな…? あるいは…。
「菜月は口が固いから、そんなところを俺は高く評価する」
「うん…。もっと、頑張るから…」
「そう、葵のためだから…。頑張って、もっと。そうすると、満足できるかもしれない」
「うん」
何を言われても、我慢していた。
あの時がくるまで、ずっと耐えようとした。ただ目の前の結果に集中。そうすればきっと幸せな時がくると…、私はそう思っていた。葵ちゃんと話さない時間が増えれば増えるほど、二人の間に距離もできてしまうような気がした。当然かな…。ずっと話さなかったからね。余裕ができた時はお父さんの仕事先を見学して、またいろんなことを教えてもらった。私にはいらないのに、お父さんはいつも大事だと注意する。
そんな忙しい時間を過ごしていた。
思い返せば、葵ちゃんが何が好きだったのかすら私は知らなかった。
「……」
そして、それよりもっと大事だったことを私は忘れていた。
「ねえ…、菜月ちゃん」
「うん?」
「今日も勉強? たまには菜月ちゃんと遊びたいけど…」
「えっ…? ちょ、ちょっとくらいなら…」
廊下で友達と歩いていた私は、向こうの階段でキスをする二人と目が合ってしまったのだ。
「あの二人、また学校であんなことを!」
「うん…? ダメなの? あんなこと?」
「えっ? 冗談だよね? 学校では禁止だよ…」
「知らなかった…」
「菜月ちゃん、勉強ばかりだからね…」
「うん…」
あの行為はキスという行為…、好きな男女二人が唇を重ねる行為…。
直接見たことはないから、今日初めて見た。よく分からないけど、すごくドキドキしていた。恋人ができるとあんな感じになるのかな…、今の私には無理だったからすぐ諦めてしまう。今は葵ちゃんがいるから、それでいい…。大切な人は女でも男でも同じだったから、それだけが私の生きがいだった。
恋など…、知らなくてもいい。
まだ、私には早いだと思っていたから…。
「……今日も、深夜まで頑張る…」
友達と遊んでも楽しくなかった。
なんか、時間を無駄にしたような気がする。そんなはずないのに、友達と一緒に遊んだだけなのに…よく分からない罪悪感が私を襲う。それが私を苦しめていた。遊ぶだけで罪悪感を感じるほど、私は葵ちゃんのためにお父さんの話を聞くしかなかったから…。私にはもっと大切なことがある。
「どうして、あんたは! 葵ちゃんにそんな言い方はやめて!」
ある日、お父さんとお母さんが口喧嘩をしている声が聞こえた。
何があったのかな…? お母さんはいつも忙しいから、ほとんど夜の10時くらいに帰ってくる。お父さんと喧嘩をすることは今まで見たことないのに、二人の間に何かあったの…? そして口喧嘩が終わった後は、葵ちゃんと何かを話すお母さんだった。どうやら原因は葵ちゃんだったかもしれない。泣いている葵ちゃんと、そのそばから頭を撫でるお母さんの姿を私は忘れられなかった。
でも、私には一度もあんなことをしてくれなかった…。
思い返せば、お母さんは私に何もしてくれなかった…。
「……」
私の中にいるお母さんは何…?
それがあってから、少しずつ意識していたかもしれない…。葵ちゃんは私よりお母さんにもっと頼ってるような気がした。私の勘違いかもしれないけど、そんな雰囲気だったからね…。葵ちゃんも、もう私には声をかけてくれなかった。ずっと勉強ばかりしていて、忙しかったからかな…? 私じゃダメだったのかな…? 私は葵ちゃんと…、幸せな時間を過ごしたかっただけなのに…。
どこから間違っていたのか分からない。
いつの間にか…、私の中には「誰かに慰められたい」って感情が生まれていた。笑顔で褒めてくれるお母さんも、背中を撫でてくれるお母さんも、私の中にはいなかったから…。ちょっと羨ましかったけど、それでも仕方かなく私は…私がやるべきことをやるしかなかった。
いつかこの時間を耐えた私に、「幸せ」が訪れることを確信していたから…。
お父さんにもお母さんにも褒められたことがなかった私は、葵ちゃんのためにずっと頑張っていた。
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