第39話:孝行

神暦2492年、王国暦229年11月29日:メニフィー賄領・ジェネシス視点


「どうだい、当地で困っている事はないかい?」


 俺は賄領を任せる事にした初期側近にたずねた。

 領民50万人は俺の持つ強大な力の1つだ。

 忠誠を誓ってくれるくらいの善政を布かなければいけない。


 本当なら俺が直接統治したいのだが、忙し過ぎてとても無理だ。

 セバスチャンやマッケンジーには国の事を頼まなければいけない。


 しかたがなく、先鋒騎士団団長に任命したばかりの初期側近に、賄領の代官を兼任してもらわなければいけなくなった。


「1度に大量の人間が王太子の領民となったのです。

 困らない事などありません。

 ですが、全てよろこばしい困りごとばかりです。

 王都の城壁外で暮らしていた時よりも、はるかに生活が良くなっているからこそ、色々と問題が起こっているだけです」


「そうか、彼らの生活が良くなっているのならそれでいい。

 ただ、お前には大きな負担をかけたと思っている。

 多くの資金と物資を与えていても、人員が足らなければ失敗の素だ。

 必要なら他の先鋒騎士団の指揮命令権を与える。

 そうだな、連合騎士団長とか、騎士団総長とか、称号も与えるぞ?」


「一緒に王太子に仕えていた騎士団長が指揮下に入ってくれるのならうれしいですが、そうでなければやめてください。

 目立つクズやゲス、無能などは更迭されましたが、そこそこの知能がある姑息な奴は団長を続けています。

 証拠をつかませないようにして、ジャマをしてくるかもしれません」


「まだそんな奴が残っているのか?!

 徹底的に調べて叩き潰せ!」


 俺が後ろを向いてそう言うと、現在側近を務めてくれている元密偵の1人が黙ってうなずき、どこかに消えて行った。

 1カ月、いや、数日のうちに厳罰を下せるだけの証拠を集めてくれるだろう。


「王太子、直接的なジャマをしなくても、陰湿にサポタージュしてくる可能性もありますし、根本的に能力が足らない場合もあります。

 善良だから処罰されていないですが、無能な団長もいるのです。

 団長がそれなりの人材でも、団員の多くが無能な場合もあります。

 他の騎士団を指揮下に置いてくださるよりは、我が騎士団の増強を認めてくださるほうが、はるかに色々とやれます」


「ほう、何をやろうと言うのだ?」


「どれほど有能な者がいても、正式な騎士はそう簡単に増やすことができません。

 だから王太子も、個人の騎士として魔境騎士団を設立されたのでしょう?」


「ああ、その通りだ。

 建国王の作られた大法は、無暗に変える訳にはいかない」


「私も、王太子がこの国を去られた後の事を考えてみました。

 無能な後継者が、私利私欲で大法を捻じ曲げる事は防がないといけません。

 同時に、有能な者を取立てる仕組みも作った方が良いと思っています」


「そうだな、そのために文挙と武挙を始めるのだが、それだけではダメか?」


 中国の科挙制度はやり過ぎだと思うが、試験で人材を採用する事は、この国の血統や縁故を最優先する悪しき前例を討ち破るために必要だと思う。


「文挙や武挙はとても良い政策だとは思いますが、その試験の事すら知らず、地に埋もれている人材が数多くいます。

 貧しく苦しい生活の為、王都に来て文挙や武挙を受けられない者も出てきます」


「そうだな、どのような政策にも穴はできてしまう。

 完璧な制度を目指して何もしないよりは、穴があっても早く実施した方が良い。

 そう考えてやったが、補う策があるのか?」


「はい、騎士団員は本人だけでなく一族や家臣も兵力としています。

 他にも、騎士団は独自に雑用を行う徒士や兵士を雇うことができます。

 任務によってその雇用枠を増やして欲しいのです」


「なるほど、俺の賄領を管理してくれている先鋒騎士団なら、領地管理用の人員を雇う権限と費用を渡せばいいのだな」


「はい、すでに莫大な費用と物資をいただいてはいますが、それを使って元難民や貧民を雇う権限がありませんでした。

 王太子の名誉を傷つけないようにしようと思うと、お金や物資があっても使えない事が多かったのです」


「よく言ってくれた。

 俺の個人の賄領なら、どのような権限を与えても国の大法には触れない。

 問題があるとすれば、国の騎士団である先鋒騎士団に俺の賄領管理を任せている事だが、メニフィー地方全体の代官を兼任しているから大丈夫だろう。

 それはそうと、元難民や貧民を雇ってくれるのか?」


「騎士団の雑用や密偵をしてもらうのなら、難民や貧民の方が使い易いです。

 それに、難民や貧民の中にも人材がいます。

 磨けば光る原石なような者もいます。

 そんな者達を、徒士や兵士として雇わせてください。

 そうしておけば、平民では養子に入れない騎士家にも、文挙や武挙で合格した後なら、婿入りが可能になります」


 なるほど、騎士団の兵になっても平民のままだが、兵士なら騎乗資格のない徒士家なら養子には入れる。


 平民のままでは、どれほど優秀でも文挙や武挙で不利になるだろう。

 文武に秀でていれば文挙や武挙に合格させる事になっているが、俺の目が常にあるとは限らない。


 だが、俺の元側近が団長を務める騎士団からの推薦があれば、陰湿な譜代騎士や貴族が私情で不合格にさせ難くなる。


「細かい点は後で話し合うとして、その献策は取り入れよう。

 必要な人数は余裕をもってくれ。

 1000人でも1万人でも必要なだけ雇え。

 賄領の管理に関しては、国や王家の税収ではなく俺の個人財産で払う」


「王太子の個人収入が、国家予算の数万倍ある事を知っていますから、遠慮せずに必要なだけ請求させていただきます。

 権限が明確になりましたので、私の困り事は解決しましたが、王太子がここに来られた問題は何なのでしょうか?」


 さすが初期からの側近だ。

 俺が頼みたい事があってここに来た事を見抜いている。


「実は新しい中級の回復薬や治療薬を開発したのだが、初めての製作方法なので、人体に悪影響が出ないか確かめたいのだ。

 人体実験になるから、希望者だけを集めてやりたい。

 動物実験では何の問題もなかったから、悪影響などないと思うのだが、思うだけではいけないから、人の身体で確かめたいのだ。

 礼金として金貨1枚を渡すつもりなのだが、何人くらい集まりそうだ?」


「人体実験であろうと、中級の回復薬を治療薬がもらえるのなら、数万人の希望者が集まります。

 謝礼に金貨1枚もらえるなら、全領民が集まりますよ。

 それほどの人数はいらないのでしょう?」


「そうだな、本当は病人やケガ人だけに与えたいのだが、そんな事を言ったらわざと身体を傷つける者が現れるかもしれない。

 騎士団に人選をさせたら、やましい考えなど全くなかったのに、金貨1枚の利権を与えて不正をしたと、お前達が非難されるかもしれない。

 ここはお前達が陥れられないような方法で選びたい。

 俺個人の好みで選んでくれ」


「王太子の好みと申されますと?」


「孝行な人間や愛情豊かな者を選んでくれ」


「それはまたあいまいな基準ですね。

 それこそ後で家の団員が非難されてしまいますよ」


「最終的に俺が確認して選んだことにすればいいだろう?

 さすがに親を傷つける子供や子供を虐待する者は選ばれないだろう?」


「それはそうですが、基準があいまい過ぎます。

 そんなに孝心や道徳心を育てたいのですか?」


「それもあるが、親や子供のためにがんばって、自分の事を後回しにしている人間に、少しくらい良い思いをしてもらいたいじゃないか。

 彼ら彼女らに賞賛が集まる機会を与えてやりたいのだ」


「そういう事でしたら、人体実験とは別に孝行と善行を報奨しましょう。

 人体実験の代価など大銀貨1枚で十分です。

 浮いた予算を孝行と善行を報奨しましょう」


「別に人体実験の予算を減らさなくても大丈夫なのだが、お前が多過ぎると言うようなあぶく銭を与えると、人の心を悪い方に向けてしまうかもしれないな。

 分かった、人体実験代は大銀貨1枚にしよう。

 その代わり、孝行と善行の褒章は金貨1枚から10枚にする」


「行いの良い者に金貨10枚与えるのは賛成です。

 しかしながら、最低ラインを金貨1枚にするのは止めていただきましょう。

 このような褒章は、多くの人に与えた方が良いです。

 そのためには、報奨ラインを下げないといけません。

 金貨1枚も渡すような孝行や善行だと、人数が限られてしまいます。

 小銀貨1枚から金貨10枚にしてください。

 それと、平民は金貨など使いません。

 両替には手数料がかかってしまいます。

 本当なら銅貨を用意していただきたいところですが、量が量ですから銀貨で結構ですので、準備をお願いします」


「分かった、人選はお前に任せるから、後は頼んだぞ。

 それと、騎士団の雑用係には、孝行者と善行者を選んでくれ」


「分かっております、お任せください」

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