第38話 また偶然。

 俺を離してくれない花田さんと朝の3時まで、あんなことをやってしまった。

 部屋の中を埋め尽くすその恥ずかしい声に…、俺もどんどん理性を失ってしまうからとても危険だった。その腰に手を置いて、花田さんが教えてくれたことをやってみると、新しい世界が広がるような気がした…。その気持ちいいって感覚。エロ漫画で見た恥ずかしい行為を、俺が直接やる日がくるとはな…。


 あの日、彼女と肌を合わせた感触をまだ忘れていない…。


「……好き」


 そして耳元から離れないその言葉…、退廃的な俺の日常は続いていた。


 ……


「尚、お前疲れたように見えるけど…?」

「正解…」

「昨日何かしたのか…?」

「何かって…、よ、夜更かし…?」

「お前…、彼女とあんなことや…」

「ストップ…! そこまでだ…」


 二人が雑談をしている時、クラスに入ってきた清水が俺に声をかける。


「おはよう…」


 あの日から会ったことも、話したこともないから…ちょっと苦手だった。

 しかも、俺にあんなことをしたから…さらに緊張してしまう。花田さんとちゃんと話したからもうあんなことはしないと思うけど、いきなり襲われた時の感覚にびびる俺だった。カッターナイフさえなければ、どうにかできるはずだったのに…。


 自分が弱いってことは知っていたから、憎いのは自分自身だった。


「おはよう…。清水」

「……何、この空気は…まだ仲直りしてないのか? 尚」

「いや…、仲直りし、した…」


 もう嫌なことを話したくないから、それをなかったことにした。


「柏木くん…。ごめん」

「も、もう…気にしないからいいよ」

「そうそう。尚はそんなこと気にしないからな〜」

「なんで、お前が答えるんだ…」

「仲良くしろ! 二人とも!」

「うん。俺も、怒ってないから…」


 友達になるのはできないと思うけど、話くらいならできるかもしれない。

 学校ではそれくらいの距離がちょうどいい…。でも、今はそんなことより昨日のことがもっと気になる。黒服の人が話した言葉の意味を…、俺はまだ理解できていないから…。謎だらけで、解けないまま残っていた。


「そうだ。尚、今日は久しぶりに遊ぼう!」

「いや…、今日はちょっと…バイトが…」

「またバイト? おいおい、働きすぎ…」

「一人暮らしはこんなもんだから…」


 そして楓の腕をつつく清水が声をかける。


「そう。九条くん、先山田先生が呼んでたよ?」

「あっ! そっか! 行ってくる!」


 急いで職員室に向かう楓、俺はその後ろ姿を見つめながら席に座る。

 とても激しかった昨夜のせいで、そのまま机に突っ伏していた。目の下にクマもできたし…。寝かせてくれない花田さんに一言を言える立場でもないから、そのまま寝落ちするまでやるだけ。


 そして目が覚めた時は早起きした花田さんが朝食を作っていた。


「……っ」


 ちょっとだけ夢を見たような…。


「柏木くん?」

「うん?」


 後ろにいる清水がちょっと心配してる顔で俺に声をかけた。


「どうした…?」

「私がこんなことを言うのがおかしいかもしれないけど、あのお姉さん…。ちょっと危ない人に見えるから…。柏木くん、注意して…」

「そ、そっか…」

「私は見たよ…。その目を…、その目に物凄い殺意を感じたから…」

「まさか…、花田さんはそんなことしないから…」

「それは柏木くんだから…、柏木くんの前では優しくしてるかもしれない」


 今度は清水にそんなことを言われるのか、一体花田さんの何を見たんだ…?


「私は…、私も悪いことをしたけどね…? あの人は私をその場で殺す気だったよ? わざと柏木くんの状態を確認しながら…私を脅かしたの…! あの日…私が逃げられたのは、全部柏木くんがそこにいたからだよ!」

「お、落ち着け…。何が言いたいのかは大体分かったから…」


 花田さんのことをすごく警戒している目だ…。

 それ以上は言わなくても分かるから、ただ「言ってくれてありがとう」って答えるだけだった。実際監禁されたし…、彼女が俺のそばから離れようとしないのもよく分かってる。それでも、俺は彼女から離れないんだ…。彼女の話に従えば…、何も起こらないから…優しい彼女でいてくれるから…。だから、好きになったこの気持ちを消すのができないんだ…。


 監禁されたあの一週間、俺は彼女に調教されたかもしれない。


「……」


 怖い気持ちと嬉しい気持ちが半分ずつ…、俺を惑わす気分だった。


 ……


 放課後、今日はバイトがあるからすぐカフェに来て下準備をしていた。

 すると、デザートを作っていた店長が俺に声をかける。


「あ、尚くん! もうすぐ新しい子がくるからちゃんと教えてあげてね」

「えっ? 人を増やしてくれたんですか!」

「まぁ…、そうしないと尚くんがうるさいからね〜」

「そこまで言ってないんです!」


 そして明るい声で挨拶をする女の子がキッチンに入ってきた。


「今日からよろしくお願いします!」

「あれ…?」

「あっ…!」


 なんでこの子がここにいるんだ…?


「へえ…! 柏木さんだ…!」

「あれ? 尚くんの知り合い?」

「あ…、ちょっと…」


 どうして白川葵がここでバイトをしてるんだ…?

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