第38話:人体実験

神暦2492年、王国暦229年11月28日:王都・ジェネシス視点


「ふむ、この木属性素材とこちらの土属性素材を混ぜて、純水で精製抽出したら、これまで低レベル治療薬の素材だった物で、中レベル治療薬が作れるのか。

 これは今までの製薬概念を根本的に変えてしまう発見だな」


 並の純水を使った実験でこれだけの成果が出るのだ。

 超純水を使えば、低レベル素材で高レベル治療薬を作れるかもしれない。


「王太子は簡単に言われますが、その純水を作るのが難しいのです。

 まず純水を作るための道具を作らなければいけません。

 それにどれだけの費用と時間がかかると思っているのですか?!

 普通の人間には、魔力まかせで莫大な量の純水を一瞬で作れないのです!」


 マッケンジーの言う通りだ。

 俺が純水を簡単に作れるのは、ほぼ無尽蔵の魔力があるからだ。

 普通はこの程度の実験に純水は使わない。


 一般的な薬物の精製抽出には、長年アルコールが使われていた。

 アルコールで薬効を抽出する事は、はるか昔から行われていた。

 純水は変質的な研究者が金と時間と手間をかけて作る物だ。


 時間と手間をかけた純水を低レベル薬の研究に使う錬金術師などいない。

 貴重で高価な素材を使う、高レベル魔術や魔術具に使われていた。

 だからこれまで誰にも発見されなかったのだろう。


「そうだったな、だが低レベル素材で中レベルの回復薬や治療薬が作れるのなら、国家規模で生産拠点を造って大量生産すれば、莫大な利益が出るのではないか?

 中レベルの回復薬や治療薬が安価で大量に出回れば、騎士団や冒険者が今よりも魔境で狩りができるようになり、魔境から得られる素材の量と質が格段に良くなる。

 なにより、これまで中レベルの回復薬や治療薬が買えずに亡くなっていた人が、死なずにすむのではないか?」


「王太子の申される通りではありますが、これまで中レベルの素材を集めていた者達が生活できなくなるかもしれません」


「そんな事はないだろう。

 確かに低レベル素材で中レベルの回復薬や治療薬が大量に作られるようになれば、中レベル素材の買取価格は下がるだろう。

 だが中レベル素材で高レベル回復薬や治療薬が作れる事が分かれば、中レベル素材の買取価格が下がる事はない」


「確かにその通りですが、そんなに上手く行きますか?」


「それを確かめる為に、こうして2人で研究しているのだ。

 そうでなければ、大臣職を兼任しているマッケンジーに手伝わせない!」


「王太子の研究は私が手伝う。

 そう言う約束で大臣職をお受けしたのですから、しかたないでしょう」


「分かっている、だからこうしてセバスチャンに文句を言われても一緒に研究しているのだ」


「……王太子、次は人体実験ですが、どうされます」


「多くの薬を作り、動物や魔獣相手に実験を繰り返してきたが、問題はなかった。

 これ以降は、人間に投与して効果を確かめなければならない。

 全ての責任は俺が負う。

 だから病気やケガをした者に投与する」


「しかしながら王太子。

 王都に住んでいる者全員が、先日王太子に治療していただきました。

 実験するための病人やケガ人がほとんどいないと思うのですが」


「俺の賄領に戻る。

 あそこには俺の領民となった50万人がいる。

 魔境の砦にいる者もいれば、賄領から狩りに行っている者もいる。

 ケガ人は間違いなくいるだろうし、病人も多いはずだ」


「王太子が大量の回復薬や治療薬を後払いで貸し与えているのを覚えています?」


「……覚えてる。

 だったら、俺の実験に付き合ってくれと言えばいい。

 実験を手伝ったら褒美を与えると言えば集まってくれるだろう」


「王太子が手伝ってくれと言ったら、褒美を与えなくても集まってくれますよ」


「ではなんの問題もないな?」


「1つだけとても重要な事があります」


「なんだ?」


「純水を作るための魔術です。

 空中で純水を作りながら、同時に多種多様な素材を入れて薬を作る魔術です。

 私に教えてくれる約束ですよ!」


「まだ早い!

 マッケンジーは実験の為なら無茶をする

 悪影響や副作用がないか確かめるまでは教えられない」


「王太子がそう言われるのでしたら、しかたありません。

 今直ぐ賄領に行って人体実験を行いましょう。

 王太子が安全だと思われるまで、寝る間も惜しんで人体実験です!」

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