第36話:火属性竜再び
神暦2492年、王国暦229年11月10日:ドロヘダ辺境伯領・ジェネシス視点
「ジェネシス王太子殿下、伏してお願いの儀がございます」
俺の前には正式に謁見を願い出てきたドロヘダ辺境伯がいた。
元々王家派の先代ではなく、先日まで反王家派だった当代だ。
延命と名誉と利を与える事で懐柔した男だ。
「内容によるが、話しだけは聞こう」
この男、メイソンが正式に願い出てくる理由は2つに1つ。
あるいは両方願い出てくる可能性も皆無ではない。
聞き届けるべきかどうか……
「誠に勝手なお願いなのは承知しておりますが、家臣領民90万の生活と命を助けていただきたいのです!」
「ふむ、サウスベンド魔山に住む火属性竜を斃してくれというのだな?」
ドロヘダ辺境伯領にあるサウスベンド魔山は、常に火山灰を噴き出している。
とても活発な火属性竜の影響で、穀物を作るのがとても難しい。
家臣領民がとても貧しい生活をしているのは、以前から耳にしていた。
「はい、王太子殿下直々に退治していただくしかなく、とても畏れ多い事だとは重々承知しておりますが、伏してお願い申し上げます」
「それだけか?
金遣いが荒く、辺境伯家の財政に大きな負担をかけている、先代のローガン殿を何とかして欲しいのではないのか?」
「それは自分でもなんとかできる事でございます。
辺境伯家の内内の事まで願い出るほど厚顔無恥ではございません。
ただ、父か私が不慮の死をとげた時は、黙認していただきたいです」
なるほど、財政再建のためなら父も殺す覚悟があるという事だな。
同時に、父に殺される可能性も考えているのか。
こういう覚悟の決まった漢は好きだ。
「分かった、火属性竜は俺が退治する。
家中で少々問題が起ころうと、責任は問わない。
ただし、条件がある」
「どのような条件でしょうか?」
「普通魔境や魔山で狩りをした場合は、冒険者ギルドか代官所に仲介手数料や解体料を支払い、残った金額から5割の税金を納める。
だが今回は、ドロヘダ辺境伯の頼みで火属性竜を狩るのだ。
今まで軽く斃してきたとはいえ、相手は強大な火属性竜だ。
普通なら命懸けの狩りになる。
この狩で得た魔獣に関しては税を支払わないぞ」
「そのような事でしたか。
王太子に無理なお願いをして領地に来ていただくのです。
最初から税をいただこうとは考えておりません。
ドロヘダ辺境伯をあげて歓迎させていただきます」
「それはとても楽しみだが、ドロヘダ辺境伯家に負担をかけるのは心苦しい。
それに、長く王都を留守にするわけにもいかない。
日程の調整もあるから、今日出陣して直ぐ帰ると言う訳にもいかない。
これは王侯貴族の定めだが、俺がドロヘダ辺境伯領に行く以上、ドロヘダ辺境伯には人質として王都に残ってもらわなければいけない」
「重々承知しております」
「ただ、そうだな、ドロヘダ辺境伯家には、代々の国王が無理を言った。
その事がドロヘダ辺境伯家の財政に負担をかけた事は理解している。
俺個人はその負担を補ったが、王家王国としてはまだだ。
だから王家王国としてこれまでの負担を補おう。
ドロヘダ辺境伯家が属国を通じて行っている異国との貿易を助けよう。
サウスベンド魔山で狩る魔獣の内、異国に売っても問題のない魔獣に関しては、ドロヘダ辺境伯家が属国を通じて売る事を許可する」
「ありがたき幸せでございます」
そう言う約束をした上で、俺は翌日早々ドロヘダ辺境伯領に向かった。
俺は王国海軍の軍艦に乗って向かった。
アンゲリカと密偵側近100人が同行した。
領内で問題が起こらないように、ドロヘダ辺境伯家の王都家令が同行した。
領内の反王家派が俺を襲うような事があったら、お互いの不幸だから。
俺が魔力に任せて海水を操って急行した。
風まかせだと180時間、最初から最後まで風魔術を使っても60時間かかる。
それを俺なら30時間で行く事ができる。
「王太子に来領していただけるとは、光栄の極みでございます。
どうか領城に来てください」
「ふむ、歓迎してくれるはありがたいが、俺も王都を長く空けられない。
今直ぐサウスベンド魔山の火属性竜を狩って戻りたい。
サウスベンド魔山の案内は王都から一緒に来てくれた家令に頼む。
家宰は狩った魔獣を異国に売る準備をしておいてくれ」
俺はドロヘダ辺境伯との約束を説明した。
ドロヘダ辺境伯領を預かる家宰はとても恐縮していた。
内心は分からないが、表面は王家王国を敬ってくれている。
敵対する気がないのならサクサクと狩りをして帰る。
いつも通り有利な属性魔術を使って火属性竜を狩った。
途中ジャマになる魔獣は手当たり次第狩って亜空間に保管した。
ボスである火属性竜が好戦的な影響か、それともサウスベンド魔山に魔獣を好戦的にする力があるのか、群がるように襲いかかってきた。
そのお陰でとんでもない量の魔獣を手に入れる事ができた。
地上種と水棲種、地中種と空中種の亜竜が狩れたのはとても大きい。
この世界では亜竜を属性分けしていないが、俺の知る五行思想では亜竜もある程度属性に分ける事ができる。
いや、全ての魔獣に属性があると考えている。
亜竜はもちろん、少しレベルが落ちる高レベル魔獣も属性を調べ、精製したり調合したりする事で、属性竜のような延命効果が得られるかもしれない。
「この度の御恩、ドロヘダ辺境伯家の家臣領民を代表してお礼申し上げます。
この地に住む人々は、当家がこの地を治めるはるか以前から、サウスベンド魔山の火属性竜には苦しめられてまいりました。
火属性竜を退治してくださった事は、どれほどお礼を言っても感謝しきれません。
王太子は穀物がほとんど実らない元凶を取り除いてくださったのです。
この地に住む者にとっては長年の悲願が達成されたのです」
ドロヘダ辺境伯家の家宰が、領地の重臣と一緒に最敬礼してくれた。
いや、俺に謁見できる身分の家臣が勢ぞろいしている。
少々大げさとも思うが、それほど火属性竜に苦しめられてきたのだ。
「気にするな、この国を治める王家の一員として当然の事をしただけだ。
本来ならこの領地で狩った魔獣は税を支払わなければならない。
だが、今回はドロヘダ辺境伯の頼みで俺が命を賭けた。
しかも獲物は他国に売られては困る高レベル素材だ。
約束通り危険な獲物は全て王都に持ち帰る。
ただ、他国に売っても問題のない魔獣だけは預けておくから、儲けてくれ」
「お話しはうかがわせて頂いております。
当然のお話しでございます。
問題のない魔獣を他国に売る許可を下さる温情に心から感謝しております。
先に御許可頂いた、魔獣素材の他国への販売と他国から輸入した穀物の買取に加え、これほどの御温情を賜り、感謝の言葉もありません。
これでドロヘダ辺境伯家は商人からの借財を全て返済できます」
「そうか、では魔獣の数はできるだけ多い方が良いな。
委託販売という形をとるから、これを預かってくれ」
俺はドロヘダ辺境伯の家臣達の前に莫大な量の魔獣を出した。
「このような高レベル魔獣まで他国に売って宜しいのですか?!
これほど大量に委託していただいても、我が家では保存できません」
「心配するな、俺の魔法袋を貸し与えるから、魔獣が売れたら返してくれ」
「魔法袋!
こんなに沢山?!
これは王家の秘宝なのではありませんか?!」
俺は父王から下賜された魔法袋を全部ドロヘダ辺境伯家に貸した。
俺には亜空間と自作の魔法袋がある。
「ドロヘダ辺境伯家は、この国の南の護りだ。
ドロヘダ辺境伯家には常に戦える体制を保っていてもらいた。
少なくとも俺の生きている時代だけは、この国を守ってもらいたい。
そのためなら、王家の秘宝であろうと預ける」
「……これほどの信頼をいただけた事、騎士の誉れでございます。
主君共々、生涯の忠誠を誓わせていただきます」
家宰が最敬礼しながら忠誠を誓ってくれた。
「「「「「生涯の忠誠を誓わせていただきます」」」」」
後ろに並ぶ全家臣も最敬礼しながら忠誠を誓ってくれた。
俺は山ほどの感謝を手に入れて王都に帰る事ができる。
戦国乱世の末期、王家はドロヘダ辺境伯家と天下をかけて戦っている。
ほとんどの強敵は滅ぼしたが、ドロヘダ辺境伯家と幾つかの家だけが残った。
現存する貴族の中で1番警戒しなければいけないのがドロヘダ辺境伯家だ。
だからこそ、歴代の国王と大臣達はドロヘダ辺境伯家に無理を言ってきた。
王家や王国に敵対できないように、経済的に追い詰めていた。
その分、根深い恨みを買ってしまっている。
俺だけが温情政策を行ったからと言って、恨み辛みが消えるとは思っていない。
だが、親王家派が反王家派を説得する材料にはなる。
反王家派が、新王家派の説得に応じる言い訳にはできる。
属性竜を簡単に狩る俺に敵対できない事は、全家臣が頭の中ではわかっている。
だが、頭では分かっていても、心、感情的に納得できない。
弱いから我慢するのでは、更なる恨みと憎しみを掻き立てるだけだ。
だが、多少の恩を受けたという理由なら心が慰められる。
歴代王や国は許せなくても、慈愛を施した俺の代に敵対しない。
そう言う気持ちになってくれればいい。
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