図書室で魔法少女の本を見つけ、懐かしきあの日々を思い出す。

豚肉丸

本編

 手を伸ばす。棚から取り出したのは、児童向けのファンタジー小説。表紙には大きくアニメ調の少女の姿が描かれていて、有名なファンタジー小説とはまた違った印象を受ける。後者が典型的なファンタジー小説だとしたら、この本はアニメ調って印象か。少女が魔法学校に入学して事件を解決する、とストーリーの筋自体は有名なファンタジー小説とはあまり変わらないけど。


 懐かしいなとノスタルジーに浸る。確か、悠香が読んでいた本だった。


「ね、この本面白いよ。恵美も好きだと思う」


 小学四年生の時、小学校の図書館で一冊の本を渡された。まさしく、今私が持っている本を渡された。


 この頃の私は読書をするという行為が好きでは無かった。文字を読むぐらいならゲームをしていたいし、そもそも文字を読むなんて面白いのか?なんて思っていた。だから、悠香からその本を渡されてもあまり興味が湧かなかった。


「どんな話なの?」


 私自身の図書カードを使って本を借りた。貸し出し冊数を水増しさせるために絵本や漫画を借りたり、ギネスの辞典の本を借りるために図書カードを使ったことはあったけど、小説を借りることは初めてだったから……緊張した。何となく大人になったような気がした。子供から大人に成長するんだ、とちょっと思っていた。司書の先生に本と図書カードを出す時、これで私も大人になったんだなって実感した。


「魔法を使える女の子が魔法学校に入学するんだけど、その学校で色々な事件を解決していく話だよ。どう、面白そうじゃない?」


 だけど結局、借りた本は読まずに机に積まれて放置されていた。放置したまま、四日間が過ぎた。本の返却期限は借りた日の一週間後だから、あと三日。もう、借りたけど読まずに返そうかなとも考えた。無料だし、いつでも借りれるし。本自体に興味が湧いた時、その時に再び借りよう、と。


 机に積んでいると、時々表紙に描かれた女の子と目が合う。目が合った瞬間、表紙の女の子が「なんで読んでくれないの?」と叫んでいる気がした。表紙では笑顔に描かれているけど、内心読まれないことへの悲しみが表情に含まれているんじゃないかなって、そんなことを感じた。


 だから、読み始めた。表紙の女の子が悲しんでいるのが申し訳なくて、耐えきれなかったから。その悲しみを消すために、読み始めた。


「うーん……どうだろ。そもそも私、本をあまり読んだことが無いから面白いとかもよくわかんないし。ごめんね」


 文字だけの本はどうも難しかった。挿絵も無いしページは二百ページぐらいあるし。まるで国語の教科書に載っている文章を読んでいるようで、あまり楽しいとは思えなかった。


 しかし、読み進めていく内に、文字がアニメに見えてきた。頭の中でアニメが再生されている。本に書かれている文字を読むことでアニメが再生され、次第に本を読む手は止まらなくなる。


 主人公の家が悪い魔法使いに燃やされて絶体絶命のピンチに陥る。すると、老女が現れて主人公を救うのだ。そのまま主人公は身を隠すため遠くの地に行き、そして魔法学校に入学する。魔法学校では個性的な友達と知り合って楽しい学校生活を過ごす。


「そんなこと言わずに、一回読んでみたら?きっとハマると思うよ。保証するから」


 何これ、面白い。


 こんな面白いものに初めて触れた。


 衝撃が、わくわくが、胸の中から溢れてくる。


 「ほら、面白かったでしょ?」


 面白かったと伝えると、彼女は自慢げな表情を浮かべながら喜んでいた。


 その顔はどことなく綺麗で、可愛かった。


 

「ね、この本発見したんだけど。懐かしくない?」


 高校の図書室は小学校の図書室よりも倍広がり、様々な本が置かれるようになった。栄養とかメイクとか経済とか人権とか政治とか。図書館で取り扱う本の幅も増えた。それ故、探索するだけでも時間を潰せる。


 だから定期的に訪れては、悠香と一緒に本を漁ったりしている。読みたい本が見つかったら一緒に喜んだりする。たまに本を薦めあってお互いにお勧めの本を交換したり、感想を言い合ったり。それぐらいの関係性を、小学生の時から今もずっと保っている。


「うわっ、まさか高校にもあるとは……なっつかしー……」


 その本の表紙を見た瞬間、悠香は驚きのあまり声を出した。肩が触れ合いそうなぐらいに近づき、彼女はパラパラとページを捲る。この距離感は悠香が意識的に近づいているのか、無意識なのかはよくわからない。


「覚えてるよこの本。由美ちゃんが本にハマるきっかけになった本だしね」


 心臓の鼓動が早まる。


 今は司書の先生も外出していて、図書室には二人きりで。


「確か、私が勧めたんだよね。その結果、今は二人で図書室にいる訳だけどさ」


 はい、と彼女は私の手元に本を返した。ありがとね、久しぶりに懐かしい気持ちになったよと言って彼女は反対側を向き、本漁りに戻った。


 続けて私も一人の作業に戻った。けど、胸の高まりのせいでどうにも集中が出来ない。胸の鼓動がうるさいし、頭では彼女のことばかり考えている。背表紙に書かれたタイトルを眺めていても、文字の意味が頭に入ってこない。


 ぶんぶんと頭を横に振って邪念を振り払う。私の邪念よ、飛んでいけ!と叫びたい気持ちを必死に堪え、代替案として頭を振ることで邪魔な気持ちはどっかに飛んでいき、再び物事に集中できるのだ。


「よしっ!」


 頬を両手でバシッと叩いて気合いを注入する。


 今はまだ、彼女にそんなことを伝える時期では無いから。


 だから今は、目の前の事を済まさないと。


 ため息を吐く。


 いつかまた、同じ環境に二人で居合わすことができたら、その時は言えるのか。


 未来の私に期待し、今はただ本を探す。

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図書室で魔法少女の本を見つけ、懐かしきあの日々を思い出す。 豚肉丸 @butanikumaru

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