欲望渦巻く中年男らが開発したオンラインゲームの世界に転送された少年

@f10698NaSa

序章 ゆずもんと中野幸男のチュートリアル

 「鷹山君。キミなら、うちの高校でやっていけるよ。むしろ、僕はキミと一緒に甲子園で勝ちたいんだ。どうかな。」

 自宅のテーブルの前に居る高校野球の強豪校、開煌高校野球部の監督、丹生谷愛幌(にゅうのやあぽろ)は鷹山勇人(たかやまはやと)に向かって言う。勇人が応えようとした瞬間、勇人の母親、俊子が言う。

「何をおっしゃっているのですか。確かにお宅は一昨年の夏に甲子園に出てましたけど、勇人が甲子園なんて行けるわけないでしょう。勇人には偏差値が低い開煌にはいかせません。どうせお宅ではまともな大学にはいけないでしょう。勇人は、小学3年生の時から塾に通わせて、勉強させて、偏差値が高くて、いい大学に行ける私立中学に行かせてるんです。このまま高等部に進学させるつもりです。勇人。あなた、野球はほどほどにして楽しくすればいいじゃない。勉強と両立できるように、高等部に進学しなさ」

その瞬間であった。

「うっせーんだよ。クソババア」とどなり、母親を殴り、勇人は自宅を飛び出し、8月31日の夜の街を全速力で駆け抜けていた。勇人は、生まれこのかた、中学3年生になるまで、一度たりとも母親を殴ったことがなかったからであろうか、母親を殴った右手の握りこぶしが痛んだ。どこまで駆けて行っただろう。普段、学校の帰り道に寄っている河川敷のグラウンドには目もくれず走り続ける。毎日グラウンドのネットに向かい、黙々と軟式野球のボールを投げている河川敷なんて、はじめからなかったかのように。橋を渡っていく。ふと前を見ると、街がゆがんで見えた。さらに駆けていくと、フラクタル状の何かが視界に飛び込んでくる。いつもの光景とは違う。止まろう、そう思っても、足は止まらない。どこまでも駆けていく。そうすると、朝の陽ざしとともに、今までいた街とは全く異なる、どこか、古びた街並みが視界に広がる。


 俺、鷹山勇人はこの街も走り続けた。どこまでいくのだろう。突然、勇人の足が止まった時、俺は、街の城内の広場に居た。周りを見渡すと、10代と思しき人であふれかえっていた。ふと、空を見上げると、元ヤンっぽい中年の男のホログラムが映っている。その男が俺たちに向かって、話し始めた。

「諸君、ようこそゆずもんオンラインの世界へ。この世界は私、中野幸男(なかのゆきお)と、我が息子ゆずもんによって作り出された世界。そして今いる場所は、チューレンの街の、城の二の丸広場だ。諸君、喜ぶがいい。諸君は、ゆずもんによって招待された栄えあるテストプレイヤー1000人なのだ。諸君は、苦しんでたりとか、死んじゃいたいとか、社会にダメージを与えたいとか考えているであろう。幸いにも、ゆずもんは、苦しんでいる子や、死にたくなっている子たちを救うのが夢なのだ。そう。諸君とゆずもんとで利害が一致したのだ。光栄であろう。」

周囲がざわつく。ヤジを飛ばすものまでいる。

「おい、どういうつもりだ。早く元の世界へ戻せ。」

「中野幸男って、あいつか。」

「うさんくせーんだよ。元暴走族の無資格カウンセラーが。」

「私なんて、臨床心理士になりたくて、大学受験の勉強頑張っているのに。」

「オレは獣医師になるために、勉強だけじゃなくてよ、腕っぷしも鍛えるためにも、柔道も頑張ってんだぞ!なめんなよ。」

そうこうしていると、中野幸男のホログラムの横に、麦わら帽子をかぶって、甚平を着ている10歳ぐらいの男子のホログラムが映る。そして、そのホログラムが話し出す。

「俺は、天才革命家のゆずもんや。俺は、苦しんじゃう子とか、死んじゃいそうな子を救いたくて、みんなをこの世界に呼んだ。俺の夢は、子ども1000人を集めて、子どもだけの異世界MMOを実現させて、苦しんでる子とかを救うことや。この世界で、いっぱい遊んで、いっぱい冒険して、いっぱい友達作って、幸せになろうな。みんな、人生は探求や。死んだらあかん。」

「ゆずもんと一緒にしないで。私は宿題とか、やらなければいけないことがあるのよ。」

「そうだ。お前に構ってる暇はない。」

俺もヤジを飛ばしておこう。

「俺も、宿題が嫌で学校から逃げたやつのわがままに付き合う気がないんだよ」

そして、再び中野幸男のホログラムが話し出す。

「分かった。あくまで諸君はこの世界から解放してほしいと願っているのか。ならば、クリア条件について話そう。心して聞くように。ゆずもんオンラインをクリアしたくば、私のカウンセリングを7回受けることだ。ただし、無条件に受けれるわけではない。私のカウンセリングを受けるには、諸君が善行を積むことによって、クンツオを集める必要がある。集めたクンツオ1つにつき、私のカウンセリングを1回受けることができる。諸君、ご理解いただけたかな。」

「うさんくせーカウンセリングで、苦しみがなくなるわけがないじゃない。」

「そうだそうだ。おめー、詐欺カウンセラーのくせに。」

ゆずもんのホログラムが話し始める。

「パパ。やっぱりこの子たちみんなアンチや。俺、この子たちと友達になって、この子たちを救えるんやろか。」

「大丈夫さ。ゆずもん。最初は難しいかもしれないけど、私のカウンセリングを受けるにしたがって、みんなやさしくなって、ゆずもんと友達になってくれるさ。」

そして、中町幸男とゆずもんのホログラムは、仮にHPが0になった場合、所持金や所持品を失うのに加えて、カウンセリングを1から受けなおさなくてはならないことや、この世界での自分のステータスは冒険者手帳に記載されていて、これは身分証明書にも使用できることなど、もろもろの冒険に関する説明を一通りした後、こう言って消滅した。

「諸君の今後の幸福を願って、アイテムコマンド内にプレゼントをしてある。各々確認しておくように。加えて、キャラネーム等の登録も各自しておくように。人生は探求や。死んだらあかん。」

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