婚約破棄されて、過去を思い出しました。僧侶になります!

神泉せい

第1話 婚約破棄されました。僧侶を目指します

「イライア・パストール! 貴様と婚約破棄する!!!」


 パーティー会場に響く、若い男性の声。

 壇上からは茶色い髪の男性ロドリゴ・パンプロナが、階段の下にいる私、イライア・パストールを睨み付けていた。

「ロドリゴ・パンプロナ様! 何故ですか!??」

「何故だ? もしやバレていないと思っていたのか? お前は母親の違う義妹、モニカをいじめていただろう! そんな女とは結婚できない! 彼女から全てを聞いている!!!」


 頭がクラクラとする。

 私は義妹をいじめていないどころか、義母と義妹から嫌がらせをされていた。贅沢だと新しい服はほとんど作ってもらえなかったし、私の宝飾品は義妹に奪われた。食事も私だけ家族とは一緒にとれず、台所でこっそり分けてもらった。

 使用人が同情してくれるくらい明らかに酷い扱いを受けていたのに、彼は義妹の言葉だけを鵜呑みにしたなんて。

 アクセサリーを着けられなくなったり、ドレスが同じだったりキツくなっても着ていたりしている時点で、異変に気付いて欲しかった。


「お義姉さま、私はただお義姉さまと仲良くなりたかっただけなのです……。本当は黙っていようと思ったのですが、ロドリンが優しくてつい喋ってしまいました」

「愛しのモニカ、君はなんて慎み深いんだ……」

 ロドリン。

 慎み深い? どういう意味? 義理の姉の婚約者に擦り寄る慎み深さって、どんなものなの? なんだか混乱するわ。


 そもそもここは「青いバラのクレッシェンド」という、ヒロインが成長しつつ男性達と仲良くなる学園恋愛ゲームの世界。ヒロインは最終的に火山の噴火を止めて国を救うという、学生生活からほど遠い結末を目指すゲームなのよ。

 そして無事成功した後、救国の乙女としてまつり上げられ、好感度が一番高い男性と結ばれる。その時に青いバラをもらうの。


 ロドリゴは攻略対象で私は悪役令嬢だけど、義妹も家族もゲームに出てもいなかった。ヒロインのアンジェラがロドリゴを選ばなかったから、別のイベントが発生しているのかしら……。

 彼が冷たい以外は、私の学園生活はそれなりに平穏だった。まさかこんな落とし穴が待っているとは。


「…………聞いてるか!!???」

 考えにふけってしまったわ。思い出したのがつい最近だから、思考の整理が追いついていないのよ。婚約破棄で、また新しい記憶が頭を駆け巡っていて、彼の言葉はほとんど耳に入っていなかった。

 まだ喋ってたのね。

「いいえ、聞いていませんでした」

「なんだとっ!!!」

「ですから、聞いてませんでした」

 大声ばかり出すから、耳が遠いんじゃないの。聞き返されたからもう一度言ったのに、余計に怒っているわ。相変わらず短気な男性ね。

 騎士の家に生まれてリーダーシップがある、という設定だったはずなのに、台無しだわ。欠点は短慮なところ。短慮どころではなかったわね。


 がなり声と、唐突に脳内を駆け巡るこの世界に関する記憶。この記憶と目の前の現実の齟齬そごが、余計に私を混乱させる。

「人も多くこのような相談をする場所ではありませんし、考える時間を頂きます。では失礼します」

「待て、だから婚約破棄……」

「そちらはうけたまわりました~」

 相手は侯爵令息で、私は伯爵家の娘。高圧的な相手だし、頷いていればいいわ。それよりこれからどうするかよね。

 まだ何か騒いでいるのを放置して、扉へ急ぐ。途中に立っていた誰もが道を空けてくれた。


「馬車を出してちょうだい」

 馬車が止めてある場所まで歩くと、御者にすぐ出立するよう告げた。帰るには早い時間だったので、寛いでいたわ。呼んでくださればお迎えに参りましたのに、と慌てている。待っているより歩いた方が気が紛れるのよ。

 早速走り出した馬車の車輪の音を聞きながら、生まれる前と後の記憶を整理する。


 ……私はこの「青バラのクレッシェンド」の悪役令嬢イライア・パストールに転生したのよね。深紅の髪、赤い瞳に気の強そうな顔立ち。

 生まれは伯爵家で、父は母の死後、ずっと愛人関係にあった女性を家に招き入れた。

 それが現伯爵夫人。愛人には私より二つ下の娘とがいて、私を追い出してその義妹に伯爵家を継がせたいのだ。

 つまり私が邪魔なのね。


 伯爵家に残れないかも知れない。ゲームではどうなったかしら。

 確かヒロインが私の婚約者のロドリゴルートを選んでいた場合、彼女から彼を引き離そうと嫌がらせをしたりするのよね。最後は火山の噴火を止めるという重大な任務を担う彼女の邪魔をして、牢に入れられる。

 救国の英雄となる女性を苦しめた罪は重く、処刑だったような。

 思い出してゾッとした。

 断罪もサブキャラからだし、せいぜい修道院送りかしら。

 しかし。

 せっかく青クレ(青バラのクレッシェンドの略)の世界に転生したんだもの、楽しみたいわ。ヒロインのアンジェラが火山の噴火を止めるために冒険する、ダンジョンがある。

 楽しそう。行こう、ダンジョン。


「……神殿に寄ってもらえる?」

「は、あの……夜ですし、出直されるのがよろしいかと」

 確かにそうだわ。きちんと準備して、明日にしよう。もうあんな家に帰らなくていいように。父は義母の味方で、義母や義妹は私を嫌っているし、自室すらくつろげる場所ではなかったわ。

「そうだったわね、明日の朝お願いね」

「はい」

 さて、もう家に着いたわ。後は時間との勝負よ。


 家ではメイドが驚きながら出迎えてくれる。

「お嬢様、どうされたんですか? お早いですし、モニカ様はご一緒じゃないんですか?」

「……婚約破棄されたの。ロドリゴ様はモニカと浮気していたわ。お願い、部屋に誰も入れないで」

「まあ、なんということでしょう……! 承知しました、旦那様であっても部屋に入れません。お食事などが必要でしたら、お申し付けくださいね」

「ありがとう、今は何もいらないわ」

 メイドの方が怒っているわね。ショックで部屋にこもると誤解しているのね、ちょうどいいわ。残っている宝石を鞄に詰める。

 部屋の前には数人が立って、見張ってくれていた。使用人と仲良くしていて良かったわ。


 きっと、婚約破棄されるなんて情けない、と夫婦して怒鳴り込んでくるでしょうから。モニカの責任なのに。

 ほどなく廊下で騒ぎ声が聞こえた。しばらく続いたけれど、メイドや護衛の兵まで守っているものだから、諦めたみたい。

 夜明け前に食事を運んでもらい、家人が目を覚ます前に屋敷を後にした。

 昨夜はモニカがロドリゴの新たな婚約者におさまったと、両親は祝いをしていたそうだ。なんて人達なのよ。


 もう着られないのに、もったいなくて保存しておいたドレスなどを馬車に積み込んだので、親しいメイドには私が家に帰らない決意だと分かったようだ。寂しそうな瞳をしている。

「……お嬢さま、行く当てはあるんですか……?」

「しばらくは売ったお金で何とかなるでしょう。パロマ、アベル、よろしくね」

「もちろんですわ、お嬢様」

「お任せください!」

 専属侍女と護衛の騎士が、私にどこまでも従うと同じ馬車に乗ってくれた。心強いわ。騎士のアベルは元平民なので、平民の暮らしには詳しい。


 まずは神殿で魔法洗礼を受ける。

 これ、ゲームで好きなシーンだった。楽しみ。大金が必要だから、貴族や裕福な家庭の人にしかできないのよ。この洗礼を受けると、魔法が使えるようになるの。属性は土・水・火・風、それと回復。

 通常魔力は人の中で眠っていて、あるのに使えない。神様が起動してくれて、初めて使えるようになる。種類が選べるの! 適正値がゼロだとダメだけどね。

 私は回復を使えるようになるつもり。怪我が治せるようになるわ、治療院を開ける。出費は痛いけど、取り戻せる投資なのよ。


「賛成です! さすがお嬢様です。でもお困りでしたら、私の実家を頼ってくださいね」

「助かるわ。ご挨拶には伺いたいから、ご両親によろしくね。困った時は、遠慮なく頼ってしまうわよ」

「はい、両親もお嬢様にお会いしてみたいと言ってました。喜びますよ!」

 侍女のパロマは、男爵令嬢。今いる王都から離れた南の町に実家があるの。そこはダンジョンが近いから、周辺の様子を尋ねたいわ。

 それにしても会いたいって、パロマは両親に私のことをどう話しているのかしら?

「お嬢様、着きましたよ」


 神殿は真っ白くて先端が尖った建物だ。入り口の柱には彫刻があり、扉の上は三角になっている。柱がたくさんあるし、ギリシャとかに来たみたい。イメージだけど。

「奥へどうぞ」

 宝石を幾つか差し出すと、洗礼を受ける『祈りの間』に通された。侍女と護衛は隣の控え室で待つ。

 正面には立派な女神像が立っていて、祭壇の左右には火の灯った長いロウソクが並び、食べものや稲穂などが皿の上に飾られている。祭壇を挟むように置かれた台には、宝石や貴金属などの寄進物が並べられていた。

 

 洗礼の説明を受けてから、神父が何やら分からない言語を唱えると、神像がほのかに輝き始めた。最後に十字を切って、神父が出ていく。

「では、こちらに膝を突き、決められた作法通りに祈りを捧げてください。間もなく女神様のお声が聞こえますので、失礼の無いように答えてください」

 ええと、まずは台座の前の赤い座布団に膝をついて両手の指を組み、神様に祈るのね。

 不意に動きの速いエレベーターに乗った時のような浮遊感を感じた。頭がキインと痛んで、部屋の温度も変わった気がする。


『人の子よ。私に何を望む?』

 天から降ってくるように、鈴の音のような女神様の声が部屋に響いた。

「はいっ。回復の能力をお授け頂きたく存じます。私は人々の傷を癒す仕事がしたいのです」

 神様の問い掛けが聞こえたら、欲しい能力と理由をハッキリ伝える。本当に声が聞こえるのね、緊張するわ。


『お前の中に眠る魔力は……、大きいわね。回復も問題ないわ』

「ありがとうございます、女神様……! ああ、青クレの再現……」

『……青クレ? 青クレを知っているの?』

 うっかり言葉にしてしまった。転生者って、知られてもいいの!? しかも神様は青クレをご存じなの? さすが全知者!

「……はい、実は。青バラのクレッシェンドは、生まれ変わる前の私が好きなゲームでした」


『やっちゃったー!!! 地球からの転生者は受け入れない設定にしてたのに!』

「……設定?」

 神様の威厳が急になくなった気がする。どういうこと? 戸惑う私に、神様は独り言のように続けた。

『実は、私ってクリエイティブな才能があまりなくて……。ゼロから世界を考えるのが難しかったから、地球を参考にしたの。特に青クレ。あのゲームめっちゃ好きで』

 お、お仲間……!!! まさかの展開に、言葉がすぐに出ない。


『ただ他の神がね、“酷似部分が多いから、創造権の侵害で訴えられるぞ”って注意してきたのよ。今更直せないし、バレないように地球からの転生者を入れないようにしてたの……』

「そうだったんですか。ファンとして感動しています。この世界を壊されないよう、他の神様に喋ったりしません!」

『ありがとう! お礼に能力をあげる、貴女の回復は誰より強いわよ!』

 告げ口どころか、そもそも神様と会話する機会があるのかが謎過ぎる。とはいえ、これでちょっと安心したみたい。女神さまの表情は明るくなった。


 ところで、創造権の侵害って何かしら。

 著作権とか肖像権の、神様の世界バージョン???

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