第8話 装備を整えよう!

 一緒にダンジョン潜入するメンバーの、ソティリオ ・ ザナルディー公爵令息に「回復魔法を見せて欲しい」と頼まれた。見せて困るものでもないし、了承する。

「パロマ、午後の治療はどこ?」

「町にあるレストランの個室で、二人ほどお待ちです。お礼はお嬢様が仰ったとおり、治療が成功したらお金を頂くことになっております」

 侍女のパロマの報告を、ソティリオ・ザナルディーは不思議そうに聞いていた。


「午後の治療? レストランの個室? 君はここで、何をしているんだ?」

「申し出があれば毎日、数人の治療をしています。回復魔法を使いこなせるように、練習もかねて。大々的に宣伝しているわけではないのですが、お世話になっているモソ男爵や最初に治療した子爵の紹介で、毎日患者がいらっしゃるんです」

「なるほど、素晴らしい活動だ。誤解をしていて、本当に申し訳なかった」

 彼は素直に謝った。

 使用人の実家に転がり込んで、遊んで暮らしていると思ってたのかしら。

「どうぞザナルディー様もご同席ください。できれば、お顔や正体を隠して」

 患者の方も、急に公爵子息が立ち会ったら心臓に悪い。


「じゃあ俺のことはソティリオと呼んでくれ。ザナルディーの名字を聞けば、貴族なら俺が誰だかすぐ分かるだろう」

「確かにそうですね。ソティリオ様、私のこともイライアとお呼びください」

「了解した、イライア嬢。殿下達にも伝えておこう。一緒にダンジョンに入るんだ、親交を深めたい」 

 握手を交わす私達を、パロマとアベルは微笑ましく。ピノはどこか釈然しゃくぜんとしない表情で眺めていた。

 ソティリオは先に部屋を出て、顔を隠すローブを買いに行った。治療するレストランで合流する。


 午後の診療が始まった。症状を聞いてから般若心経を全文唱える。

 医療の心得こころえはないので、問診と呼べるほどちゃんとしたものでもない。どんな症状に効果があるか、確かめるための調査だ。

 今回は一人が骨折、一人が薬ではなかなか改善しない頭痛だった。偏頭痛かな。二人とも改善したと、喜んでお金を払ってくれた。レストランの室料と飲みもの代も、あちら持ち。料金は日本円だと、謝礼込みで七千円くらいかな。ここだとそこそこの店で飲食した、一日分の食費くらい。

 二人がお礼を言いながら帰ってから、ソティリオは感心してため息を零した。

「……本当に全文をすらすらと唱えられるんだな。骨折が綺麗に治り、病気にまで効果があるとは……」


「患者さんにも説明しましたが、頭痛は慢性的なものみたいですし、完治したわけではないと思いますよ」

「それでも、痛みがないというのは気分が良いだろう。患者も晴れやかな表情をしていた」

 それがあるから、嬉しいんだよね。人に感謝されるは気持ちいい。

 ましてや、ソレでお金が稼げるなら!

「料金も祈祷より安い。君のことが知れ渡ったら、患者が押し寄せてダンジョンどころじゃなくなったろう。秘密にするには正解だ」

「回復魔法は全文を公開しましたし、他の人達が使えるようになるのも遠くないでしょう。診療所が増えれば、困っている人が助かります」

 私に押し寄せられても困るししね。


 回復魔法を唱えると、魔力を消費するらしい。お経なのに。患者が増えても、私一人では対処に限りがある。

「……俺も君に負けていられないな。ダンジョン潜入の支度は任せて、治療に専念してくれ。魔力回復アイテムも持って行く」

「本格的に始まる感じがしますね。心の準備もしておきます」

「ああ、よろしく」

 決行の日が決まったら伝えに来るといって、ソティリオは去った。

 認められて良かった。女神様のお願いとはいえ、嫌われながらダンジョンに入ることになったら辛いよね。


 いつ知らせが来てもいいように、準備しなきゃ。

「ダンジョンって、攻略に何日くらいかかるかな。着替えは何枚、必要かしら。クッキーなら持って行かれるかな。あ、みんなの分もないとケンカになるわね?」

「お嬢様、遊びじゃないですよ。私は心配です。お嬢様の実力は存じ上げておりますが、杖のような魔法使いの装備品は要らないんですか?」

 杖。魔法使いは杖を持つ。

 回復魔法には興味が無かったから、杖が必要か分からない。特別な何かがあるのかも、町に探しに行きたい。

「確かに、魔法の道具も必要そうね。明日買いに行きましょう」

「護衛もお支払いも、こちらにお任せください!」

「お嬢様は僕がお守りします!」

 ピノが申し出ると、私の専属騎士のアベルが張り合う。

 その様がなんだか面白くて、笑ってしまった。


 次の日、私はパロマとアベル、神殿騎士のピノと町へ繰り出した。

 男爵家に借りた馬車の、御者席に座る二人も神殿騎士。最小限の人数にしてもらった。後から馬車が出てきたから、念の為に陰から見守る人くらいはいるかも。

「魔法装備品のお店に行けばあるかしら」

「お任せください、心当たりがあります」

 さすがピノ、神殿騎士の本分なんだわ。御者に伝えてもらって、行き先はピノのお勧めのお店に決定。

 郊外にある男爵邸から外へ出て、山裾の大きな町を目指す。

 こちらの町は塀に囲まれているので、門からでなければ入れない。男爵邸がある素朴な町と違い、高級品店や富裕層の邸宅が並ぶので、警備の兵もたくさん歩いている。


 神殿騎士の紋章を見せれば、門番は何も聞かずに通してくれた。

 大通りを抜けて、宝石店やオーダーメイド専門店などが並ぶ、貴族御用達のお店ばかりの高級商店街を進む。私が知っている商店街とは、雰囲気が違うわ。

 警備兵は羽帽子を被って歩き、家門入りの馬車とすれ違う。歩行者は必ず従者や護衛をともない、メイドが主人に日傘を差していた。

「場違いなくらい、高価そうな場所なんですが……」

 私も子供の頃なら、こういうところを散策したかも知れない。でも母親が亡くなってからは使えるお金があまりなかったので、あまり外を歩いてもいない。

 男爵令嬢パロマや、平民出身のアベルは初めてらしく、まだ馬車の中なのに緊張で固まっていた。


「このお店です」

 馬車は渋い焦げ茶色の建物の前で止まった。先に降りたピノにエスコートされて、馬車を降りる。

 大きなガラス窓の周囲は、金の縁取りがありった。磨かれたガラスの向こうに、店内の様子がハッキリと見えている。扉の両側に置かれた彫刻が客を歓迎し、色とりどりのローブがドレスのように飾られていた。

 杖は白や茶色、青いものなど色々とあり、長さも素材も様々。宝石がたくさん埋め込まれた豪華なものまで。太陽を模していたり、月の形をした杖だったり。

 魔法使いっぽい、これはテンションが上がる。


「いらっしゃいませ。何をお探しでしょう?」

 年配の店員がうやうやしく声を掛けてくる。私が答えるより先に、ピノが口を開いた。

「回復魔法を補助する、魔力の消費を抑制する装備が欲しい」

「そちらでしたら、奥にございます」

 案内された先には白い台が並んで、ガラスケースにその装備が収められていた。

 鈴だ。

神楽鈴かぐらすずなの……!」

「ご存じでしたか。そうです、カグラスズといいます。美しい音色がしますよ」


 艶やかな赤い持ち手の先には、三段になった鈴が中心を丸く囲むように揺れている。下からは絹のヒモが流れていた。先が剣になってつばの部分に鈴が取り付けられた、鉾先ほこさき鈴もある。異世界なので、剣の部分は短いけれど本物だ。

「どれになさいますか?」

「これなど女性に人気がありますよ」

 店員とピノが、笑顔で高そうなものから勧めてくる。

 ピノまで商売人の手先になっているわ。


 回復魔法が般若心経で、回復魔法用のローブが袈裟けさ、それで装備アイテムが神道しんとうの鈴かーい!!!

 ツッコみたい。大きな声でツッコみたい。

 神仏混淆こんこうにもほどがある。

 大丈夫なのか、この世界の女神様。実は日本文化オタクの、普通の訪日外国人客なんじゃない? 聖地秋葉原巡礼とかするんじゃないのか? お昼は豚骨醤油ラーメンを食べるんじゃないのか? 残った小銭はガチャガチャで消費するんじゃないのか?


「で、どれにしますか?」

 気がついたらテーブルの上に置けるだけ、鈴が並べられていた。

 トリップしている場合ではない、選ぶのは私だ。

 鈴が多いとうるさそう。二、三個手に持って鳴らしてみた。リンリンと澄んだ音が、耳に心地良い。多くてもうるさいなんて迷惑に感じないかも。

「私はこれが良いと」

 ピノが選んだのは、鉾先鈴だった。

「当店お勧めはこちらです」

 お店の人は、ちゃっかり一番高いのを勧めてくる。確かに音がとても清廉だ。


 でもダンジョンで使うんだし、万が一の時に武器になりそうなものの方がいいかも。

「ピノ様が選ばれたのにします」

 私が鉾先鈴に決めたら、ピノはとても嬉しそうな笑みを浮かべた。

「ありがとうございます、ではこちらをお包みしますね」

 店員はちょっと残念そうに、鉾先鈴をカウンター脇のスペースに持って行く。箱などが置かれていて、ここで丁寧に布を敷いたりして、傷つかないように包装してくれる。


「くうう……り負けた」

「競ってないわ」

 思わず店員の独り言にツッコんでしまった。

 ハッと驚いた顔をして私に振り向いた後、親指を立てる。

 最初は上品な人に見えたのに、おかしな店員だった。

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