第35話 ドレスを買おう!
「ドレス……ですか」
ピノが繰り返す。謁見や警備のことで頭がいっぱいだったんだろう。予想外の質問に、不意打ち食らったみたい。
彼にはこちらに家があるのかしら、自分の衣装は持ってるのかな? あ、騎士だから騎士団の制服でいいのか。
「ドレスですわ。陛下への謁見や、列福式の後のパーティーで着るドレスがないと、イライア様はとてもお困りでしたの」
そこまでは困ってませんが。ハラハラとしながら、物陰で流れを見守る。
「確かに、ドレスが必要ですね。これは失念していました」
「わたくしに、ドレスを扱う古着屋を教えて欲しいと仰いますのよ。お支払いが心配なご様子でしたわ。あまりにも哀れで、涙が止りませんでしたわ」
泣いてないし、そんな可哀想な扱いしないで欲しいわ……。そもそも彼女が泣くのは、天変地異でも起こる時では。
「晴れの舞台に、古着はないよな」
「しかも陛下の御前に出られるんだ」
後ろで騎士たちが、うんうんと頷く。
「記者も国民も押し寄せますのよ、みすぼらしい格好なんて晒せませんわ」
切々と訴えるフィオレンティーナの言葉に、ピノは静かに耳を傾ける。
後ろの部下二人は、団長、ここは買いましょうと説得している。人の心を動かすのが上手い女性だわ。
「……私で差し支えがないのでしたらドレスを差し上げたいのですが、むしろご迷惑になるのでは……」
「喜ばれるに決まっておりますわよ! 決定ですわね、明日ドレスを探しましょう。急ですから新しく仕立てる時間はありませんけど、最高のものを用意しませんとね!」
なんという強引な手口。会話が終わったとばかりに、フィオレンティーナはご機嫌で通り過ぎた。私もこそこそと、気付かれないよう遠回りしてその場を離れた。
部屋に戻ったら、アベルとパロマに勝手に庭まで出ないようにと怒られた。フィオレンティーナと一緒の姿を確認したので、部屋で待っていたんだって。
しっかり宿の美味しい食事を頂き、英気を養った。
朝は神殿の馬車も一緒に出発し、王都の門を入ったらあちらは別の道を進む。
途中の草原での休憩が終わる前に、ロジェ司教が私のところへやって来た。
「イライア様、私はこのまま北部大神殿へ向かいます」
でた、優しい人にしか見えない笑顔。私も苦手だと悟られないよう、自然な表情を心がけて笑顔を返す。
「はい、お疲れ様でした」
「儀式の準備を
「楽しみにしています」
儀式かあ、面倒だなあ。偉い人の長い話とか聞くんだろうな。殿下の語りも始まるかも知れない。
「イライア様は、その後はまた南にいらっしゃるんですか?」
ピキッと、頭の中に緊張が走る。これは囲い込み作戦では!?
「ええと、未定です。まだ考えていなくて」
「そうですか。南にいらっしゃるのでしたら、神殿の馬車で一緒に参りましょう。どこへでもお連れしますよ」
「ありがとうございます、とても助かります」
私の後ろでアベルとパロマが、ロジェ司教はとても親切だね、と話している。
打算がたくさん見える気がする……!
「これから北部の司教と、列聖式をどちらで
「わああ、そんなに気にして頂いて、ありがとうございます。でもまずは、王様との謁見ですね。とても緊張します」
「国王陛下は穏やかな方なので、心配いりませんよ」
さすがに司教、国王陛下とお話したこともあるのね。そういえば王室が神殿に参拝する行事もあったっけ。
話はこれで終わりになり、ロジェ司教は神殿の馬車に乗った。
解放された、これで人心地つける。気にしすぎな気もするけど、無駄に緊張するのよねえ。
私たちも馬車に乗り、馬車が走り出した。もうすぐ、移動も終わりだわ。
平坦な道を進み、馬車はついに王都の門を潜った。
王都は学園があったので、戻ってきた感じがする。なんだか懐かしいな、タウンハウスと学園を行き来して、家の仕事もさせられた日々。
そういえば結局、卒業してないんだわ。ダンジョン攻略にきた他の人たちは他の生徒より先に卒業証書を受け取り、盛大に送り出してもらっている。
……いっか、聖女になっちゃえば関係ないね!
入り口から人が詰めかけ、大歓声が響く。門の付近には警備兵がたくさん配置されていて、馬車の前に飛び出さないよう体を張って警備していた。
今日は警備の都合もあるので、宮殿に泊まる。
塀と門を眺めるだけだった、王都の中心に位置する宮殿に入れるのだ。広い敷地の中央には池があり、池の向こうが謁見の間なんかがある宮殿。使用人棟や、来賓用の建物なども立ち並ぶ。奥の離宮は王族のプライベートな建物なので、立ち入りが厳重に禁止されている。
私たちが泊まるのは左手側にある、来賓用の宮殿。宿泊施設とはとても思えない、荘厳な三階建ての建物だ。一つ一つの部屋も広く、各部屋にメイドが付くし、豪華すぎて落ち着かないわ。
反対側にも外装が似た建物があり、そちらには王室礼拝室もあるよ。
明日、本当にここからドレスを買いに町へ出るのかなあ。勝手に外に出て良いのかすら不安。フィオレンティーナに全て任せておけばいいか。
食事は食堂に集まってみんなで食べる。殿下も一緒だわ。殿下にとってはご自宅なのに、と思ったけど、どうやらアンジェラといたかったみたいね。
次の日、いつ出かけるのかと部屋で待っていたら、フィオレンティーナとアンジェラが連れ立って顔を出した。
「イライア様、こちらにデザイナーを呼びましたわ」
「楽しみですねえ! 私も貴族のお買いものを見物にきました」
「呼んだんですか!? お店に行くんじゃないんですか?」
貴族の家にお店の人を呼んだり、あちらから商売に来たりすることはある。でもここ、数日滞在するだけの王宮ですが!
「イライア様、今まで同行していた記者は殿下を中心に密着していましたわ。けれど、わざわざ王宮を出て買いものに行けば、スクープの匂いだと付いてきて、全て大げさに記事にされますわよ」
「門の前だけじゃないんですよ。王族専門の記者さんがいて、宮殿のプレスルームの隣にある待合室に、既に泊まり込んでいるんですって」
フィオレンティーナとアンジェラが説明してくれる。
この世界も意外に報道合戦が激しかった! 雑誌もないから、もっとのんびりしたものだと思っていたわ。
記者会見の予定があるんだ。殿下だったら、ずっと喋ってくれそうだわ。
「読売とか、買う余裕がなかったんですよねぇ。今度、勉強の為に買ってみます」
王族やダンジョン攻略の話はともかく、私の買いものなんてネタになるのかしら。普通の貴族の記事を読んでみたいわ。
「そうですわ! それならいっそ堂々と表に出て、イライア様の記事を書かせましょう! どのように反映されるか、分かりますわよ」
「いいですね! ピノ様からドレスが贈られたと知られたら、“ダンジョン攻略メンバー、神殿騎士と熱愛発覚!”って記事になりそう! 明日のトップ記事はイライアさんのものですよ~!」
「ふふふ、一気にチェックメイトですわ」
ぎゃああ、ひどい罠だ! 罪のない楽しそうな二人が恐ろしい。貴族の策略はこんな風に巡らされるのか……!
勝手に盛り上がる二人に困っていたら、部屋がノックされた。
「お客様が到着されました。こちらからお呼びが掛かったとおっしゃる、お店の方です」
「通してちょうだい」
部屋の主の私ではなく、フィオレンティーナが許可を出す。
彼女を止めるのは、誰にも無理なのでは。
宮殿の女官が扉を開き、デザイナーの女性と荷物を持った人たちが入ってきた。
既にドレスを
「スタラーバご令嬢、ご指名頂きありがとうございます。ご要望に沿ったドレスを何着か、お持ちいたしました。こちらのお嬢様でしょうか?」
手回しがいいなあ、どんなのがいいかも伝えてあったのね。
「わざわざご足労頂き、ありがとうございます。イライアと申します、よろしくお願いします」
「堅苦しい挨拶は抜きにしましょう、時間がないから早く始めますわよ。こちらのドレスがイライア様にお似合いじゃなくて?」
フィオレンティーナは並べられた五着のドレスに迷わず足を向けた。彼女が選んだのは、レモンイエローから朱色に変わる、華やかなグラデーションのドレスだった。
「素敵ですね。イライア様は髪も瞳も赤で、ピノ様は髪が白っぽい金で、瞳は濃い赤ですから、どちらに合わせた感じもします。赤いドレスも素敵ですが、ちょっと色が強すぎる気がしますね」
全身赤は聖女イメージから遠くなる気がするわね。
フィオレンティーナとアンジェラは、ドレスを手にして盛り上がっている。私は採寸をしてもらいながら、眺めていた。どうやらオーダーメイドのドレスも作る予定らしい。
「宝石を赤にすれば良いですわね」
「ええ、レモンイエローの胸元に真っ赤なルビー! イヤリングはどうしましょう」
「幾つか買ってしまえば宜しいわ。どうせ使うものですもの。そうだわ、ドレスのこの辺りに刺繍を施して頂きましょう」
「手袋はどのデザインがいいですかね」
二人の会話がどんどん進んでいて、私が置いてけぼりだ。
「あの……イライア様のご要望はございますか?」
デザイナーさんが、申し訳なさそうに尋ねる。自分のドレスが、勝手に友達に決められていくのだ。やはりお店側らしたら、気を遣うよね。
「流行とかも分からないし、お任せします……」
「希望があったら教えてくださいね、なるべく沿うようにしますので」
そうだなあ、支払いをしてくれる予定のピノには何も聞かずに、どんどん買うものを増やすのはやめて欲しいかな……。
神殿騎士って、儲かるお仕事なのかしら……???
※ 次も一週間後の日曜です。書けてないんで…(^0^;)
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