第15話 風邪を引いた。

 まだ寒い12月のある休日、俺はノートパソコンの前で小説を書いていた。

 もうちょっとで〇〇小説大賞に出す小説が完成されるのに、頭が重くてたまに咳が出てしまう。もしかして朝から小説の続きを書くために無理したせいか…。まだ寒い季節だから上着とか着た方がよかったかもしれないな…。


「はくしょ…!」


 ベッドでスマホをいじるとピリピリする首筋が気になってしまう。


 この前、清水に噛まれたところと…。

 それに怒る花田さんにまた噛まれてしまって、今は二つの歯形が残っている。前にも花田さんに一回噛まれたことあったけど…。あの時より痛くて本当にびっくりしてしまった。でも、花田さんに嫌われてないならそれでいいと思う…。


 まだ痛いけどな…。


「はくしょ…!」


 いや…、ちょっと待って俺…。

 もしかしてこれは…、風邪っていう…。


「あ…、そっか。寒気が感じられたのは風邪を引いたからか…」


 今日みたいな日に花田さんを呼びたいけど、なんか迷惑をかけるような気がしてスマホを下ろした。


「やっぱダメだな」


 風邪薬を頼んでもいいのか…。いや…、もうちょっと我慢してみよう。

 どうせ、大したこともない普通の風邪だから…。わざわざ面倒臭いことを言いたくなかった。


 午前10時…。まだ時間があるから、少し寝ておこう…。

 起きたら治るんだろう…。


 菜月「尚くん、風邪なの?」


 ぐっすり眠る尚のスマホに菜月のL○NEが届いた。


 ……


 い、今何時…? けっこう寝たような気がするけどな…。

 まだ頭が痛い…。


「スマホスマホスマホ…」


 うん…? 何これ…。

 俺は隣に置いたスマホに手を伸ばしたはずだけど、どうして柔らかくて温かい何かを触ってるんだろう…。スマホはその下にあるはずなのに取れない…、なんだろう? すごく柔らかくて、気持ちいいこの感触は一体…。


「うっ…! 痛い…尚くん」


 そして、そばから恥ずかしい声を出す花田さんに気づいてしまう。


「えっ? は、花田さん?」


 びっくりして目が覚めた俺は、なぜか花田さんの胸を揉んでいた。


「尚くん…、こんばんは…」

「こんばんはじゃなくて、どうして花田さんがここにいるんですか…?」


 それより…、スマホの上に何を乗せてるんですか…?


「尚くんが風邪に引いたから…?」

「えっ…? 私、花田さんにL○NEしてないんですけど…」


 ベッドの隣に置いた小さい椅子に、花田さんは胸を乗せていた。

 ぼーっとしてこっちを見つめる彼女に、俺の体が固まってしまう。俺…、もしかして今花田さんの胸を揉んだのか…? それよりなんでそこに乗せる…? 普通ならしないよな…? なんで…? 思考が止まるような気がして、何も言えなかった。


「だって、尚くん朝から咳が止まらなかったんでしょう?」

「そ、それが分かりますか…?」

「隣に住んでるから当然でしょう? だからぼーっとして尚くんのことを看病していたけど、いきなり胸を揉むから…。変な声を出しちゃった…」

「いや、それは…スマホを取るためで…!」

「へえ…、揉みたいなら素直に言ってもいいけど…」

「勘弁してください…」

「バカ…。尚くん、汗すごいよね…? まずはお風呂に入らない…?」

「いいえ…。今はそんな力もないので、また今度にします」


 確かに、お風呂に入らないといけない状態かもな…。

 冷や汗がすごくて俺もどうにかしたかったけど、体も重いし…頭も痛いから…。それはともかく今はめっちゃ寒い、俺の部屋が寒すぎで布団の中から出たくなかった。


「ダメだよ。熱を測った時に39.4度だったから、そして汗もすごいし…。仕方がないから一緒に入ろうかな…? お風呂」

「風邪移るから、そんなことはしない方が…いいと思います」

「じゃあ…、私の前で脱いで。体を拭いてあげるから」

「それもちょっと…! い、いいです! 私一人でなんとかしますから…」

「うん? 尚くんは一人で何もできないからね…? だから私が来たのよ」


 花田さんと一緒にお風呂に入るのか、あるいは花田さんの前で服を脱ぐのか…。

 二つの選択肢があるけど、どっちを選んでも結果は同じだから…考えても意味ないよな…? どうしたらいいんだ…?


「早く…どうしたい? すぐ気持ちよくさせてあげるからね?」

「ううん…。やっぱり、お風呂に入ることよりは服を脱いだ方がいいかもしれません…。それはちょっと恥ずかしいんで…」

「うん! それにしよう。じゃあ、全部脱いで!」

「えっ? 全部ですか? なんで全部?」


 まさかの全部…?


「体の隅々までちゃんと拭かないと…、尚くん今汗でパジャマがベタベタしてるからね…?」


 ちょっと待って、そっちの方がもっと恥ずかしいんじゃないのか…?

 花田さんの目は嘘をついていない…、本気で俺を脱がすつもりだ…。


「ねえ…! 早く! 脱いで!」

「ちょっと…、やっぱり…私は一人でお風呂に入ります」

「それはダメ、心配になるから私も一緒に入る」

「あの…、それはちょっと…。私たちまだあの…、それより恥ずかしいから」

「ねえ…」


 そして花田さんの話を断っると、その顔色が一気に変わってしまう。


「ねえ…、この前に私のこと大好きって言ったよね? 尚くん…」

「そ、そうですけど…」

「なのに、私と一緒に入るのは嫌なの? どうして? 分かんない、彼女がこんなに優しく看病してるのに…。どうして尚くんは私の話を聞いてくれないの?」

「いいえ…。私はあの…、花田さんの前で裸はちょっと恥ずかしいと思っただけですよ! 別に…そんな」

「裸になるのが恥ずかしい? あっ! それなら尚くん一人だけじゃないから安心して! 私も全部脱げばいいじゃん!」


 花田さんを見ると、たまに何を考えているのかマジで分からなくなる…。

 俺が変なのか…? あるいはこんなことをさりげなく言う花田さんが変なのか…?


 反論ができない…。


「……」

「着替える服を用意したよ! そしてお風呂に入る準備を先に済ませたから、どっちを選んでも結局入る運命! へへへ…」

「……そ、そうですか」

「二人でゆっくりしようね! 体は私に任せて!」


 そして、俺は二度と風邪に引いてはいけないと心の底から叫んでいた。

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