第34話 王都まであと少し!
移動中も王室の馬車に私たちが乗っていると分かると、通行人が手を振ったり声を掛けたりしてくる。大人気だわ。宿でも大歓迎されて、朝の出立時にはまた民衆が集まっていた。読売の効果、すごい。
『ジャンティーレ殿下ご一行、南部大神殿を参拝』
『ジャンティーレ殿下ご一行、北部へと到着!』
次の日には記事に書かれて、最新情報が出回っているのだ。
ダンジョン集落で、前夜祭と後夜祭の準備を主導してくれた攻略対象サムソンが言っていた通り、まさに時の人だわ。そういえばサムソンって、あの為だけに北部の王都からやって来たのかな。あの後すぐに帰ったものねえ。
「この宿で一泊して、明日は王都です」
数日かかり、目的地がついに迫ってきた。その間に南部大神殿の騎士の半数が、王室騎士団の騎士と入れ替わっている。
北部大神殿は王都にあるので、ロジェ司教は明日の途中まで一緒。
日が暮れる前に宿に入り、ゆっくり疲れをいやすのだ。さすがに座りっぱなしが長くて、エコノミー症候群になりそうな気がしてきた。ベッドに横になったけど、運動もした方がいいかしら。
散歩くらいならいいだろうと、一人で宿の外へ出た。広い庭には小高い丘があり、小さな川まで流れている。
「団長、全然アピールできてませんよ」
ピノが団員に囲まれて何やら困っているわ。どうしたのかしら。こっそり少し近付く。木の陰に隠れたが、会話に夢中な彼らは私の存在には気付かなかった。
「うーん……、どうもこういうのは苦手でな……」
「そんなこと仰ってると、誰かに取られちゃいますよ。今やどんな貴族でも、イライア様と縁を結びたいと思うはずです」
私? 私に関する話題だったの? それは申し訳ないわ、聞くのも気まずいのでそっと離れる。
「どうもなぁ……、今は環境が変わる大変な時だからな。しっかりサポートして差し上げるのが」
「ダメですって、それだけじゃ!」
いつもは団員さんがピノにしっかり従ってるので、ピノがダメだしされてるのは珍しいなあ。仲がいいのね。
宿の裏側へ行くと、フィオレンティーナが外のテーブルでお茶を飲んでいた。隣にはメイド、近くに護衛が数人立ている。
「こんにちは、フィオレンティーナ様。ソティリオ様はご一緒じゃないんですか?」
「あらイライア様! ソティリオ様は殿下のところですわ。列福式の後のパーティーで、殿下の婚約解消の発表と、新しい婚約者であるアンジェラ様の紹介がありますの。その打ち合わせでしょうね」
「あまりにお似合いなので忘れていましたが、殿下の婚約者は他の方だったんですね……! それは大変ですね」
現時点でのジャンティーレ殿下の婚約者は、フィオレンティーナの友人である、マルゲリータ・アンセルミ侯爵令嬢だったわ。
二人はあまり上手くいっておらず、婚約者の方はアンジェラに嫌がらせなどはしていない。むしろ積極的に二人の仲を応援している。殿下は苦手なタイプなんだって。
「悪い噂にならないといいんですが」
「婚約の解消ですものね。いくら円満でも、邪推なさる方はいらっしゃいますわ。なるべく誰の名も汚さないで済むよう、発表のタイミングや方法を考えていらっしゃるんですの」
悪い例がここにいますからね……!
でもそれを男性だけでやってて良いのかしら。アンジェラも一緒に考えるにしても、裕福な家とはいえ庶民の彼女の認識と、貴族の常識は違うものだわ。
「余計かも知れませんが、フィオレンティーナ様は相談に加わらなくて宜しいんでしょか?」
私が控えめに尋ねると、フィオレンティーナはカップを置いて景色を眺めた。宿の敷地の外は、高い建物が並んでいる。
「最初はご一緒しましたのよ。でも殿下のあまりに壮大な構想は、凡夫には理解しがたいものでしてね」
「なるほど……、失礼しました」
殿下の名演説が始まったのね……。それは逃げたくなるわ。
「建物内なのにゴンドラで登場するとか、劇として発表するとか、はっきり申し上げて実現不可能で、説得力のない案ばかりでしたの。時間の無駄でしたわね」
バッサリ切り捨てた。
きっと無駄な妄想で大盛り上がりなんだろうな。
私も席を勧められて、一緒にお茶をした。フィオレンティーナの髪の色って、ピスタチオスイーツみたいなキレイな黄緑色なのよね。芝生色だし、癒やし効果がありそう。
「王都に着いたら、ドレスを買わなければなりませんわね」
「お買いものですか? どんなお店に行くんでしょう、私は詳しくなくて。ご一緒してもいいですか?」
せっかくだし、貴族に人気のお店やデザインを教えてもらいたいな。打算を隠しているはずなのに、フィオレンティーナは疑わしそうに目を細めた。
「……わたくしじゃありませんのよ。イライア様です、その格好で国王陛下に拝謁なさるおつもりですの?」
「え、あ、確かに着古した感じですね……!!!」
うっわあ、新しい服を買わないと、お城に入るには恥ずかしいかも!
召使いにドレスのトランク幾つも運ばせている彼女と違って、私は普段着のような服だったり、下位貴族のなかでもお金のない人が着るようなドレスを着用していた。
華やかな世界にはとても似つかわしくない。いっそ、王城のメイド服の方が質が良いかも知れない。
「そうですわよ。ちゃんと予定は組んでありますわ」
「ありがとうございます……。あ、でも僧侶のローブならお城でも着て大丈夫では!??」
ハデハデな袈裟、あれは偉い人に見えるよ!
「イライア様がそれで宜しいんでしたらお止めしませんが、アンジェラ様もしっかりとドレスを用意されていますのよ?」
「すみません、買います……」
貴族子弟集団に混じるお坊さんになるには、私の覚悟はまだできていなかった。
「わたくしがお店を紹介しますわね」
「なるべく安いお店とか、古着で済ませられないですかね……、お金がそんなに無いんです」
オーダーメイドのドレスとか、とても高価で買えないわ。でもドレスの古着ってあるのかなあ。
心配する私に、フィオレンティーナの怪訝な瞳が向けられる。
「イライア様、パーティーのドレスは買って頂くものですわ。お金を払う必要はありませんのよ」
「買ってって……ドレスをですか?」
「そうですわ、男性の甲斐性です。ピノ様からは何の申し出もないんですの?」
つまりフィオレンティーナはいつも、ソティリオに買ってもらってるワケね。でも私の場合、ピノとはお付き合いをしているわけでもないのだわ。
それにしてもピノの名前を出すなんて、何を知っているのこの人は。
「いいですの? 婚約者や意中の女性にドレスを送るのは、男性の権利なんですわ。奪ってはなりませんのよ」
「はい……」
凄い勢いで持論をかましてくる。買わされる権利。ソティリオにこの勢いで迫ったら、絶対に根負けして買ってくれるわね。
ちなみに元婚約者のロドリゴから、ドレスを贈られたことはない。
「ですから、選ぶだけで宜しいんですの」
「でもですね、ピノ様は護衛ですから、買わせるわけには……」
守られてる人が護衛にたかるって、そうそうないよ。
「分かりましたわ。わたくしがさり気なく、尋ねておきますわね。ピノ様が買ってくださらないなら、ソティリオ様に二人分お支払い頂けばいいだけですもの」
「アリなんですかね!!???」
清々しいほど自分で支払う選択肢がない!
話は決まったとばかりに、フィオレンティーナが立ち上がった。
「片付けておいて頂戴」
「
フィオレンティーナが口を拭いたハンカチを片手で渡すのを受け取りながら、メイドが静かに頭を下げる。メイドは彼女を見送ったら、すぐに仕事に入った。
こちらには護衛と、別の使用人が付いてくる。
「ピノ様は館内かしら」
「さっきは表側に、部下の方といましたよ」
「案内して頂ける?」
「はい、こちらです」
さすが
ピノは部下二人を連れて、庭を移動中。警備のお仕事かな。
ずんずんとフィオレンティーナが近づき、私は見つからない場所に隠れて離れていた。言わせてるみたいで、とても心苦しいわ。
「ごきげんよう、ピノ様」
目の前に来た時に、フィオレンティーナがカーテシーをして微笑んだ。
「フィオレンティーナ・スタラーバ様、何かご用でしょうか?」
「ええ、お尋ねしたいことがございましたの」
「なんでしょうか」
対照的に、ピノの表情が固くなる。問題が起きたと勘違いしたのかも。
「ピノ様はイライア様に、ドレスをお買いになる予定はございまして?」
さり気なくない、直球ですよ!!!
後ろにいる部下の騎士二人は、ソレだ、という気付いたような表情をしていた。
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