第44話:逃亡
神暦2493年、王国暦230年8月20日:王都・ジェネシス視点
「皇帝が皇都を捨てて逃げただと?」
「はい、後宮の寵妃達だけを連れて、内陸奥深くの都市に逃げたそうです」
急使が身分に関係なく直接報告する。
俺のやり方を学んだ取次役は、急使に栄養水を与えて短時間休憩させただけで、汚れた衣服の汗臭い姿のまま謁見の間に連れて来るようになっていた。
「多くの家臣や民はどうなったのだ?」
「紅毛人の軍は情け容赦なく民を殺し、皇宮の財宝を略奪したそうです。
家臣は皇帝と共に逃げ出しております。
民は、紅毛人の軍によって男女関係なく強姦殺害されました。
紅毛人の軍は、全ての罪を隠すために、皇都中に火を放ちました」
「……大陸最強の騎士団はどうしていたのだ?」
「伝えられた情報では、近衛騎士団や親衛騎士団は皇帝を護って逃げたそうです。
皇都を護るために残された騎士団は、戦うことなく逃げ出したそうです。
大陸騎士団は、長年の貴族士族暮らしで腐っていたようでございます」
「皇族は誰も戦わなかったのか?」
「皇都防衛を任された皇族も逃げ出してしまったそうでございます」
「騎馬軍団で大陸を統一した皇室の武威も地に落ちたな。
良く報告してくれた、これで美味しい物でも食べて休養してくれ」
俺が小金貨を差し出すと、直ぐに取次役が受け取って急使に渡してくれた。
「もったいない事でございます。
家宝にして生涯大切にさせて頂きます」
「家宝にするなら、感状を与えるからそちらを子孫に残せ。
金は騎士として己を鍛えるために使え。
美味しい物を食べて身体を造るのも騎士の役目だ」
恐縮する急使が部屋を出て行くまで表情を保つのに苦労した。
ああいう仰々しいのは性に合わないのだ。
「王太子、大陸の騎士団も堕落しきっていたようですな」
「我が国と同じだよ、セバスチャン。
上に立つ者が己を律していなければ、家臣も自堕落になる。
何かあった時、親兄弟、子や孫が殺されるとは夢にも思っていないのだ」
「さようでございますね。
国王がずっと権力を握っていたら、我が国の騎士団ももっと堕落していました。
これほどの危機が近づいて来ていても、何もしなかったでしょう。
いえ、大陸の混乱を利用して、私利私欲に走っていたでしょう」
「そうだな、そうなっていただろうな。
大陸の情報をいち早く手に入れられるドロヘダ辺境伯家は、この機を利用して王家打倒を画策していただろう」
「恐ろしい事態になっていたのですね。
王太子が実権を握ってくださっていて良かったです」
「ああ、だか、俺が実権を握ったからと言って、完全に安全な訳ではない。
紅毛人達は大陸と和平を結ぶ気があるのか?
あるとしたら、どのような条件を突き付けて来るのか?
その条件を皇帝が飲むのか?
それによってこちらの策が違ってくる」
「具体的にはどのような策を取られるつもりなのですか?」
「紅毛人の国がどのような方針を取るのかによるが、基本両国を戦わせる」
「今の使者の話しでは、大陸に戦う度胸があるとは思えませんが?」
「こちらから援軍を出すのさ」
「援軍でございますか?」
「ああ、貴族連合艦隊が停泊している島の割譲と、戦争中の軍費と兵糧の支給を条件に、援軍を出す」
「王太子、この国の民を護る事が最優先だったのではないのですか?
大陸を守るために、大切な騎士を損なうおつもりですか?!」
「宝石よりも貴重な、忠勇兼備の騎士を失う気など少しもない。
援軍に向かわせるのは、危険と判断したら直ぐに逃げられる密偵数名だ。
彼らに大陸の難民や貧民を集めてもらう。
集めた民で軍を編成して紅毛人と戦ってもらうのさ」
「紅毛人と大陸の和平交渉が長引けば、そのような策も可能かもしれません。
ですが、今の大陸では、屈辱的な条件でも和平に応じるのではありませんか?」
「その可能性も考えている。
これまで我が国も交易していた南蛮国。
今回大陸に攻め込んだ紅毛国。
他にも遠方より利益を求めて2つの国がやってきている。
彼らも同じように大陸を脅すだろう。
その時、大陸の民は黙って奪われるだけでいるだろうか?
堕落した皇族や貴族、騎士達は民から更なる収奪をして、紅毛人達に渡す富と自分達が手にする富を確保しようとするだろう。
その時、民は黙って奪われ死んでいくだろうか?」
「民が蜂起すると言われるのですか?」
「前にも言ったが、大陸には4億以上の民が住んでいるのだ。
大陸を統一した国は幾つもあった。
初代は皆王ではなく皇帝を名乗った。
広大な大陸を統一するような英傑だが、永遠に生きられるわけではない。
代を重ねるごとに腐敗していく。
腐敗した国は、北方の国から攻められて滅ぶか民の蜂起によって滅んできた。
だが今回は南の海からやってきた国によって滅ぼされるかもしれない。
あの国の民は、黙って殺されたりはしない。
指導者がいれば、必ず蜂起する」
「王太子はその指導者を送り込むつもりなのですね?」
「本当なら俺が行きたいところだが、この国の実権を握っているので、無責任に放り出して大陸に渡る事はできない。
1番適任だと思う者に行ってもらうしかない」
「そういう事ならしかたありません。
密偵から側近に取立てた者達がとても優秀なのは私も知っています。
王太子の事ですから、彼らがムダに死なないように、亜竜素材の武器と防具、魔道具と魔晶石を貸与されるのでしょう。
彼らに対処した亜竜素材の武器や防具が敵に渡らないようにしてください」
「その点は大丈夫だ、彼らは密偵、潜入の名人だ。
仲間達と相談し助け合い、この国を護る事を最優先にして、大陸で活躍しいてくれるから、何の心配もいらないよ。
貸与したモノを敵に渡すような事はない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます