第30話:リーズ魔境
神暦2492年、王国暦229年7月23日:リーズ魔境・ジェネシス視点
「これより魔境に入る。
全員気を緩めることなく臨戦態勢でいろ」
「「「「「はっ!」」」」」
ようやくリーズ魔山の火属性竜を討伐できるようになった。
1度水属性竜のスタンピードで中止するしかなかったのだが、1カ月弱の期間をおいて、何とか再討伐ができるまでになった。
水属性竜自体は結構簡単に斃す事ができた。
俺だけなら、その日の内にリーズ魔山の火属性竜を再討伐に行けた。
だが、民の不安を考えれば、色々とやらなければいけない事があった。
糞恥ずかしい凱旋パレードをするしかなかった。
愚かな兄達が暴走しないように立太子式もしなければいけなかった。
恩を受けた者達に延命の秘術を行わなければいけなかった。
「この度のドロヘダ辺境伯家の働きは貴族や騎士の鏡といっていい!
その功績は、勲章や報奨金で済ませられるような小さなものではない!
よって、私が狩ったコービー湾魔海の水属性竜から作った特別製の延命薬を与え、手づから延命の秘術を与える」
「「「「「うぉおおおおお!」」」」」
俺は仲良く並ぶ先代と当代のドロヘダ辺境伯に延命に秘薬を渡した。
最初は王城と3大大公家の後宮女性と一緒にやる気だったのだが、貴族や騎士達に対する影響力を考えて個別でやる事にしたのだ。
俺は83歳の先代当主と58歳の当代当主に延命に秘術をかけた。
全ての貴族と多くの騎士がいる、1番広い公式謁見場でやった。
2人が見る見るうちに若返っていく。
「「「「「うぉおおおおお!」」」」」
謁見場に鳴り響くような歓声があがった。
特にいつ死んでもおかしくないほど老齢な先代当主が若がっているのは、見ている者にとてつもない衝撃を与えたようだ。
以前から俺が後宮で使った回春魔術は社交界で話題になっていた。
特に女性の集まりではとんでもなくホットな話題になっていた。
美と若さに関する女性の執着は男の想像を絶するモノがある。
いや、女性だけが美と若さに執着するわけではない。
男性も性と若さに執着するのだ。
色情狂の父王ほどではないが、男性の性に対する執着には辟易する。
俺がそんな風に思うのは、前世の知識と経験があるからだろう。
年代的には少し早いが、草食系だったからだ。
少し年配の男性には、開発されたばかりのバイアグラを探し求める人が多かった。
鍼灸の技を修行していた事、女性の美と若さを求める心、男性の性に対する執着心が、自費治療鍼灸師の生きる道だと言われていた。
バイアグラの発明でその1つが無くなってしまったが……
俺は今更ながらその時の事を思い出している。
女性への若さと美、男性への性を支配する事で、貴族と騎士の忠誠心を手に入れる事ができる。
男性も女性も、特に死が近づいている高齢な者ほど、俺に媚び諂い延命の秘術を施してもらおうと集まってきた。
その姿の醜悪な物を感じてしまった。
延命の魔術、秘術は俺しか使えない魔術だ。
死にたくなければ俺に気に入られるしかない。
その必死の姿を醜悪だと感じるのは俺の驕りだろう。
転生できたことで死をそれほど恐れなくなっている。
反省して人間の死に対する恐怖を再認識しなければいけない。
「王侯貴族らしい、死なせるには惜しい者には延命に秘術を与える。
王家王国のために働く者には、過去の因縁に関係なく秘術を与える。
過去の事には囚われず、王家に対する忠誠を示せ」
俺の言葉はある程度正確に伝わった。
ドロヘダ辺境伯家が示した武功が分かり易かった事もあるだろう。
全ての貴族家と騎士家が軍事訓練を始めた。
本当ならドロヘダ辺境伯親子ではなく、実際に命懸けで戦った陪臣騎士達に延命の秘術を施したい。
だが、属性竜素材には限りがあるし、俺の時間にも限りがある。
家臣の功は当主の物だし、家臣に助力を命じてくれたのが当主だ。
俺の直臣となった者達に手柄を立てさせて彼らから秘術を与えよう。
「無理無体な命令を下して、家臣領民を傷つけるような恥知らずは許さない。
家臣領民に命を賭けさせるのなら、まず自分が命懸けの勇気を示せ!」
俺がそう言った事で、早々に延命の秘術を諦めた者もいる。
だがそんな者は少数で、大半は時間をかけて家臣団を鍛える方法を取った。
自分の子供を鍛えておこぼれに預かろうとした者もいる。
だがそんな連中はまだ良い方だった。
中には後宮に学んだ連中がいたのだ。
俺に側室や妾を送り込み、親戚枠で延命してもらおうとした連中がいたのだ。
まだ7歳児の俺に側室も妾も必要ない!
色情狂の子供だからと同列に扱うな!
俺が側室も妾も婚約者もいらないと断り続けていると、今度は父王に新たな側室や妾を与えようと動き出しやがった!
「俺が王位を継ぐ邪魔になる側室や妾を送り込もうとする者は絶対に許さん!
これ以上父王に側室や妾を与えようとする者は、一族皆殺しにする!」
これ以上父王に子供を作られたら、王家も王国も財政破綻してしまう!
何より、正室を始めとした、これまでから父王に仕えてくれている女性達に、子供を作るなとは言えない。
そもそも色情狂の父王が言う事を聞くはずがない。
300年の寿命を得た父王と彼女達が、これから何人の子供を産むのか、正直恐ろしくて考えたくもないのだ!
「ほっほほほほ、そのような心配はいりませんよ。
これまでに子供に恵まれなかった方は別にして、すでに子宝に恵まれた方は、もう命懸けの出産はこりごりだと言っています。
ジェネシス殿の治療薬のお陰で、王子も王女も健康になっています。
それほど多くの弟妹が生まれる事はありません。
ただ、申し訳ないのですが、私の子供達は若くして死んでしまっています。
王位を望むようなマネはさせませんから……」
「そのような気を使わないでください。
子供を授かりたいと願われる女性の心を無にするようなことはありません。
新たな側室や妾は許せませんが、ずっと父王に仕えてくださった方々が、子供を授かる事は祝福させていただきます」
「ジェネシス王子ならそう言ってくださると思っていました。
わたくし、ようやく授かった王子を2人も亡くしております。
今度こそ元気な王子を生み育てたいのです。
王女を授かった側室の方々が、嫁入りの品を嬉しそうに準備されているのも、羨ましいと思っていたのです。
男女1人ずつ産ませてくださいね」
「男女1人ずつなどと申されずに、願い通りにされればいいのです。
今度は私が流産の予防薬や、病気の治療薬を準備しますから、安心して子供を作られてください」
父王の正室オリビア殿が、亡くした王子達を思い出しながら、切なそうに話されるのを聞いておいて、子供を作るなとは絶対に言えない!
王家と王国の、魔術があるからこそ偏ってしまった医学知識の間違いを正し、予防薬や回復薬を準備して、周産期死亡率を改善する!
そんなこんなの問題に取り組んでいたら、リーズ魔山の火属性竜をもう1度討伐できるまでに、1カ月もかかってしまった。
いや、1カ月かけても少ししか問題を解決できていない。
さすがに俺を本気で怒らせるのはまずいと考えたのだろう。
父王に側室や妾を送り込もうとする動きはなくなった。
だが、王太子となった俺に良家の婚約者を決めるのは普通の事だ。
次期国王の正室や側室を選ぶのだから、今から始めるのが当然なのだ。
貴族の間で熾烈な競争が始まっている。
……貴族だけでなく、美貌の娘を持つ騎士や商人も動き出している。
歴代国王の中には、身分の低い騎士や平民の娘を寵愛した方が多かった。
平民の娘であろうと、大貴族と養子縁組すれば王の側室に成れる。
マネーロンダリングではなく、戸籍ロンダリングだ。
色情狂の父が歴代国王の中で1番数が多いのが泣けてくる!
商人の中には、美女を探し出して搦手から攻めるのではなく、商人らしく金で解決しようと、俺に直接大金を払って寿命を買おうとする者がいた。
ある意味でとても潔い者で、結構好きなタイプの人間だ。
「延命の秘術を施してもらいたい者は小金貨1万枚、1億セント支払ってもらう。
1億セント払うなら、武功も忠義も関係なく延命の秘薬を与え秘術を与える。
だが全ては火属性竜を狩ってからだ。
水属性竜だけでは秘薬を作れる量が限られてしまう。
俺に秘術を施して欲しと思うのなら、火属性竜討伐のジャマをするな!」
そう言い放つ事で、ようやくここにやって来る事ができた!
「俺が先陣を切る!
お前達は側面と背後に注意を払え!」
「「「「「おう!」」」」」
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