第43話 女神様と実家の様子
会食会が終わり、親世代の貴族に囲まれて困っていると、リンと通る高い声が響いた。
「皆様が一斉に喋られて、イライア様が困惑されておりますわ」
閉じた扇でパンッっと手を叩き、フィオレンティーナが立っていた。私を取り囲む人の意識が彼女に向いた隙に、私の護衛のアベルと、フィオレンティーナのスタラーバ家の、護衛と侍女が割って入る。
「貴女は、スタラーバ家の……」
「イライア様の親友、フィオレンティーナですわ。お話になりたい方は並んでくださいな。お一方につき、三分まで! 明日の予定が控えているんですのよ、遠慮なさい」
フィオレンティーナが頼もしい……!
アベルは私の一番近くにいたハーマン子爵との間に立ち、距離を保ってくれた。
すり寄りの連中はすぐに整理され、フィオレンティーナの父であるスタラーバ伯爵が、カツカツと革靴の音をさせて近付く。私と貴族たちの間に立ち、威圧するように黒い杖で床を突いた。
「……大の大人が若い女性を取り囲んで、まくし立てるとは。君たちは礼節を失くしたのですか? 私が性根を叩き直しますか?」
「ス、スタラーバ伯爵。失礼しました!」
伯爵が登場すると、蜘蛛の子を散らすようにサーッと人が離れていく。あんなに我先にと詰め寄ってきた人たちが、簡単に諦めてくれるなんて。
「ありがとございます、助かりました。アベルもありがとう」
「これからはこのような事態も増えそうですわね。早くピノ様との婚約発表をされた方がいいですわよ」
「いえ、そんなお話は
「……みくろん?」
うわわ、焦ってこの世界では使われていない単位を出してしまった。笑って誤魔化せ。
殿下たちは和やかに祝辞を受けている。さすがに王族の
「イライア君でしたね。最愛の娘、フィオレンティーナとこれからも親しくしてください。フィオレンティーナが喜びます、いつでも遊びに来て、いくらでも滞在してくれていいですからね」
「ありがとうございます、スタラーバ伯爵。フィオレンティーナ様には助けて頂いてばかりです」
お父さん、娘さん大好きか。厳格な印象なのに、微笑ましいな。
「実は領地で収穫したコーヒーを扱う、専門の店を展開する予定でしてね。若い女性の感想も聞きたいものです、ご招待しますよ。スタラバックスという店名で、全国展開を計画しています」
女神様ー!!!
またパクリ要素が! 本当に大丈夫なんですか、女神様~!!!
そんなこんなで、列福式関係が全て終わった。あと焼きイモ祭りが終了すれば、列聖式まで大きな予定はないわ。列聖式が一番大きな式典になるんだろうけど……。
宿泊する神殿の一室で、なるべく早くベッドに入った。悪い予感がする。こういう勘は、当たるものなのだ。
深夜、月が中天を過ぎた頃。夢うつつの
きた。きっときた。
女神様だ!!!
『うひゃひゃひゃ! イライア転ぶんだもん、あはははは~!』
列福式で、私にいたずらして潰れさせたことだわ。やっぱり笑ってる。
「女神様。神様なんですから、もっと落ち着いて行動をしてください。厳粛な儀式でいたずらしちゃ、いけませんよ」
『イライア、上司みたいー! もっと楽しくいこうよ、殿下とアンジェラが婚約したから、もうハッピーエンドだよ』
「ゲームじゃないから、エンディング自体がありませんね……」
相変わらずお気楽で良いなあ。私にはこの後の人生の方が長いんですよ。
……長いよね?
『焼きイモ祭り、楽しみだね~。私はシルクスイートがいい』
「用意できると思います」
サツマイモの品種を指定されたわ。この世界にも確かあったので、神殿に伝えておこう。また奇跡が起こった扱いされるなあ。
夢に現れないよう、本当は神託の間を借りて先にお話をしておこうと考えていたのよね。でも法王様が列福とかイモ祭りの報告をしに、神託の間に入りきりだったのだ。近くを通った時には静かだったので、女神様がなかなか姿を現さなかったのでは。
今なら分かる。線の細いイケメンなら、女神様は早く降臨する。
『クールなイライアに、実家の情報を教えてあげるね。私ってばシノビみたい!』
「今までの感じから、想像が付きますね」
『せっかくだし一緒に見ようか。チャンネルはこのままで!』
チャンネルなのかしら。真っ白だった景色が動き、女神様の後ろにスクリーンが現れて、空の青に染まった。雲を突き抜け、上空から王都を見下ろす映像になり、ギュンと地表に降りてきた。
画面には王都にある、パストール伯爵家のタウンハウスが映っている。お祭りムードにわく王都にあって、薄暗く沈んだ家の一室に集まる四人の姿。
『姿は確認できなかったが、やはりイライアだったようだな……』
『義父上、どうなっているんでしょう。イライアは回復魔法どころか、魔法洗礼も受けていませんでした。家を出てから受けたにしても、ダンジョンに入れるほどになるとは……』
応接室に父と義母、義妹モニカとロドリゴがソファーに座って、テーブルを挟んで向かい合っている。ロドリゴは焦った様子で、義母と義妹はとても機嫌が悪そうだった。
給仕のメイドが二人、室内に流れる不穏な空気にこっそりとため息をつく。
『あの、人の顔色を見てばかりのイライアが、レップク? って! よく分からないけど、神殿で王子さまや偉い人と一緒に儀式に参加して、美味しいものを食べるんでしょ? どうなってるのよ。お友だちに会ったから聞こうとしたのに、逃げちゃうし!!!』
大きな声で騒ぐモニカ。
美味しいものねえ。もっと論点があると思うけど、どうでもいいか。
『大した所持金もないはずなのに、どうやってドレスを買ったのかしら……。しかも有名なマダム・シフォンのお店のドレスだなんて……!!!』
義母の手には、既にヨレヨレになった読売が握られていた。ドレスを買ったお店の名前まで、記事に載っているの!?
『ウソッ!? 私も欲しい!』
『紹介がないと、簡単には作ってもらえないのよ!!!』
フィオレンティーナご推薦のお店だけあって、かなりの有名店だったみたい。悔しそうに読売を丸めて投げ捨てた。
メイドが転がった読売を拾い、ゴミ箱にそっと入れる。
『ロドリンの実家は侯爵家でしょ? なんとかならないの?』
モニカが隣に座るロドリゴを肘でつついた。義母もロドリゴに視線を向ける。
『父上が俺の除籍の手続きをしていると言ってきた……。クソ、どうしてこうなったんだ!!!』
手を強く結び、勢いよくテーブルを叩く。置かれていたコップがわずかに飛び上がり、ソーサーとぶつかってガチャガチャと音を鳴らした。
侯爵、本当に除籍までするのね。列福式に見掛けた感じでも、かなり肩身が狭いみたいだったし、仕方ないわね。
『ひょひょ~、荒れてるね。今にも乗り込んできそう』
女神様はすっかり楽しまれている。映画鑑賞をしている気分なのかも。どこから取りだしたのか、ポテトチップスをパリパリと食べ始めた。
最近、私といる時にくつろぎすぎじゃないですか。
「神殿にお告げとして、家族を近付けないようにとか言ってもらって、邸宅で足止めできませんかね……」
あんまり関わりたくないなあ。自分たちが上手くいかないこと、全部を私の責任にされそうだし。
王都にいる間だけ、やり過ごせればいいんだけど。
『ダメダメ、神様は個人の問題に関わらないよ。公明正大、公平無私、シメンソカ』
最後に関係ない四字熟語が混じっている。響きがかっこいいとかで、言ってみたんだろうな。
「そうですよね……」
期待するだけ無駄だよね。女神様だもの。
『王都ごと天変地異で吹っ飛ばすのなら、できるよ』
「やらないでください」
それは私も命がないヤツ! 女神様の手を借りようとか、危険極まりないのだったわ。
『個人的な罰って、魂の格が違う相手に非道をしたとか、悪行が自分に返ったとか、正邪のバランスを取る作用を人間が勝手に神罰って呼んでるのよ。あとそういうのは、やるとしても創造系の神じゃなくて、維持を専門にする神が請け負ってるの。私の専門外だよ』
「その心は」
『面白いから放っとこ!』
罰を与えて、まではお願いしていないのに。それっぽいことを言って、煙に巻こうとしている。
映像では、四人が勝手に喋っていた。まとまりのない人たちだわ。
『やはり税収が減ってる、どういうことだ……!? イライアを捕まえて問い詰めねば!』
人口も減ってますからね。母が亡くなってすぐに税金上げたでしょ。父親が持っている書類は、税収関係のものだったか。
『あの女の娘のせいで、苦い思いをさせられるなんて……っ! 婚約破棄はさすがに体裁が悪かったのね、さっさとどこへなりともウチから嫁に出して、おかしな噂を消さないと!』
義母がグググと唇を噛む。もう遅いと思う。
『父上が俺を除籍するなんて、イライアが何か吹き込んだに違いない!!!』
侯爵がとても小さくなってたわよ、いいから親孝行しなさいよ。
『ドレスといい、レップクといい……、どんな手を使ったんだか問い詰めてやるわ! やり方さえ分かれば、私の方が上手く立ち回れるに決まってるもの』
義妹モニカの根拠のない自信、相変わらず凄いわね。
既に成功した後を想像しているのかも、口許が笑っている。
『それぞれの思惑を抱えて、焼きイモ祭りが始まる! イライアの運命は、いかに!』
女神様が次回予告っぽいナレーションを付け加えた。
本当にどうなることやら……。
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