新造戦艦追撃

 ファングの宇宙戦艦ルナリアに急遽用意された指揮官室で、イーサン・アークライトは居心地が悪い思いをしていた。

 居心地が悪いのは、旗艦である戦艦フェンネルが落とされ、僚艦であるルナリアに急遽部屋を用意したからではない。

 目の前に座る副官殿が不機嫌だからだ。


「何故あのような行動をされたのですか?」

「あのようなとは何だ?」


 詰問する副官に対して、イーサンはわざととぼける。

 本当は分かっている。

 先の戦闘での敵との通信について言及しているのだと。

 それでも素直に聞けない事情がある。


「敵への通信を行った事です。不用意に情報を漏らした事で、友軍に不利な状況となりました」

「必要だからだ! E.G.の連中が愚かである事を伝えねばならん。我らが正しいのだと地球の民に示す必要があるのだ!」

「それで閣下から預かった兵を失いました。それでもですか?」

「それでもだ! 我らが正当で無ければ、今行っている作戦はただの侵略行為だ。それと以前から言っているだろう、アイツは閣下ではない」


 副官は深いため息をついた。


「父君への態度としては好ましくありませんね」

「父である前にブーケ・オブ・ダンデライオンの代表であり公人だ。知っての通り、我らアークライト家は宇宙開発の祖であり、ブラック・ダンデライオン1号基<セイヨウ>の統治を任されている。だがな、閣下と呼ばれるような権力者であってはならんのだ。今もなお宇宙開発へ貢献している実績を評価されて統治を代行しているのだ。我らは、その自覚を失ってはならんのだ」

「でも民衆は望んでいます、地球の支配者と戦う英雄を。父君であるネイサン・アークライトを閣下と呼ぶのは民意です」

「だからこそ俺がこの戦争で結果を出さねばならんのだ。宇宙の民が団結するのは良い事だ。だが、独裁者を生み出してはならん。副官ならそれくらい理解しろ、アマンダ」

「副官としてなら、不敬罪で貴方の父君に告げ口しますよ」


 イーサンは彼女のこういう言い方が気に入らない。

 そして、彼女にこういう言い方を許してしまっている関係を不運だと思う。

 目の前の彼女、副官のアマンダ・ダリモアが幼馴染で無ければ、イーサンは即刻退去を命じていただろう。

 何の因果か、同じ艦隊に2才年上の幼馴染が所属する事になるとは……


「だから嫌なんだよ、お前と一緒は!」


 イーサンはふてくされてベッドに身を投げだす。


「それが幼馴染へ向かって言う事ですか、イーサン?」


 アマンダが立ち上がり、寝ころぶイーサンを見下ろす。

 昔から変わらない。

 子供の頃、彼女が自分の意見をイーサンに言い聞かせる時に行っていた行為だ。

 懐かしい行動を目の当たりにして、イーサンは次第に気負って演じている指揮官としての自分が抜けていくのを感じた。


「ちっ、分かっているさ……全て俺が至らぬせいだ。旗艦を落とされたのは俺が銀色を落とせなかったからだ」

「分かってない! そうやって直ぐに自分を責める。私が通信の話をしたのは、反省して次に繋げて欲しかっただけ。貴方は<セイヨウ>の……いえ、宇宙の民の希望なのだから。一人で全てを抱え込まない!」


 アマンダが叱責する。


「部下の癖にお説教かよ。俺は宇宙の民の希望なんかじゃないさ。その宇宙の民……多くの兵を失ったのだからな」

「それは命を失ってでもイーサンの理想に殉じたかったから。あの銀色に落とされなくても、敵戦艦と激突して旗艦フェンネルは撃沈していた。敵の退路を潰す為に命をかけていた」

「知っている……だから迷っている」

「本艦は敵新造戦艦を追撃します」


 アマンダがE.G.の新造戦艦を追撃する事を断言する。

(いつも俺が言いたい事を先に言う。俺だってアイツらを見逃したくはない。だが、第一艦隊を任されている立場上、勝手な事は出来ない)

 イーサンには第一艦隊の指揮官として、降下予定の後続の戦艦と共に旧アメリカ合衆国のE.G.を排除する指令が下っているのだ。


「大胆に言い切ったな。だが、俺は第一艦隊の指揮官だ。降下予定の後続の艦隊を残して単独行動はできぬよ」

「第一艦隊の指揮をアーノルド・ダリモア中佐に委任すれば問題ありません」


 アマンダが提案した委任相手、アーノルド・ダリモア中佐は彼女の父だ。

 彼女の父である事を除けば正しい判断だろう。

 彼は先の第一次宇宙戦争を経験しているし、階級的にも適任である。

 だが、身内びいきと言われるのは明白だ。

 ただでさえイーサンとアマンダの大佐及び少佐への昇進について、軍内部で不評を買っているのだ。


「肝心な所で父親に丸投げか」

「父ではなくて第一艦隊の中佐です。大佐が不在時に指揮を取るのは自然です」

「そう思ってるのはアマンダだけだ。俺達がなんて呼ばれているか知っているか?」

「イーサン以外の人には少佐って呼ばれてますよ」


(他人の評価など気にも留めないか。親のお陰で出世したと陰口を叩かれているのだがな)

 他の事には気が利くのに、自身の評判には疎いのは変わらないな。

 どの様な状況でも、やるべき事を真っすぐ見据える彼女を見て、部下を失い沈んでいた気持ちが少し和らいだ。

 彼女の他者に流されず、真っすぐな性格を好ましいと感じているからだ。


「もうよい、皆をブリッジに集めろ。敵新造戦艦を追撃する」


 イーサンは敵新造戦艦を追撃する事を決断した。

 幼馴染に後押しされていながら、直ぐに行動を起こせない様な優柔不断な男ではないのだ。

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